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・第126話:「誘惑:2」

・第126話:「誘惑:2」


 人間と、魔物と亜人種たちが、戦っている理由。

 長い歴史の中で、人類軍も魔王軍も、その、互いに互いを絶滅させようとする戦争を戦い続けている理由を、すっかり忘却してしまった。


 その、誰も覚えていない、戦争の理由。

 それを、魔王・サウラは、知っているような様子だった。


 少し前にエリックはサウラにそのことについてたずねたが、しかし、サウラは「まだ話す時ではない」と言って、口をつぐんだ。

 そして今も、エリックの問いかけに沈黙した。


 それを知ったところで、なにかが変わるわけでもない。

 エリックが聖母を倒すために戦い続けるということは変わらないし、これまでの戦いの中で失われたものが返ってくるわけでもない。


 しかし、それは重要なことだった。

 なぜなら、人類軍と魔王軍が戦い続けてきたその理由は、[聖母が本当はなにをしているのか]を知るための、ヒントになるかもしれないことだったからだ。


 聖母はエリックを裏切り、使い捨てにした。

 その理由は、勇者として魔王を倒したエリックが英雄として人々からの支持を集め、聖母に代わる存在とならぬように、将来の禍根を断つためであったのだろう。


 それは、エリックにももう、わかっている。

 聖母たちは勇者として選ばれた者たちをそうやって、これまでに何度も何度も、裏切り、使い捨てにして、人類の唯一絶対の信仰を集める存在として君臨し続けているのだろう。


 だが、きっと、聖母がやっていることは、それだけではない。

 終わることなき魔王軍との戦争の中で、聖母はもっと悪辣あくらつなことを行ってきているはずだ。


 そしてなにより、戦争を始めた理由を忘れ去ってしまったからこそ、人間たちは聖母に盲従してしまっているのだ。

 聖母のことを疑うという発想すら抱くこともなく、ただ、ひたすらに、聖母の名の下に魔物や亜人種たちを[悪]と断じ、その弾圧の先兵となってきた。


 すべてを明らかにし、決着をつける。

 聖母が行って来たことの罪を明るみに出し、報復を果たし、罪をつぐなわせる。

 そして、真実を明らかにし、人々の目を覚まさせる。


 そのためにも、魔王・サウラが聖母を倒そうとする理由、人類軍と魔王軍が戦争をしている理由を、エリックは知っておきたかった。


(どうした、サウラ?

 また、ダンマリか?

なら、お前のことは、信用できないな。


 確かにお前の力は欲しくてしかたがない。

けれど、信用できない相手の力を借りるつもりはない。

聖母は、他に方法を見つけて、このオレの手で倒してやるさ)


 黙ったままのサウラに、エリックは突き放すように言って、揺さぶりをかけてみる。

 魔王相手にこんなかけ引きをする日がこようとはまったく想像もしていなかったエリックは、なんだか不思議な気分だった。


(……よかろう)


 やがて、サウラは観念したのか、重苦しくそう言うと、ゆっくりと話し始める。


(聖母は、これまで、我ら魔族や、亜人種たちを虐げ続けてきた。

 人間のように聖母のことを信仰せず、その支配を受け入れぬという理由で、だ。


 我は、多くの者の[終わり]を目にしてきたのだ。


 汝も、我に、流れ出た血から記憶を読み取る力があることは、知っておるだろう?

 ゆえに、我には聖母の弾圧によって倒れていった者たちの記憶が、最後の願いが、わかるのだ。


 多くは、ただ、平穏に生きたかったと願い、家族や、友人や、大切な人々が無事であるようにと、そう願っていた。


 汝にも、わかるであろう?

 聖母が自身の支配を続けるために殺し続けてきた者たちは、汝ら人間とその本質は、なにも変わらない。

 ただ、平和を愛し、幸せに生きたいと願っていた者たちなのだ。


 そんな者たちを、自らのためにムシケラがごとく踏みつぶして来た、聖母。

 我には、到底、許すことなどできぬ。


 これが、我が聖母を憎み、滅ぼそうと願い、汝に我が力を貸そうという理由だ)


 今度は、エリックの方が押し黙ることになった。


 魔王・サウラが述べた、聖母と戦う理由。

 それは、エリックにも強く共感できることだったからだ。


 平穏に、幸せに生きたいと願って来ただけの存在。

 それを、聖母は自分自身が世界の支配者であり続けるために、一方的に弾圧し、しいたげてきた。


 それに怒りを覚えるのは、当然のことだとしか、そう思えなかったからだ。


(サウラ。

 お前の言っていることは、理解できる。

 共感も、できる。


 だが、やはり、お前のことは信用できない)


 しばらく黙り込んでいたエリックだったが、やがて、憮然ぶぜんとした表情でサウラに言った。


(それは、お前の戦う理由だ。

 お前は、オレの知りたかったこと、なぜ戦争が始まったのかということを、話していない。


 オレは、それを知りたい。

 それを知って、人間にも真実を明かして、聖母の正体を暴き、その罪を償わせたい。


 だから、サウラ。

 どうして、この戦争が始まったのか、なぜ、多くの命が失われて来たのか。

 それを、オレに教えてくれ。


 そうすれば、オレは、お前のことを信じる)


 エリックの問いかけに、サウラは、再び沈黙した。


 そして、長い、長い沈黙の後、一言だけ、エリックに告げる。


(今は、言えぬ)

(……。

 また、それか)


 サウラの本心らしきものを少し聞くことができて、エリックは自分の知りたいことも話してくれるのではないかと少しだけ期待もしていたのだが、結局、サウラは黙秘を貫いた。


(なら、この話は、ナシだ。


 オレを、力をエサにして誘惑したいのなら、隠しごとはなしにしろ)


 この期に及んで、まだ、明かさないのか。

 エリックは呆れて、そうサウラに吐き捨てるように言うと、少しでも眠っておくためにもぞもぞと姿勢を変える。


 サウラは、黙っていた。

 もうなにを言っても、エリックはサウラの話に関心を持ってくれないと、そうわかっているからだった。


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