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・第144話:「待ち受けていた者たち:1」

・第144話:「待ち受けていた者たち:1」


 クラリッサを、助けることができなかった。

 その後悔と、喪失感によって、エリックの精神は暗く沈みこんでいく。


 だが、まだ、その場にひざを折ることはできなかった。

 聖母と並ぶほど、いや、それ以上に、復讐ふくしゅうを果たしたい相手が、目の前にいるからだ。


 ヘルマン。

 神父としての、温厚な人格者というよそおいの裏で、エリックの裏切りを直接計画し、実行に移させた、中心人物。


 エリックが魔王・サウラを聖剣によって滅ぼした瞬間、ヘルマンはその本性をさらけ出し、リディアに命じてエリックを始末させた。

 そして、あらわになったその卑劣な性格のままに、エリックを苦しめ、追い詰めている。


 いったい、ヘルマンによって、エリックはいくつのものを失ったのだろうか?

 エリック自身の命。

 デューク伯爵の命。

 残党軍の人々の命。

 エリックの故郷。

 エリックと親しかった人々や、妹の、エミリア。


 なにもかも、ヘルマンが奪ったようなものなのだ。


 その大本にいるのは、聖母ではあったが、エリックにとってヘルマンは、聖母と同じか、それ以上に許せない存在だった。


「お前を……ッ、コロス!


 原型が残らない位に、切り刻んでやるッ!! 」


 エリックは憎しみをあらわにし、剣の切っ先をヘルマンへと突きつけながら、叫ぶ。


「おお、こわい、こわいですなぁっ! 」


 しかしヘルマンはそう言ってエリックのことを嘲笑あざわらうと、その視線を自身のすぐ後ろへと向けた。


「だが、エリックよ。

 貴様の相手は、俺ではない。


 ……リディア!

 今度こそ、必ず、エリックにトドメを刺せ!

 確実に、息の根を止めるのだ! 」


 ヘルマンがそう呼びかけるのと共に、聖騎士たちの隊列の間から姿をあらわしたのは、聖女・リディアだった。


 リディアは、燃え盛るクラリッサのはりつけ台の光景を目にし、そしてエリックの憎しみに満ちた表情を見ると、悲しそうに視線をそらした。


 自分は、本当は、こんなことは、やりたくなかった。

 そのリディアの態度は、余計に、エリックの心を逆撫でる。


(後悔するなら……ッ!


 なんで、聖母に従うんだ! )


 たとえ、リディアが本当にエリックたちを裏切ることを望んでいなかったのだとしても、結局は聖母に従って、裏切ったという事実はなにも変わらない。

 リディアが、エリックを背後から突き刺したという事実は、変わらないのだ。


「今日は、実に、いい気分だ!

 悪しき魔女・クラリッサとともに、反逆者・エリックを、一度に始末できるのだからな!


 いや、クラリッサは、もう、灰になってしまったかな?

 ククク……」


 ヘルマンは、その表情を愉悦ゆえつにゆがめている。


 今すぐに、降りて来い。

 エリックはそう叫びたかったが、ぐっとこらえて、言葉を喉の奥へと押しやる。


 そうしたところでヘルマンをさらに喜ばせるだけだということは、分かりきったことだったからだ。


「お前たち、まずは、見ていろ!


 今日は特別に、この俺が自ら、聖母様への忠誠の示し方というのを、見せてやる!


 リディア!

 お前は、エリックを!


 俺は、残りの亜人種2匹を、始末する! 」


 悔しそうに自身のことを見上げているエリックの姿に満足したのか、やがてヘルマンはそう言って指示を出すと、屋根の上から飛び降り、エリックたちの前へと降り立った。

 それに続いてリディアも、聖剣を手に着地する。


「さァ、せいぜい、その無駄な命で、あがいてみせるがいい! 」


 それからヘルマンはそう言うと、剣をかまえ、エリックたちを挑発した。


 その口元はエリックたちを嘲笑ちょうしょうするように笑ってはいたが、その双眸そうぼうは、少しも笑ってはいない。


 敵を、倒す。

 ただそれだけのために精神を研ぎ澄ませている、無慈悲で獰猛どうもうな狩人の目をしていた。


 その隣で、リディアもまた、聖剣をかまえ、エリックと対峙する。

 その表情はやはり、悲しげなものだ。


 かつての仲間と、戦わなければならない。

 リディアのその表情には、そんな悲痛な思いが、ある意味で人間らしい感情が多く含まれてはいるものの、エリックはそこに、別の意味も見出していた。


 エリックの剣が、リディアに届くことはない。

 リディアの表情は、絶対に勝つことのできない相手と戦わざるを得ないと、エリックの運命をそんな風に見て、[憐れんで]いる感情も、含んでいた。


(ふざけるなよッ! )


 そのリディアの表情が、エリックには気に入らなかった。


 それは、リディアのあきらめでもあったからだ。


 エリックは、聖剣を失った元勇者は、聖剣を有する聖女である自分には、かなわない。

 だから、聖母にだって、絶対にかなわない。


 なにをしても、逆らおうとしても、無駄なのだ。

 どんなに強く願ったとしてもその運命を変えることなどできず、どんなに抗ったとしても、世界はなにごともないまま過ぎ去っていくだけ。


 そうやってリディアはすべてをあきらめているからこそ、聖母に従っている。

 だから、リディアのことを信じていたエリックを背中から聖剣で突き刺すことができ、今もまた、クラリッサが焼かれているのに、そのことを悲しみながらも、受け入れている。


「来いよ、リディア! 」


 エリックは剣をかまえなおし、リディアに向かって、叫んでいた。


「お前がどう思っていようが!

 オレは必ず、オレの剣を、聖母に浴びせてやる!


 聖剣なんてなくたって、お前に、勝ってみせる! 」


 そのエリックの言葉に、リディアは一瞬だけ驚いたように双眸そうぼうを見開き。

 しかし、すぐにまた、すべてをはかなんでいるような、悲しげな表情に戻るのだった。


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