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・第134話:「学長・レナータ:2」

・第134話:「学長・レナータ:2」


 もし、本当に魔法学院の学長であるレナータが、自らクラリッサを助けようとしてくれているのならば、これ以上に心強いことはなかった。


 相応の地位にあり、誰からも認められる実力と実績を持つレナータの言葉には、人々から信用を持たれるのに足る重みがある。

 そんなレナータがクラリッサを助けようとしてくれているのであれば、おそらく、力を貸してくれる者はもっと増やすことができるだろう。


 しかし、いったい、どうして?

 クラリッサには、レナータが自分を助けようとしてくれている理由が、まったく予想できない。


 内心で期待と戸惑いを覚えているクラリッサの前で、レナータは静かに周囲を確認し、自分がこの場にいることに気づいている者が、クラリッサだけであることを確認した。

 それからレナータは、クラリッサの前で突然ひざまずくと、頭を下げた。


(クラリッサ。

 このようなむごい仕打ち、本当に、申し訳ないと思っています)


 クラリッサがレナータのその突然の仕草に戸惑っていると、クラリッサの頭の中に、レナータの声が響く。


(許していただけるとは、思っていません。

 ですが、すべての人間が聖母のことを盲信し、従っている現状では、わたくしたちがなんと言おうと、聖母に従う他はないのです)


 どうやらレナータは、魔法を使った念話でクラリッサに話しかけてきている様子だった。


 2人は、ごく近い位置にいる。

 それなのに声を使って会話をしないのは、万が一にでも、監視を続けている教会騎士たちに、レナータがクラリッサと話をしていることに気づかれないようにするためなのだろう。


 もちろん、念話をするために魔法を使っているのだから、きちんと心得のある魔法使いには気づかれてしまう。

 しかしレナータは、あえてクラリッサの目の前にまで接近することで念話に必要な魔力を抑え、誰かにことが露見ろけんすることを防いでいるようだった。


(それは、まぁ、あたしもよくわかっていますので。

 レナータ学長がこっそり助けてくれたおかげで、投石も痛くありませんでしたし、学院の仲間があたしに石を投げたがっていなかったのは、見ていてよくわかりました。


 ですが、レナータ学長。

 こんな危険を冒してまで、どうして、あたしを助けようとしてくれるんですか? )


 クラリッサは今、魔法を使えない状態だったが、しかし、レナータは優秀な魔術師だ。

 きっと読み取ってくれるだろうと思ってクラリッサがそう頭の中で呼びかけてみると、レナータはその思念に気づいてくれたようだった。


(もちろん、あなたが優秀な魔術師で、わたくしたち学園の教え子であるからです。

 勇者・エリック殿と共に、あなたが困難な旅を乗り越え、魔王・サウラを滅ぼし、立派に使命を果たしたということも、知っているからです。


 ですが、それは、[学長]として、あなたを助けたい理由。


 わたくし、[レナータ]として、あなたを助けようとする理由は、別にあります)


 再びレナータからクラリッサへと伝えられた思念は、切実なものだった。


(クラリッサ。

 あなたは、勇者・エリック殿のお父上でもある、デューク伯爵のことを、ご存じですね? )

(デューク伯爵のことですか?

 あの、お優しそうな、人格のできた人のことですか? )

(そうです、クラリッサ!

 あなたは、デューク伯爵と、お会いになったのですか?

 それは、いつ!? )


 クラリッサがデューク伯爵のことを知っているとわかると、レナータからの思念は強くなり、また、感情が高ぶっているのか、大きく揺らいでいた。


(ちょ、ちょっと、学長!

 お、落ち着いてくださいってば! )


 他の魔術師たちに勘づかれないようにわざわざここまで接近して、最小限の魔法だけで念話をしているのに、レナータが慌てて魔力を乱してしまっては元も子もない。

 クラリッサが慌ててレナータに冷静になるように訴えかけると、レナータは「しまった」というような顔をして、素早く周囲を確認した。


 幸い、誰もこの場にレナータがいて、クラリッサと密かに念話で話していることには、感づいてはいない様子だった。

 教会騎士たちは相変わらずクラリッサの監視を続けてはいたが、魔法のローブの力によってレナータの姿は見えていないのか、のんきにあくびなんかをしている者までいる。


(失礼しました、クラリッサ。


 それで、デューク伯爵についてですが、クラリッサ、あなた、なにかご存じではありませんか?


 わたくしとデューク伯爵とは、古くからの友人なのです。

 それが突然、亡くなられた、などと。


 それも、聖母に反逆を企てたというエリック殿によって、殺害されたなどというではありませんか!


 わたくしには、到底、信じることができません。

 あの温和なデューク伯爵が、あの、真っすぐで誠実な性格をした、エリック殿に、実の息子に害されるなどと……。


 クラリッサ、あなたは、そのエリック殿と一緒に、行動していたのでしょう?

 なにか、なにか、真相を、ご存じではないですか? )


 レナータは再び、用心深く魔力を最小限に抑えた念話で、クラリッサにそうたずねる。


 その瞬間、クラリッサの頭の中には、デューク伯爵の最期の光景が浮かんでいた。

 止めようとしても、止めることができない。


 ヘルマンたちに連れ去られたデューク伯爵を、クラリッサたちは必死に追いかけた。

 しかし、ヘルマンはそれを見越して罠をしかけており、デューク伯爵もろとも、エリックを始末しようとした。

 そしてクラリッサたちは、デューク伯爵を救うことができなかった。


 谷底に落ち、バラバラになった馬車の残骸に押しつぶされるようになっていた、デューク伯爵。

 今、念話によって直接そのイメージがレナータに伝わるのだということを知っていたクラリッサは、忘れたくても忘れられないその光景を慌てて打ち払ったが、すでに遅かった。


(ああ……。

 なんという、ことでしょうか! )


 クラリッサには、その言葉と共に、レナータの悲痛ななげきの感情が、痛いほどに伝わってきていた。


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