・第146話:「待ち受けていた者たち:3」
・第146話:「待ち受けていた者たち:3」
ヘルマンが横合いから襲いかかって来た時、エリックの意識は、目の前のリディアにすべて向けられていた。
だからエリックは、反応が遅れた。
「ッ!!? 」
ヘルマンのいら立った声と共に振り下ろされた剣の風圧を感じたエリックは、とっさに背後へと逃げようとしたが、反応が遅れたために間に合わない。
致命傷は、避けられた。
しかし、エリックは自身の左肩のあたりに、激しく、熱い痛みを感じ、不覚にも剣を取りこぼしてしまう。
「んなッ、どうしてっ!? 」
エリックは戸惑い、苦悶に表情をゆがめながら、ヘルマンの方を見る。
エリックは、リディアに始末をつけさせる。
そうリディアに指示を出し、他の教会騎士たちに手を出すなと命じたのはヘルマンであったはずだ。
それなのに、ヘルマンは自身の言葉を破って、エリックに襲いかかった。
ヘルマンのように自尊心が強く、高慢な者が、自らの言った言葉を裏切るようなことをするとも思えない。
そもそも、ヘルマンはドワーフとオーガ、2人の手練れの戦士と戦っていたはずだ。
クラリッサの救出を急ぐあまり、まともに名乗り合うことさえしていなかったためにエリックはその名前すら知らなかったが、その実力は確かなものだった。
ドワーフもオーガも、少なくとも教会騎士などよりはよほど腕が立つし、これまでの戦いで生き残って来たという事実は、その技量の高さをなによりも物語っている。
だが、その2人とも、ヘルマンの足元に倒れ伏していた。
石畳の上に、濃い、大量の鮮血が広がっている。
ドワーフもオーガも、ヘルマンによって討ち取られてしまっていた。
「まったく!
こちらが、たかが亜人種とはいえ、2匹を[処理]している間に、元勇者とはいえ、聖剣さえ持たないエリックを始末できんとは!
リディア、やはり貴様、心に迷いがあるようだな? 」
剣を振って刀身についたエリックの血を振り払いながら、ヘルマンは、いらだたしそうにリディアのことを睨みつけた。
するとリディアは、ビクリ、と肩を小さく振るわせ、ヘルマンの方から視線をそらす。
「申し訳、ございません……。
神父様……」
「言い訳など、聞きたくないなァ! 」
かぼそい声で述べられたリディアの謝罪の言葉に、ヘルマンは威圧的な言葉で応じる。
「申し訳ないと思うのなら、さっさと、エリックめを串刺しにして、始末しろ!
まことに残念ではあるが、勇者としての力を与えられたエリックめを始末できるのは、貴様の持つ聖剣だけなのだ!
さぁ、さっさと、聖母様への忠誠心を示すのだ! 」
ヘルマンは高圧的な口調でリディアに命じるが、リディアは、小刻みに震えながら、聖剣をかまえることができない。
リディアが葛藤している時間が、エリックにとっての残された時間であった。
すでに、エリックと連携できる位置にいる味方は全滅させられ、エリックがどんなに必死に戦ったとしても、勝ち目はない。
たとえエリックが黒魔術の力によって容易には死なないのだとしても、まともに反撃もできないまま切り刻まれ続け、最後には魔王・サウラもろとも、死ぬことになるだろう。
せめて剣だけでも拾うことができればとは思うが、しかし、ヘルマンはリディアを叱責しながらも、油断はしていない。
その証拠に、ヘルマンは常にエリックを自身の視界におさめるようにしており、その、無造作に肩にかつがれた剣も、エリックが動けばすぐさま振り下ろせるようにされている。
(だが……、まだ、できることは、ある)
エリックは屈辱を噛みしめながらも、冷静に、自分にできることを見出していた。
それは、ヘルマンたちの意識を、エリックへと釘付けにし続けることだ。
そうすれば、おそらくはまだ無事であるはずのセリスや、ハーフリングの偵察兵は、この場から脱出することができるかもしれない。
優れた隠密行動の技量を持つ2人であれば、決して、不可能ではないだろう。
せめて、2人だけは。
命がけでクラリッサを救おうとし、エリックと共に戦ってくれた2人だけでも、生き延びさせるのが、今のエリックにできることだった。
だからエリックは、ヘルマンからの高圧的な命令にも決心がつかず、震えているリディアに向かって、乾いた笑みを浮かべながら言う。
「どうした? 背中からは刺せても、正面からは、できないってか? 」
そのエリックからの言葉に、リディアはまた、ビクリ、と肩を震わせる。
そんなリディアに向かって、エリックは挑発するように、自分は無抵抗だとアピールするように両手を広げながら、言葉をぶつける。
「ふざけるなよ、リディア!
自分だけが不幸だって、そんな、達観したような顔をしやがって!
お前は、今までずっと、そうだった!
聖母やヘルマンと一緒にオレを裏切って、背中から刺す算段を練りながら、ずっと、自分だけがやりたくないことをやらされているって、そう思っていたんだろう!?
そんなの、オレだって、一緒だ!
オレだって、本当は、勇者なんてやりたくなかった!
全人類を救うなんていう使命なんか背負わずに、気楽に暮らしていたかったさ!
聖母や、お前に[使い捨て]にされる運命だって知っていたら、絶対に、勇者になんてならなかった!
だが、オレは、お前みたいに泣き寝入りなんかしない!
自分だけが不幸だって、自分だけがつらいんだって、そんなふうに思い込んで、自分をなぐさめはしない!
リディア、遠慮なんかしないで、来いよ!
オレを、突き刺せよ!
お前がオレをまた突き刺しても、オレは、聖母に復讐してみせる!
もう、2回、オレを[殺した]んだ!
3回目なんて、簡単だろう!? 」
そのエリックからの挑発に、リディアはなにも答えないまま、ただ顔をうつむけて、震えていた。