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・第129話:「救うか、否か:1」

・第129話:「救うか、否か:1」


 はりつけにされ、身動きの取れないクラリッサの周囲に、うずたかくたきぎが積み上げられていく。


 それは、エリックたちに対するあからさまな揺さぶりであり、すべての人類に対する見せしめだった。


 聖母の威光に、その支配に異議を唱えた者がどうなるのか。

 聖母に疑念を持ち、反旗を翻した者は、たとえそれが魔王・サウラを打倒するのに大きな功績を持ったものであろうと、断罪される。


 エリックたちにその運命を示し、絶望させ、戦意をなくさせる。

 そして聖母の支配下にある人間たちに、聖母が彼らにとって絶対的な存在であることをあらためて思い起こさせ、聖母が世界を支配することへの疑問をいだこうという意思を失わせる。


 クラリッサは、エリックほどではないが、有名人だ。

 直接顔を見たことがないという人は大勢いたが、少なくとも、勇者・エリックと共に旅をしていた、優秀な魔法使いとして知られている。


 そんなクラリッサが見せしめとされている。

 人々に対する効果は、大きいはずだった。


(反逆者どもよ、震えて、待つがいい!


 貴様らは必ず、聖母様のご威光を前に、滅びることになるのだ!


 もし、殊勝な心がけで、自ら滅びを受け入れるというのなら、せめて、その魂だけは焼き清めてやろう!

 クハハハハハッ! )


 空に映し出されていた火刑場の光景は、最後に、ヘルマンの愉悦ゆえつに満ちた哄笑を響かせて、消えた。


────────────────────────────────────────


 エリックたちは、魔法で空に映し出されていた火刑場の光景が消えても、誰も言葉を発せず、無言だった。


 あまりにも、むごすぎる。

 誰もが皆、クラリッサに対して聖母たちが行おうとしている仕打ちに、絶句せざるを得なかった。


 弁明の機会も与えられず、一方的に判決だけ下され、はりつけにされて。

 最後には、生きたまま焼き殺されるのだ。


 今すぐ、助けに行こう。

 エリックはその言葉を、声に出すことができなかった。


 残党軍は、その根拠地であった野営地を失い、かろうじて地下都市に逃げ込んでいるのに過ぎない状態だった。

 負傷者の手当てもまだすべては終わっておらず、この地下都市がどのような場所なのかの探索さえ終わっておらず、この先の見通しなどまったくできない。


 そんな状況で、クラリッサを救出するために動く。

 常識的に考えれば、不可能だった。


 クラリッサがどこではりつけにされているのかは、エリックにはわかっていた。

 ちらりと見えた背景から、そこが、クラリッサが通っていた魔法学院であると判別できたからだ。

 そして、その事実から予想される状況が、エリックの口を重くしていた。


 魔法学院は元々、聖母に対してさほど協力的ではなかった。

 学院には一定の自治権が認められるはずで、だからこそ、学院は教会騎士たちの立ち入りを安易に許さず、聖母に従いはするものの、一定の距離感を持っていたはずだった。


 だが、クラリッサがエリックに味方をしたことで、状況が大きく変わったのだろう。

 学院は聖母からクラリッサと同様の[反乱分子]として見られることを避けるために、これまでよりも積極的に聖母に協力する姿勢を示さなければならなくなったのだ。


 魔法学院のすぐ近くにクラリッサの火刑場を作ったのはきっと、聖母たちが魔法学院に協力を迫る圧力としての側面もあるはずだった。

 逆らえば、魔法学院でも容赦しないぞと、クラリッサに残酷な刑罰を与えることで魔法学院を恫喝どうかつしているのだ。


 エリックがクラリッサを救いに行こうと言い出せないのは、この恫喝どうかつによって、魔法学院が聖母たちにすでに屈してしまったとわかるからだ。


 それは、クラリッサの火刑を準備する光景を、見せしめとするために空に映し出し、念和によってヘルマンの声を伝えさせたことから判断できる。

 あれほど強力な魔法は、魔法学院の全面的な協力なしに実現できるわけがないのだ。


 つまり、エリックたちがクラリッサを救おうとしても、その前には、ヘルマンやリディア、教会騎士たちだけではなく、魔法学院の魔術師たちも立ちはだかるということだった。


 残党軍の野営地を攻略するために教会騎士たちは大きな損害を受けたはずだったが、それでもその勢力は、今の残党軍よりも遥かに大きい。

 そこに、魔法学院の魔術師たちも加わる。


 今のエリックたちがクラリッサを助けに向かったとしても、成功の可能性は皆無であり、そのまま返り討ちにされて全滅するという危険さえあった。


 だからエリックは、クラリッサを助けに行こうと、周囲にいる人々に言い出せない。

 ケヴィン、セリス、ラガルト、アヌルスたち、残党軍の人々にそれを言い出して、彼らにクラリッサの救出に向かわせたくない。


 言えば、きっと、残党軍はできる限りの協力をしてくれるだろうという確信があった。

 そのリーダーであるケヴィンの性格、ということもあったが、エリックには、残党軍の人々は、聖母と戦い抜き、倒す以外に未来はないのだと覚悟を固めているのだと、すでにわかっている。


 そんな決死の覚悟が定まっていなければ、あの卑怯な裏切り者が「共に降伏しないか? 」と誘った時に、つき従う者が出ていたはずだ。

 しかし、誰1人として、その誘いに乗る者はいなかった。


 それがわかっているからこそ、エリックは「助けてくれ」と言えなかった。

 その一言のために、必死で生き延びた人々を滅ぼすことになるとわかっているから。


(クラリッサを助けに行くとしたら、オレ、1人で……! )


 だからエリックは、そう、腹をくくった。


 自分だけなら、たとえ敵の罠にはめられて傷を負っても、簡単に死ぬことはない。

 エリックに施された黒魔術によって、エリックの肉体は魔王・サウラのものとして作り変えが進められており、その作用は肉体の本来の持ち主であるエリックの魂と肉体との結びつきの強さによって阻害されているが、傷を負ってエリックの命が死へと近づくたび、魂と肉体の乖離かいりが生まれるたび、急速に進む。

 その結果、エリックの肉体は瞬時に修復され、エリックの命は保たれる。


 そんな、偶然生まれたバランスの上に成り立っているのが、今のエリックだった。

 だから、エリックだけなら、どんなことになっても、命を失うことはない。

 エリックの身体はより魔王としてのものへと作り変えられることになるだろうが、クラリッサの下へとたどり着ける可能性はあるはずだった。


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