・第137話:「不器用なコ:2」
・第137話:「不器用なコ:2」
クラリッサがリディアと初めて会ったのは、エリックたちと一緒に魔王・サウラを倒すための旅に出る、ほんの少し前のことだ。
聖母から見いだされ、勇者としての力をエリックに与える儀式が聖都で行われた後、勇者に力を貸すように聖母から命じられて聖都へと向かった時に、クラリッサはリディアと出会った。
最初に抱いた感想は、「お人形さんみたい」というものだった。
リディアの顔立ちは整っていて美しく、その身体は華奢で線が細く繊細で、作り物のようにきれいだった。
そしてなにより、リディアが感情表現に乏しく、物憂げな様子でうつむいていることが多かったことが、クラリッサにその印象を強く持たせる原因だった。
リディアは、旅の間ずっと、口数が少なかった。
必要なことならきちんと会話してくれるし、雑談にも応じてはくれるものの、リディアの方から話を振って来るということは少なく、どこか、周囲から距離を置いているような様子だった。
詳しい経歴は知らされてはいないが、物心ついたころからずっと教会で修道女として暮らして来たということだったから、他人と話すのが苦手なのだろう。
クラリッサは、率直に言って不愛想で面白みのないリディアのことを、そういう性格なのだと割り切って旅を共にしてきた。
だが、クラリッサは、リディアのことを信頼してもいた。
確かに口数は少ないが、必要ならきちんと声をあげて、まだ誰も気づいていないような危険を知らせてくれたことは何度もあったし、時にはリディアが身を挺して仲間を守ろうとする場面を、クラリッサは何度も目撃している。
クラリッサ自身、何度かリディアに救われたことがある。
それに、クラリッサから見て、リディアには「かわいい」と思えるところもあった。
その外見ではなく、仕草や、性格の部分でのことだ。
旅をしている間中、料理ができるということから自然とクラリッサが料理当番になっていったのだが、リディアはいつも、美味しそうにクラリッサの料理を食べてくれていた。
もちろん、美味しくなるように作っているのだから、美味しいと感じるのは当然のことであるはずなのだが、クラリッサは、いつも感情表現に乏しいリディアが、食事の時に見せる微笑んだ顔が嬉しかった。
だからクラリッサは、度々、リディアには彼女が欲しいという量よりも、多めに料理をよそってやった。
美味しそうに食べるリディアの様子を見るとクラリッサも嬉しかったというだけではなく、いつも、彼女が少し遠慮していることに気づいていたからだ。
リディアの身体が華奢なので、なんとなくもっと食べさせて体力をつけさせなければと、庇護欲のようなものが生まれたからでもある。
クラリッサにとって、リディアは、妹のような存在だったといえる。
クラリッサには兄弟、姉妹というものはいなかったから、リディアにそれとなく世話を焼いてやることは楽しく、新鮮な感覚だった。
そして、そんなリディアと深く話をすることができなかったことは、クラリッサにとってはずっと、心残りになっていることだった。
リディアの方からあまり進んで話しかけて来てくれないため、クラリッサの方からも声をかけづらく、リディアの詳しい経歴や性格を知るためにいろいろと聞いたりすることなど、ますますやりづらいことだったからだ。
だからリディアは、彼女のことを良く知らない人々とは、ケンカになりそうになることもあった。
なにを話しかけても反応が希薄なので、無視されていると勘違いをして、「聖女だからと言って調子に乗るなよ!? 」と激昂した諸侯もいたし、魔王軍に追われて飢えていた難民の少女にパンを与えようとした時も、リディアの表情の乏しさから怖がられてしまったこともあった。
クラリッサに言わせれば、リディアは確かに感情表現が苦手で、人付き合いが下手だったが、その根っこは素直で優しく、仲間思いの少女だった。
ただ、不器用なだけなのだと、そう思っていた。
だが、クラリッサはその自身のリディアへの評価を、見誤りであったと思っていた。
リディアが、エリックに対する裏切りに加担し、エリックを始末する際の実行犯になったと知ったからだった。
その事実を知った時、妙に納得するような気持になったことを覚えている。
リディアの、感情表現に乏しく、積極的に会話をしようという姿勢のない様子。
それは、彼女がずっと、自分が将来、背後から突き刺さなければならない、裏切らなければならない相手の隣にいたからだと、そう思えたのだ。
人間、誰しも感情があるから、何度も会話をし、お互いのことをよく知り合ってしまっては、いざ、裏切りを実行に移すとなっても躊躇してしまうだろう。
だからリディアは、自信が裏切りを実行に移し、エリックを背後から突き刺す際に迷うことがないよう、意図的に会話を避けていたのに違いない。
そうすれば、エリックを始末する際にリディアが覚えることになる罪悪感は、ずっとずっと、小さなものにできる。
そう思った時、クラリッサは、リディアのことを「見損なっていた」と思った。
リディアの態度を、ただ不器用なだけと思い、手のかかる妹のようだと微笑ましく感じていたのは、クラリッサの一方的な思い込みだった。
エリックを裏切るという、自身の本当の役割を果たし、その役割があることをエリックやクラリッサに知られないために、あまり深い関係を築こうとしていなかっただけなのだと、そう思った。
だが、それは、違っていた。
だって、もし、リディアが本当に、ヘルマンのような狂信者で、その内側に残虐な性根を隠していたのだとしたら、こんなふうにクラリッサに水を飲ませに来たりしない。
それも、聖母を裏切っているのだという罪悪感を打ち消すために、[さるぐつわが緩んでいるのを直しているだけ]などという、不器用な言い訳をしてまで、するはずがない。
リディアが聖母の側の人間で、エリックを裏切り、背後から突き刺すという、あまりにも卑劣な行為を実行に移したというのは、まぎれもない事実だ。
そのことをエリックは到底、許せないはずだったし、クラリッサも、許すべきではないと思っている。
エリックが今もこの世界に存在し続けていることは、偶然に過ぎなかった。
リディアの背後からの一撃がたまたまエリックの急所を外れていて、そして、瀕死のエリックに、魔王軍の生き残りが黒魔術を施さなかったら。
エリックはきっと、谷底に積み上げられた魔王軍の将兵の遺体とともに、朽ち果てていったことだろう。
リディアは、間違いなく、エリックを殺したのだ。
裏切って、背中から突き刺して。
そこに迷いがあり、罪悪感を抱いていたのだとしても、リディアは、それを実行に移した。
その罪は、消すことはできない。
だが、今のクラリッサには、そうすることが決して、リディアの望みではないという確信ができていた。
リディアがもし本当に聖母に従うだけの狂信者であったら、クラリッサのために自発的に行動を起こすはずがないからだ。
「ねぇ、リディア。
あんた、もう少し、素直になってみたら? 」
だからクラリッサは、リディアがまたさるぐつわを外した時、彼女に向かってそう問いかけていた。