・第143話:「救出作戦:5」
・第143話:「救出作戦:5」
教会騎士たちは、一心不乱にエリックたちめがけて突っ込んできた。
それは、聖母に対する忠誠心を示す絶好の機会であるのと同時に、エリックの首には多額の褒賞が約束されているからだ。
だが、エリックは教会騎士たちに自身の首を差し出すつもりなど、まったくない。
これからたとえ、幾百、幾千もの教会騎士たちの屍を積み上げることになろうとも。
必ず聖母の下にまでたどり着き、その行いに対し、正当な報いを与える。
エリックはそう決めているのだ。
1人、2人、3人。
エリックは教会騎士たちが振り下ろす剣をかわし、いなし、防ぎながら、次々と教会騎士たちを斬り捨てていく。
ケヴィンがドワーフの地下遺跡で見つけたのだという魔法の剣は、その作りの良さ、そして強い魔法の力のおかげか、教会騎士たちを鎧の上から斬り捨てても少しも切れ味が落ちなかった。
エリックと共に戦う2名の残党軍の兵士も、負けてはいない。
ドワーフの戦士は、ぎっしり詰まった筋肉達磨な身体の膂力をめいっぱい使って大斧を振り回し、教会騎士たちの剣や槍をへし折り、そして、鎧ごと叩き潰していく。
もう1人は、[オーガ]呼ばれる、頭部に角を生やした亜人種で、両手に鉤爪を装備し、人間離れしたその素早さと膂力で、正確に教会騎士たちの鎧の隙間を狙い、急所を切り裂いていく。
また、頭上からエルフの弓兵の援護射撃もあって、教会騎士たちはエリックたちによってほとんど一方的に倒されていった。
たちまち、辺りには10名以上の教会騎士の死体が転がった。
そしてその様を目撃した教会騎士たちはひるみ、エリックたちを包囲するように横に広がりつつも、距離を取る。
「どうした?
お前らの聖母への忠誠心っていうのは、この程度のものなのか? 」
ドワーフとオーガ、2人の戦士と共に教会騎士たちと対峙したエリックは、そう、挑発するような笑みを浮かべていた。
しかし、内心では、焦っている。
騒ぎを聞きつけて、周囲から教会騎士たちがぞろぞろと集まって来るに違いないからだ。
セリスたちは、クラリッサを助け出してくれただろうか。
エリックが教会騎士たちの隊列の隙間からクラリッサの方を確認すると、まだ、クラリッサは磔にされたままだった。
だが、その足元で、人影が動いているのが見せる。
どうやら、セリスとハーフリングは無事にクラリッサへと接近し、クラリッサの救出を開始しようとしている様子だった。
(このまま、こいつらのことを引きつける)
クラリッサの救出に、成功するかもしれない。
そう期待を抱いたエリックは、剣の柄を握りなおし、横目で、ドワーフとオーガの戦士に目配せをする。
すると、2人もセリスたちがクラリッサに接近を果たしていることに気づいているのか、エリックに向かって「心得ている」と言うように、小さくうなずいてみせた。
そうして、エリックたちが、自分たちを遠巻きにして取り囲む教会騎士たちに向かって突っ込んで行こうとした時。
エリックたちの頭上を、光が飛翔していった。
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それは、1本の火矢だった。
エリックたちの背後から放たれ、ヒョウ、と風を切りながら頭上を飛び越えて行った火矢は、細い光の尾を引きながら夜空を飛び去り、そして、クラリッサの足元へと落ちた。
途端に、クラリッサの足元に積み上げられていた薪に火がつき、燃え上がる。
どうやらそこには薪だけではなく、簡単に火がつき、一気に燃え上がるように、火薬や燃料のようなものも混ぜられていた様子だった。
セリスとハーフリングは、目の前で火柱があがってもひるまなかった。
炎を踏み越えてクラリッサを救出しようとするが、しかし、炎はあっという間に燃え広がり、2人のクラリッサへの接近をはばむ。
やがて炎の中にクラリッサの姿は消え、そこには、巨大な炎の壁が生まれていた。
ヘルマンたちはクラリッサの火刑を魔法学院に対する恫喝ともなるようにするため、薪を魔法学院の正門前を包囲するように並べており、火刑台から燃え広がった炎は、まるで城壁のように燃え広がっていた。
そして、頭上からエリックたちを支援してくれていたはずのエルフの弓兵の遺体が降って来たのは、その直後のことだった。
胴体は、ない。
首だけが、落ちてきた。
どうやら背後から何者かが接近し、一瞬で、その首を跳ねてしまったらしい。
エルフの弓兵の首はドスン、と広場の石畳の上に落ち、そのまま、血の筋を描きながらゴロゴロと転がっていく。
「もう少しだったのに、残念、だったなぁ!
反逆者・エリックよ! 」
エリックたちが状況の急変に戸惑っていると、頭上から、嘲笑うような声が聞こえる。
忘れようもない、聞くだけでも不愉快になる、声。
ヘルマン神父の声だった。
エリックが声のした方を見上げると、そこには、エルフの弓兵を斬り捨てた血潮を滴らせたままの剣を持ったヘルマンが、愉悦に満ちた得意げな笑みを浮かべ、エリックのことを見おろしていた。
「エリック、なんと愚かで、あわれなことか!
我々の罠だと知りつつも、のこのことこんなところにまで出てくるとは!
大人しく隠れ潜んでおれば、もう少し、長生きできただろうになぁ!
その下らぬ命、ここで断ち切って、聖母様に捧げてくれよう! 」
「ヘルマン……ッ!! 」
エリックは、悔しそうに顔を歪めながらその名を呼び、歯ぎしりをした。
今すぐにヘルマンに斬りかかって行きたかったが、動けない。
なぜなら、ヘルマンの周囲には、何人もの聖騎士たちが居並んでいたからだ。
おそらくはクラリッサの足元の薪に火を放ったのも、その聖騎士たちなのだろう。
やはり、ヘルマンたちに、作戦は露見していたのだ。
ヘルマンたちは広場にこれ見よがしに監視の兵を置いていたのに加えて、その周囲に聖騎士たちを隠れさせ、エリックたちが姿をあらわし、包囲して討ち取る絶好の機会を待っていたのだ。