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・第136話:「不器用なコ:1」

・第136話:「不器用なコ:1」


 もしかしたら、なんとかなるかもしれない。

 レナータの協力を得られたことは、クラリッサにそう希望を抱かせていた。


 窮地きゅうちにあるクラリッサにとっては、どんな小さな希望でも、大きな光に見えてしまう。

 そう頭ではわかっていても、クラリッサは、期待せずにはいられなかった。


 しかし、当面の間、クラリッサが助けを得られることはなさそうだった。

 デューク伯爵の死の真相を知って、聖母たちの正体に気づいたレナータはこれからクラリッサやエリックを助けるために動いてくれるのに違いなかったが、今すぐになにか具体的な行動を起こせるわけではない。

 成功をつかむには、準備が必要なのだ。


 クラリッサがはりつけにされているという現実は、すぐには変わらない。

 クラリッサをしばりつけている荒縄の痛みも、空腹も、乾きも、じっとこらえて、耐え続けなければならないことだった。


(雨とか、降らないかな?


 ……降らないんだろうなぁ……)


 クラリッサはちらりと空を見上げ、そこに美しい満天の星空が広がっていることを確認して、内心でため息をつく。


 ヘルマンたちはクラリッサの足元にたきぎを積み上げているが、もし雨が降ればすっかりれてしまって、使い物にならなくなるだろう。

 そうなれば、クラリッサが火あぶりにされる時間に少しだけ猶予ゆうよができ、レナータやエリックたちがクラリッサを救うために動く時間が確保できる。

 加えて、クラリッサも、喉の渇きを一時だけ、忘れ去ることができる。


 だが、ヘルマンたちは、ただクラリッサに火刑の恐怖を想起そうきさせるために、早まってたきぎを積み上げたわけではないようだった。

 この時期のこの辺りは天候が安定していることが多く、雨なんてめったに降らないのだ。

 そのことを、魔法学院で長く過ごした経験を持つクラリッサは、よく知っている。


(水、……お水!


 普段、なにげなく飲んでいたけど、こんなにも恋しいものだったんだねぇ)


 クラリッサはつばでも飲み込めば、気持ちだけでも渇きがなくなるかと思ったのだが、すでに半日以上もはりつけにされている状態では、つばも出てこない。


(人間、しばらく食べなくても水さえあれば生きられるって言うけど……。


 このままじゃ、早々に、干からびちゃいそうだね)


 せっかく、助けてもらえるかもしれないという希望が出て来たのに。

 クラリッサが、準備が整う前に干からび、衰弱しきってしまえば、助けも間に合わないかもしれない。


 とにかく、少しでも体力を温存して、時間を稼がなければ。

 そう考えたクラリッサは、ただ目を閉じて身体から力を抜き、なるべくラクになって、ゆっくりと呼吸をする。


 そんなクラリッサのさるぐつわが突然外されたのは、それから、しばらくして。

 もすぐ夜明けを迎える、東の空が少し明るくなり始めたころだった。


「……んへっ?


 あんた、リディア? 」


 さるぐつわを外されたことに驚いてクラリッサが目を開くと、そこには、聖女・リディアの姿があった。


 灰色の髪に、感情の薄そうな印象の、スミレ色の双眸そうぼうを持つ、華奢きゃしゃな少女。

 だが、クラリッサは、その少女が勇者と同等の力を持つことを知っている。


 そして、その聖女が、勇者を裏切ったのだということも。

 エリックを背後からその聖剣で貫き、その命を奪おうとしたのが、リディアなのだ。


 そんなリディアが、どうして、クラリッサのさるぐつわを外したのか。

 クラリッサが戸惑い、警戒していると、リディアは無言のまま、なにを考えているのかよくわからない表情で、クラリッサから取り外したさるぐつわに、自身のふところから取り出した水筒の水をしみこませた。


 リディアは、そのさるぐつわを再び、クラリッサの口にかませる。

 すると、たっぷりと水を含んださるぐつわから、クラリッサの口の中に水分が染み出して来た。


(まさか、このコ、あたしに水を飲ませようと……? )


 クラリッサは染み出して来た水分を夢中になって飲み込みながら、信じられない、という気持ちだった。


 なにしろ、リディアは、聖母の側の人間なのだ。

 それも、エリックを[処分]するのにあたり、直接、彼を手にかけるという、もっとも重大な役割を与えられ、それを遂行すいこうしたのだ。


 そんなリディアが、今さら、クラリッサに救いの手を差し伸べるなど、考えられないことだった。

 彼女は野営地を攻撃した際も、自ら先頭に立って戦い、ヘルマンに言われるがままに、エリックにトドメを刺そうとしていたのだ。


 クラリッサが驚いていると、リディアはまた、クラリッサのさるぐつわを外した。

 そして、淡々とした機械的な動きでまた、さるぐつわに水分を含ませ始める。


「ちょ、ちょっと、リディア!


 あんた、こんなことして、いったい、なんのつもりなのよ? 」


 少しでも水が飲めるのはありがたい限りだったが、リディアのこの行動はあまりにも不気味なものだった。

 リディアの意図が理解できないクラリッサは、またさるぐつわをかませようとするリディアに向かって、戸惑いながら、監視をしている教会騎士たちには聞こえないように声を抑えて問いかける。


 すると、リディアはさるぐつわをクラリッサにかませようとする手を止めた。

 そして、じっと、クラリッサの顔を見つめた後、一瞬悲しそうな表情を浮かべて、視線をクラリッサからそらす。


「黙っていて、クラリッサ」


 それから、教会騎士たちがリディアの行動を怪しんでいる様子がないことを鋭く視線を向けて確認した後、リディアはクラリッサにだけ聞こえる声でそう言う。


「私は、ただ、あなたのさるぐつわが[緩んで]いるのに気づいたから、直しているだけ。

 ……ただ、それだけだから」


 素っ気なくよそおったその言葉は、少し、震えている。


 聖母の意向に反することを、している。

 その意識が、リディアの中で大きくなっているのだろう。


 だが、それでもリディアは、クラリッサのためにさるぐつわに水分を含ませることをやめずに、クラリッサに水を飲ませようとする。


(そう言えば、昔から不器用なコだったねぇ……)


 クラリッサは、リディアが飲ませてくれる水分をありがたく頂戴ちょうだいしながら、かつて、リディアと一緒に旅をしていた時のことをなつかしい気持ちで思い起こしていた。


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