・第131話:「捕らわれの魔女」
・第131話:「捕らわれの魔女」
磔も、火刑も、この世界では昔から存在する刑罰だった。
どちらも、重罪人に対するものだ。
あまりにも多くの人々を傷つるなど、見過ごすことのできない大罪を犯したとされた者が、受けてきた刑罰だった。
(ひょっとして、磔にされた後に火刑って、あたしが史上初めてなんじゃなかろうかね? )
磔台に荒縄で縛りつけられたクラリッサは、意外と冷静な気持ちで、そんなことを考えていた。
ヘルマンが、魔法学院の魔術師たちを動員して全世界に向けクラリッサの火刑の準備の様子をアピールしてから、十数時間。
日没を迎えたが、辺りは明るかった。
クラリッサの火刑台のある、魔法学院の正門の前にある広場は、ぐるりとかがり火によって取り囲まれていた。
多少の距離が離れているから、熱さを感じたり、クラリッサの足元に積み上げられた薪に火の粉が引火したりするようなおそれはなかったが、辺りは昼間のような明るさを保っている。
それは、クラリッサをできるだけ苦しめ、昼夜を問わず、見せしめにするためだった。
煌々(こうこう)と光を放ち続けるかがり火はクラリッサが瞼を閉じようとその上からでもクラリッサに光を届け、クラリッサが少しでも体力を温存するために眠ろうとするのを妨げるだけでなく、その炎によって、クラリッサにこれから訪れる運命を意識させるのだ。
(やれやれ。
ヘルマンも、ずいぶん、性格の悪いことをするもんだよね)
クラリッサを苦しめるためならと労を惜しまず、終始楽しそうに火刑場の準備を指揮していたヘルマンの様子を思い出すと、クラリッサは呆れるしかなかった。
聖職者として、人々を導くはずの人物が、これほど残忍な存在であったとは。
聖母のことを狂信し、聖母に反することをした者に対してはなにをしてもかまわないと考えているヘルマンと、彼がそんな存在なのだと今まで気づかなかった自分自身にも、呆れるしかない。
(エリック……。
やぱり、来ちゃう、かな)
それからクラリッサは、磔台にさらされてから、何度も何度も、思い浮かべてきたエリックの顔を、また思い浮かべていた。
クラリッサは、「最悪、自分を見捨てることになってもいい」と、確かにそう言った。
そう決意していたのは事実だったし、今でも、エリックや残党軍が全滅してしまうよりも、自分1人だけの方がマシだと、そう考えている。
しかし、助かるというのなら、助かりたい。
それもまた、クラリッサの本心だった。
(だって、まだ、やりたいことたくさんあるし……。
でも、ここって、ヘルマンたちの罠のど真ん中、だしなぁ)
エリックたちに、助けに来て欲しくはない。
エリックたちに、助けに来て欲しい。
その2つの矛盾した感情が、クラリッサの内側でぐるぐると渦巻いている。
(……死ぬのは、やっぱり、怖いなぁ……)
生きていたい。
その気持ちは、魔王・サウラを倒すために旅をし、必死に戦っていた時もずっと、クラリッサの心の内側にあった本心だった。
だって、生きているのって、楽しいことだから。
魔法の研究で新しい発見や学びを得ることがクラリッサは好きだったし、美味しいものを作ったり食べたり、食べさせたりすることも好きだった。
辛く苦しい旅の間、いろいろな景色を見て回ったことも、実は楽しかった。
そしてそれらは、生きていなければできないことなのだ。
(……今は、できるだけ、体力を温存しておきましょうかね)
エリックたちが助けに来てくれるか、どうか。
仮に助けに来てくれたとしても、自分は助かるのか、どうか。
予想はつかなかったし、成功の見込みも薄いとわかってはいたが、クラリッサはもし奇跡が起こった時に備えて、少しでも体力を温存するために両目を閉じた。
磔にされている上に、かがり火の明かりに照らされているので落ち着いて眠ることなどできはしないが、こうして目を閉じて身体の力を抜いていれば、少しは延命ができるはずだった。
「むぐっ!? 」
しかし、クラリッサはさるぐつわを噛まされているためにそうくぐもった悲鳴をあげ、両目を見開き、驚いたようにきょろきょろと辺りを見回していた。
すると、かがり火で照らされた広場の中に、幾人もの人間が立っているのが見えた。
そしてその人間たちが、腕を振り上げて、クラリッサに向かって振り下ろすのも。
その人間たちは、魔術師が身につけるローブを身にまとっている。
魔法学院の教授や学生たちだ。
そして彼らは、クラリッサに向かって、石を投げつけていた。
それらのほとんどは力なくクラリッサの手前で落下して転がるだけだったが、先ほどはたまたま、その内の1つがクラリッサを直撃した様子だった。
ローブの隙間から見える魔術師たちの顔は、悲痛なものだ。
明らかに、無理やりクラリッサへの投石をさせられている様子だった。
「なんだ、なんだぁ、そのへなちょこは!? 」
そんな魔術師たちを叱責したのは、ヘルマンだった。
「貴様たちには、この悪しき魔女、クラリッサと同類なのではないかという嫌疑が、聖母様よりかけられているのだ!
さぁ、聖母様への忠誠を示し、身の潔白を証明するのだ!
そんなへなちょこな投石では、聖母様への忠誠心は示せぬぞ! 」
ヘルマンはかがり火を背景にしながら、そう言って魔術師たちを急き立てる。
すると、魔術師たちはより一層悲痛な表情を浮かべたが、ヘルマンの命令には逆らえず、クラリッサに向かってより強い投石を浴びせ始める。
逆光になっていてクラリッサからはよく見えなかったが、ヘルマンは、嘲笑を浮かべているのに違いなかった。
ヘルマンは、魔術師たちに投石をさせることで、魔術師たちが置かれている立場を自覚させるのと同時に、クラリッサに体力を節約することを許さず、昼夜を問わず、徹底的に痛めつけようとしているのだ。
(ホントに、嫌な奴……っ!! )
クラリッサは得意の魔法でヘルマンを蒸発させてやりたい気持ちになったが、さるぐつわで呪文を唱えることもできず、魔力を高める魔法の杖もなく、どうすることもできない。
ただじっと、自分の身体にぶつけられる投石の痛みに、耐え続ける他はなかった。