・第145話:「待ち受けていた者たち:2」
・第145話:「待ち受けていた者たち:2」
エリックからリディアへと向けられた言葉を聞いて、ヘルマンは、哄笑した。
「フハハハッ!
聖剣を持たぬ勇者ごときが!
少しずつ、魔王に[食われて]いく、あわれな分際が!
聖母様に、その刃を届かせるだとっ!?
あり得ん!
この世界が滅んだとしても、絶対に、あり得ないことだな!
アハハハハハッ! 」
「ならっ、試して、みるかッ!! 」
そのヘルマンの笑い声を耳にしながら、エリックは、リディアに向かって地面を蹴って踏み込んでいた。
同時に、雄叫びをあげながらドワーフとオーガの戦士も、ヘルマンに向かって斬りかかっていく。
渾身の力をこめて振り下ろすエリックの剣の切っ先を、リディアはやはり、悲しそうに見つめていた。
そして彼女は、エリックの剣技をすべて見切っているかのように、最小限の動きでエリックの一撃を回避する。
残党軍の野営地で戦った時と、同じだった。
エリックがその全力でくり出す剣を、リディアは簡単にかわし、いなし、防いでくる。
だが、エリックはリディアを攻め続けた。
たとえ今のエリックとリディアとの間に決定的な力の差があるのだとしても、必ず、その差を超えて見せる。
エリックは思いつく限り、ありとあらゆる工夫を織り交ぜながら、リディアに向かって剣を振るった。
そうしなければ、聖母に復讐を果たすことなど、できないのだ。
どんなに絶望的なことに直面しても、エリックはもう、それで怯むようなことはない。
なぜなら、エリックはもう、[死んで]いるのだ。
あの魔王城で、聖母の指図による裏切りによって、死んでいるのだ。
だから、これからエリックがどうなるかなど、考える必要などない。
今さら惜しむべきことなど、エリックには残っていないのだから。
ただ、エリックにとっての正しいこと、聖母に報いを受けさせるために、ひたすらに、前へと進み続ける。
それこそが、死んだはずの自分がこの場所にいて、呼吸をし、大地を踏みしめて立っている、唯一の理由なのだ。
「その、「自分だけが不幸なんです」っていう顔が、気に入らない! 」
エリックは自身の剣を聖剣で防ぎとめたリディアに向かって、叫んでいた。
自身の中で吹き荒れる強い感情が、エリックに、叫ばせている。
「確かに、聖母の力は強大だ!
相手は、不老不死で!
全人類の支配者で!
もう、数えられないくらい長い間、この世界を支配してきた、神みたいな存在だ!
だが、それが、どうした!?
オレは、絶対にあきらめない!
相手が神みたいな存在だからって、このオレの命を、この世界を、好きにしていいっていう理由にはならない!
聖母は、やっちゃいけないことをした!
だから、絶対に、償わせる!
オレは、復讐をする!
それなのに、リディア、お前は!
そんなのできっこない、聖母に逆らえっこないって、最初からあきらめている!
だから、そんな顔ができる!
お前は、オレや、クラリッサに同情しているんじゃない!
自分自身が、かわいそうなだけなんだっ!」
「……あなたにっ、なにが、わかるのっ!? 」
エリックの言葉に、これまでただエリックの攻撃を受ける一方だったリディアが、叫び返した。
リディアはエリックのことを怒りの表情で睨みつけながら、エリックの剣を押し返し、そして、今まで受けに徹していたのがウソのような勢いで、エリックに向かって攻めかかる。
「あなたは、知らないのよっ!
聖母様の、本当の怖ろしさも、残酷さもっ!
だから、そんなことが言えるの!
あきらめなければ、最後には勝てるだなんて、私にはとても思えない!
そんなことができるのなら、私はっ!
私は、今まで、何人もの勇者様を、手にかけてくることなどなかったっ! 」
リディアの聖剣による攻撃は、重く、深い。
しかし、エリックはどうにかそれを受け止めることができた。
一緒に旅をしてきた過去を思い返してみても、リディアがこんな風に、感情をあらわにしたことなどなかった。
そして今、エリックに向かって初めて、彼女の素の感情を叩きつけているリディアの攻撃は、まっすぐだが、わかりやすい。
「へぇ、やっと、お前の[本気]が見られたって、わけだ」
エリックはリディアの聖剣を受け止めながら、そう言って笑みを浮かべていた。
それは、皮肉でも、嘲笑でもなく。
嬉しそうな笑みだった。
リディアがエリックに向かって、その感情をあらわにした。
それは、リディアの心に、エリックの言葉が届いているということだった。
エリックは、そのことが嬉しかった。
エリックの力を見くびり、聖母に勝てるはずがないとなにもかもをあきらめ、達観していたリディアが、エリックの言葉に、決意に、動揺している。
これまれ旅をしてきた、リディア。
いつもどこか遠慮して、自分のことを隠し、話そうとしなかったリディアが、その素の自分を、エリックの前に見せている。
やっと、同じ[場所]に立つことができた。
そのことが、エリックには嬉しくてたまらなかった。
「なにを、遊んでいるのだッ! 」
ヘルマンがそういらだたしげに叫び、横合いからエリックめがけて剣を振るったのは、エリックがリディアに向かってさらになにかを言おうと口を開いた時だった。