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・第132話:「意外な助け」

・第132話:「意外な助け」


 クラリッサへの投石は、深夜に至るまで続けられた。

 投石をさせられる魔法学院の魔術師たちは、ヘルマンが去った後も、教会騎士たちによって次々と交代で連れて来られて、クラリッサを痛めつけることを強いられた。


 だが、クラリッサは不思議と、投げつけられる石の痛みを感じなくなっていた。


 自分の痛覚が、麻痺してしまったのだろうか。

 バシ、バシ、と身体に当たる石の感覚はありながらも、どういうわけか痛みを感じなくなった時、クラリッサは最初、そう思って戸惑った。


 だが、自身の感覚を研ぎ澄ませてみると、すぐにその理由がわかった。

 クラリッサに、誰かがこっそりと、投石のダメージを受けないようにする魔法をかけてくれたことがわかったからだ。


(いったい、誰が……? )


 クラリッサは、誰が自分に手を差し伸べてくれているのかを考えてみるが、なかなか絞り込めない。


 魔法学院でお世話になった、教授たちの内の誰か?

 あるいは、学院生活を送る中で仲良くしていた、友人たちの誰か?

 それとも、残党軍が、エリックたちの誰かが、クラリッサを救うためにすでに近くまで来ているのか?


 3つめの想像がクラリッサにとってはもっとも嬉しいものだったが、さすがにそれはあり得ない。

 教会騎士たちの猛攻撃により、残党軍の野営地が灰となってしまってから、まだ2日ほどしか経過していない。


 残党軍には、クラリッサの仲間である、エリックがいる。

 彼の性格から言って、必ず自分を救うために動いてくれるだろうとクラリッサは信じているが、さすがに、この短時間の間にクラリッサを助けに来てくれるのは、物理的に不可能なことだった。


 だとすれば、やはり、魔法学院の関係者だろうか。

 そうだろうとは思うのだが、しかし、クラリッサはそれが誰なのかは、わからない。


 魔法には、たとえ同じ魔法であっても、その使用者の特徴が出るものだった。

 それは、魔力の使い方などに、それぞれの魔術師にクセが出てくるからだ。

 だから、同じ呪文で、同じ道具を使ってみても、クラリッサの鋭敏な魔法間隔を研ぎ澄ませれば、その魔法を誰が使っているのかは判別できる。

 それが、クラリッサのために動いてくれそうな、親しい関係にあった者の魔法であれば、必ず見分けることができる自信が、クラリッサにはある。


 しかし、クラリッサにかけられている魔法は、クラリッサがこれまでに感じたことのないクセを持っていた。


 几帳面で、基本に忠実。

 きっと、細部にまでこだわりを持ってきっちり魔法を使う、正統派の優秀な魔法使いによる魔法であるのに違いない。


 何人か、クラリッサはこういった真面目に魔法を使いそうな人物を知っていたが、今クラリッサにかけられている魔法には、その人物たちが使う魔法にはない巧妙さがあった。

 他の魔術師たちが、クラリッサに投石のダメージを生じなくさせる魔法が使用されていることを悟られないように、魔力の流れを隠蔽いんぺいする工夫が施されているのだ。


 クラリッサはさすがにその魔法を使用されている対象だから、自分に魔法が使われていることも、その魔力のクセも理解できるが、おそらく、他の魔術師たちにはなにもわからないだろう。

 今も教会騎士たちの監視の下、クラリッサに投石を続けている魔術師たちも、学院にいるはずの他の魔術師たちも。

 もちろん、教会騎士団にだって魔法を使える者はいるはずだったが、そういった敵側の魔法使いにも、クラリッサを誰かが助けようとしていることはわからないのに違いない。


(なんにせよ、ありがたいねぇ)


 クラリッサは、自分を手助けしようとしてくれている誰かに、内心で感謝する。


 絶望的な状況ではあったが、クラリッサは、孤立無援ではない。

 誰かはわからないが、魔法学院にはクラリッサと同じように、聖母に対して従わず、自分自身の意志で動いている者がいる。


 ほんの少しだけだが、希望を持つことができた。


────────────────────────────────────────


 投石は、夜明け近くになるまで続けられた。

 どうやらヘルマンは、魔法学院に所属する教授たちや学生、そのすべてに対し、クラリッサに投石を行って聖母への忠誠を示すように命じたらしく、学院の魔術師たちが次々と交代でクラリッサに投石するために連れてこられたが、夜明け前には一巡したらしい。


 クラリッサの身体に、いったい、どれだけの石がぶつけられたのだろう。

 教会騎士たちに監視されながら、クラリッサに向かって石を投げ続けた魔術師たちは、クラリッサの足元に転がった石を拾っては投げ、拾っては投げをくり返し、クラリッサは途中からすっかり、自分の身体に石が命中した回数を数えることをやめていた。


 なにしろ、クラリッサにできることと言えば、なにもないのだ。

 手足は磔台に荒縄できつく縛りつけられて身じろぎをすることさえできなかったし、さるぐつわのせいで魔法の杖がなくても使えるような簡単な魔法さえ使えない。


 そんな、抵抗することもできず、一方的になぶりものにされるクラリッサに、足元に石を拾いに来た魔術師たちの中には、泣きながら謝罪する者もいた。

 だが、そんな者たちも結局、クラリッサに石を投げ続けることはやめなかった。


(聖母には、誰だって、逆らえないんだ)


 クラリッサはその、聖母による絶対的な支配を受けている人々の姿を見て、この世界の[おかしさ]を改めて思い知らされていた。


 クラリッサだって、エリックが自分に助力を求めてやってくるまでは、聖母のことを信じていたのだ。

 エリックが[死んだ]というヘルマンたちの話に疑いはもっていたものの、聖母のことはまだ信じていたし、エリックが、聖母の企みによって裏切りを受けたなどということは、想像さえしていなかった。


 人間は誰も、聖母のことを信じて、疑わない。

 もう、何世代にもわたってずっと、聖母を信仰するように教えられ、聖母が絶対的な存在であると信じて来たからだ。


 人間は、そもそも聖母を疑うという発想に至らない。


(エリック。

 できれば、助けに来て欲しいけど、でも……。


 仮に、うまくこの場を逃げ出せたとしても、どうにかできるのかな? )


 聖母が、これまで自分が信じてきたものと程遠い存在であることは、すでにわかっている。

 その聖母を倒すために、クラリッサは戦う覚悟を固めている。


 しかし、聖母に戦いを挑むということは、この世界に暮らす人類すべてを敵に回すということに他ならなかった。


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