・第148話:「反抗」
・第148話:「反抗」
エリックが黒魔術によって即座に蘇生するのだとしても、1度死ぬことには違いないのだから、蘇生するまでのほんの一瞬、エリックの意識は断絶することになる。
リディアが急所を外せばエリックは意識の断絶なく、スムーズに行動することができ、それだけ、エリックの反撃が成功する確率も高くなるのだ。
だからエリックは、リディアの罪悪感を利用した。
ことさらに無抵抗を示し、リディアが行っている裏切り行為の卑劣さを自覚させることで、動揺を誘っているのだ。
そのエリックからの誘いに、エリックに向かって駆け出そうとしていたリディアは、その表情をゆがめ、たじろいだ。
彼女の中で再び、良心の呵責が強くなっているのだろう。
「なにを、迷っている!? 」
そのリディアの様子を見て取ると、ヘルマンは、いら立ちをあらわにして叫んだ。
「リディア、貴様はしょせん、聖母様の[手駒]に過ぎんのだということを、思い出せ!
そんな手駒に、自由意思を持たせているのは、聖母様のご慈悲であるのだぞ!?
聖母様へのご慈悲への、感謝を示せ!
それができぬ、というのなら、貴様の余計な自由意思を奪い去り、[人形]にすることだって、我々にはできるのだぞ!? 」
そのヘルマンからの言葉に、リディアの表情にまた、恐怖の色が濃くなる。
ヘルマンがなにを言っているのかはエリックにはよく理解できなかったが、ロクでもないことであるのだけは確かだろう。
そしてエリックは、ヘルマンの言葉にあからさまにおびえているリディアに思わず、同情までしてしまっていた。
リディアも、エリックにとっては憎い、復讐対象であることは、変わりがない。
しかし、聖母やヘルマンに望まぬまま従わされているその姿は、あわれだった。
「やれよ、リディア」
リディアのことをあわれに思い始めたエリックは、今度は、誘いではなく、そう言った。
「そうすれば、お前は、ガラス瓶に入れられたり、意志を奪われたりせずに、済むんだろう?
いいぜ、協力してやるよ。
オレは、こうやって、動かないでいてやるからさ」
あわれなリディアを、救ってやりたい。
それは、にわかに湧き起こった一時の感情に過ぎなかったが、エリックの本心だった。
エリックから向けられた、真っすぐな視線。
それで、エリックが本心からそう言っているのが、リディアにもわかったのだろう。
リディアは驚いたようにエリックのことを見つめ、それから、うつむいて、なにかをこらえるように、唇を引き結んだ。
そして、リディアの唇に、うっすらと血がにじむ。
「リディア!
さっさと、エリックを殺せ! 」
そんなリディアに、ヘルマンは重ねて、強圧的に命じる。
しかし、リディアはうつむいたまま、動かない。
「どうした、リディア!
俺の命令は、聞こえているだろう!?
実験生物に戻りたくなければ、言われた通りにしろ! 」
ヘルマンの怒った言葉。
エリックが、その言葉を聞き流しながらリディアのことをじっと見つめていると、リディアの唇がかすかに動くのが見えた。
「……、です……」
「ああ!?
なんだ、よく、聞こえんぞ!? 」
わずかに発せられたリディアの言葉に、エルマンは大げさに耳に手を当てる仕草をしながら、威圧するように怒鳴り返す。
今度は、リディアは沈黙しなかった。
恐れも、自分の運命をあわれむことも、しなかった。
ただ、決然とした表情で、彼女自身の強い決意をあらわした顔で。
まっすぐにヘルマンのことを睨み返し、叫ぶ。
「もう、嫌、です!
私はもう、あなたたちに!
お前たちには、従わない! 」
それは、エリックもヘルマンも、まったく、予想もしていなかった言葉だった。
これまで、聖母の命令に忠実に従い、自分を押し殺しながら生きてきたはずのリディアが、声をあげ、感情をあらわにして、聖母の、ヘルマンの命令を拒絶している。
リディアが、聖母に対して、反抗している。
その突然の感情の爆発に、エリックもヘルマンも驚き、戸惑っていた。
リディアは、止まらない。
彼女は全身から振り絞るような雄叫びをあげ、エリックに突き刺すためにかまえていた聖剣を両手で持ち直し、頭上高く、振り上げていた。
その聖剣が振り下ろされた先は、エリックではない。
ヘルマンに対してだった。
ヘルマンには、リディアが自身に向かって聖剣を振り上げ、鋭く踏み込んできながら、渾身の力で聖剣を振り下ろす光景が、はっきりと見えていたはずだった。
普段のヘルマンならば、即座に反応して、その一撃を防ぐことができただろう。
強い感情のこめられたリディアの聖剣の動きは大きく、よけるなり、防ぐなり、なにかするための時間は、十分にあったのだ。
だが、ヘルマンは、まともに反応することができなかった。
それだけ、リディアが自分の命令に反抗したことが、信じられなかったのだろう。
リディアの振るった聖剣がヘルマンの命を断ち切らなかったのは、条件反射のおかげだった。
ヘルマンの身体は頭で危険を理解するよりも先に動き、かろうじて、致命傷を負うことを避けさせていた。
「ぐがああああああああああっ!!? 」
とっさに身体をかばうためにかまえた左腕を縦に深く切り裂かれて、鮮血をまき散らしながら、ヘルマンは悲鳴をあげた。