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・第133話:「学長・レナータ:1」

・第133話:「学長・レナータ:1」


 どうやって、この場を脱し、そして、聖母を倒すか。

 なんの見通しも立てることのできないその課題について、クラリッサは考える時間をいくらでも持っていた。


 はりつけにされ、身動きの取れない状況では、考えることくらいしかやれることがないからだ。


 先行きは、絶望的だった。

 敵は圧倒的で、味方は少数。

 そもそも、クラリッサはあとどれくらい生きていられるのかさえわからない、窮地きゅうちにある。


 それでも、クラリッサは考え続けるしかない。

 もうダメだ、とあきらめてしまいそうになる心をどうにか平静にし、エリックたちが助けに来てくれるまで生き延びるためには、そうして[戦うのだ]という自分の意志を再確認し続けなければならないからだ。


 クラリッサの思考を邪魔する者は、誰もいない。

 聖母への忠誠心を示させるために魔法学院の魔術師たちに投石を行わせたのだが、それも一巡して、投石を続けていた魔術師たちはみな、姿を消した。

 教会騎士たちはクラリッサのことを監視するためにまだ何人も残って見張っているが、彼らはクラリッサが抵抗できないことを知っており、退屈そうに、あくびなんかをしている。


 あえてクラリッサになにかしようという者は、誰もいない様子だった。

 教会騎士たちはクラリッサがたどる運命が破滅であることを疑っていないし、不埒ふらちなことを考えようにも、ヘルマンから禁止されているから実行することはできない。


 その点は、クラリッサはヘルマンに感謝するべきかもしれなかった。


(でも、アイツを倒す時は、エリックに言って、あたしにも腕の1本くらいはよこしてもらうけどね)


 クラリッサはヘルマンの嘲笑ちょうしょうを思い起こしながら、あの不愉快な顔を引きつらせ、エリックと共に復讐ふくしゅうすることを夢見て、この窮地きゅうちを耐えるための精神力を奮い起こす。


 そんな時、クラリッサの足元で、投石に使われた石がかすかに、コツン、と動く音が聞こえた。


 また、誰かが来たのか。

 驚いたクラリッサが、少しでも消耗しょうもうを抑えるために閉じていた目を開くと、そこには、クラリッサにとってそれほど馴染みのない、だが、よく知った人物が立っていた。


 それは、誰あろう、魔法学院の学長である、レナータという名を持つ魔法使いだった。


────────────────────────────────────────


 レナータは、クラリッサが自分のことに気づいたのを見て取ると、無言のまま自身の口元に人差し指を当てて、クラリッサに声をたてないように伝えてくる。


 亜麻あま色の長い髪と、茶色の瞳を持つ、落ち着いた気品ある雰囲気の年配の女性だ。

 その年齢は、45歳。

 優秀な魔術師として知られており、2、3年前から、魔法学院の学長を務めている。


 魔法学院の学長ともなれば、普通は、もっと高齢の、白髪の老人がするものだとクラリッサは思っていた。

 実際、クラリッサが魔法学院に入学して学び始めた時は、かなり高齢の、著名な大魔法使いが学長を務めていた。


 レナータがまだ40代という年齢で魔法学院の学長についたのには、紆余曲折うよきょくせつがあったらしい。

 クラリッサは自分の魔法研究に夢中で、その当時のゴタゴタにまったく関心を持っていなかったから詳しい話は知らないのだが、先代の学長であり、レナータの師匠でもあった老魔法使いが強く推薦すいせんして、実現した人事であるらしい。


 レナータは罠にはめられたのだ、というウワサを聞いたこともある。

 なんでも、レナータとしては学院を出て、どこか人里離れた場所で静かに魔法研究に打ち込もうと、実質的に隠居しようと考えていたらしい。

しかし、先代の学長は自身の教え子の中でもっとも優秀であったレナータが学院を去ることを危惧し、かなり強引なやり方で学長につけることで、レナータが早々に隠居することを阻止したのだという。


 先代の学長が強力に推し進めたこととはいえ、もちろん、反対意見も強かった。

 しかし、レナータは不本意ながらも学長となると、立派にその職務を遂行した。


 聡明な人なのだ。

 生まれ持った魔法の才能だけではなく、彼女自身が身に着けた知性と品格は、魔法学院の学長として十分な力をレナータに与えていた。


 クラリッサとは、もちろん面識はあったものの、それほど関係が深いわけではない。

 クラリッサが入学した当時すでに学院の教授であったレナータだったが、学院にいるよりは外にいて、周辺の諸侯などに請われて魔法の力で手助けをしていることの方が多く、学院の講義でもクラリッサとはほとんどかかわりがなかった。


 そんなレナータが、たった1人だけで、クラリッサの前に立っている。

 それも、どうやらお忍びである様子だった。


 レナータが身に着けているローブは、特別なものだった。

 それを身に着けた本人が、自身の存在を知らせたいと思う相手以外には、その存在を察知できなくなるという、強力で特殊な魔術のかけられたものなのだ。


 1度、学院の講義でそういった特殊なローブがあることを教授から教えられて目の前でその効果を実演されて、驚かされたことがあるクラリッサは、そのローブの存在をよく覚えている。


 クラリッサは、レナータに指示された通り、なにも気づかないふうをよそおったが、不思議でならなかった。

 レナータが今、クラリッサの前に姿をあらわした理由に、なにも見当がつかないからだ。


 レナータは、生真面目な性格をしていた。

 堅物、というほどではないものの、なにごとにつけても規則を遵守じゅんしゅすることを重要視し、自身の学院での仕事も、きっちり記録をつけて、誰にでもわかるように整理しているほどだった。


 クラリッサも、レナータの論文を読んだことはあるから、その性格がよくわかっている。

 レナータの論文の文字はどの字もお手本のようにきっちりと書かれており、レナータが細かいところにまで油断なく気配りをし、[なにが正式なのか]にこだわるという性格なのだと、クラリッサは知っている。


 そこまで考えて、クラリッサは、ますます、戸惑ってしまった。


 なぜなら、レナータの生真面目な性格を思い出した時、クラリッサには、いったい誰が自分を投石から守ってくれていたのかがわかってしまったからだ。


 あの、あくまで基本に忠実で、模範もはんを沿うようでいて、しっかりと細部にまで気配りのなされた精緻せいちな魔法。

 それだけの実力を持った魔術師はそれほど多くはなく、そして、レナータは確実にその1人だった。


 そしてなにより、今、世界に1つしかないかもしれない特別製のローブを使ってまで、教会騎士たちの目を盗んでクラリッサの前にやってきているというその事実が、レナータが人知れずクラリッサを助けてくれていたのだということを、クラリッサに確信させていた。


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