・第130話:「救うか、否か:2」
・第130話:「救うか、否か:2」
クラリッサの下にたどりつけたとして、そこから脱出できるのか、どうか。
それは、まったく自信はなかった。
今からクラリッサを救出しに行くのだとしても、到着には時間がかかる。
今の残党軍には移動に使える馬もなく、目的地の見当がついているとはいえ、徒歩での移動ではどんなに急いでも数日はかかる。
その間に、クラリッサは衰弱していくだろう。
エリックがなんとかして彼女の下へとたどり着き、磔にされた彼女を自由の身にすることができたとしても、クラリッサは魔法も使えず、自身の力で歩くことさえできないだろう。
そんなクラリッサを、押しよせてくる教会騎士や、魔法学院の魔術師たちを相手にしながら、無事に脱出させる。
不可能だと、考えなくともわかる。
(だが……、オレは、行く! )
エリックは自身の握り拳を強く握りしめ、奥歯を噛みしめながら、その決心をさらに強いものとする。
クラリッサは、エリックのことを信じ、その力を貸してくれた。
卑劣な裏切り者たちのようにエリックを使い捨てにせず、かつてと同じ、[仲間]として、エリックの側にいてくれた。
そんな彼女が、あんな目に遭っているのは、エリックのせいなのだ。
エリックが、クラリッサなら助けてくれるかもしれないと、彼女を頼りさえしなければ。
残党軍を全滅させないためとはいえ、あの裏切り者に、彼女を引き渡さなければ。
どちらも、その決断を下したのは、エリックだ。
こんな事態になると予想していたわけではなかったが、エリックには、クラリッサに対して、果たすべき義務があるはずだった。
クラリッサは、自分から捕虜になることを申し出たんじゃないか。
助ける見込みがなければ、見捨ててもいいと、そう言っていたじゃないか。
そんな言い訳をすることは、エリックには絶対に許せないことだった。
なぜなら、クラリッサはエリックや残党軍を生かすために口ではそう言ったが、その本心ではきっと、助けを求めていたはずだからだ。
たとえ、彼女を救出できないのだとしても。
エリックは、クラリッサのために自身の命を惜しむようなことをしたくはなかった。
(どうせオレは、1度、いや、2度……、死んだ身なんだ)
エリックは、黒魔術ですっかり消えてしまっている、リディアによって背後から聖剣で貫かれた傷の辺りにズキズキとした痛みを覚えながら、その顔に静かな笑みを浮かべていた。
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「クラリッサ殿を、助けに行こう」
ケヴィンたちにはなにも言わず、こっそりと自分1人で抜け出して、クラリッサを救いに向かう。
エリックがどうやって誰にも知られずにここから抜け出そうかと考え始めた時、そう言ったのは、ケヴィンだった。
エリックは驚きのあまり、反射的に顔をあげて、ケヴィンの方をまじまじと見つめてしまっていた。
「エリック殿。
貴殿、自分1人だけで、我々には秘密で、クラリッサ殿を助けに向かうつもりだったのだろう? 」
するとケヴィンは、エリックに向かって笑ってみせる。
影のない笑顔だった。
「クラリッサ殿を助けるために、我々を犠牲にしたくない。
だが、クラリッサ殿を見捨てることも、絶対にできない。
だから、自分1人だけで、助けに行く。
たとえ、成功の見込みなどなくても、行く。
貴殿は、今、そう考えていたのだろう? 」
その、すべてを見透かしたようなケヴィンの言葉に、エリックは驚いたような顔のまま、肯定も否定もすることができなかった。
だがそれは、実質的にケヴィンの言葉を肯定しているようなものだ。
「ケヴィン。
それは、無理だよ」
そう言って異論を唱えたのは、アヌルスだった。
「私たちの状況を、考えてよ?
根拠地を奪われて、まだ詳細もわかっていない遺跡に逃げ込んで。
明日のことなんて、なにもわからない。
クラリッサを助けに行くべきだっていうのは、わかるけれど、今は、もっと状況を……」
しかしケヴィンは、アヌルスの言葉を自身の腕を彼女の前に広げることで途切れさせる。
そして、ケヴィンはニヤリとした、からかうような笑みをアヌルスへと向けた。
「アヌルス。
無理をして[悪役]になる必要はないんだ」
「んなっ!? べ、べつに、私はただ、もっと現状を考えてっていう話をっ! 」
「大の人間嫌いのお前が、ちゃんと名前で呼んでるんだ。
クラリッサ殿のこと、認めているのだろう?
ついこのあいだなんて、「人間の魔法も、少しは見るべきところがあるわ」と、俺にそう言っていたじゃないか」
そこまでケヴィンに言われると、アヌルスは押し黙った。
そして、悔しそうに唇を引き結び、「それは秘密にしなさいって言ったのに、バカ」と口の中で呟きながら、少し頬を赤くしながらケヴィンからそっぽを向く。
「そういうわけだ、エリック殿。
クラリッサ殿を助けに行くのなら、喜んで、力を貸そう。
今の我々でも、できることは必ず、あるはずだ」
エリックへと振り向き直ってそう言ったケヴィンの言葉に、もう、反論する者は誰もいなかった。
セリスもラガルトもエリックに向かって、少しも迷いのない、澄んだ笑みを浮かべながらうなずいてみせる。
救うか、否か。
その結論は、議論するまでもなく、決まりきっていたことであったようだった。
「……ありがとう、みんな」
エリックは、ただ、そう絞り出すように言って、ケヴィンたちに頭を下げる。
頬から流れ出てきた熱い気持ちを彼らに見せることが、少し恥ずかしかったからだ。