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・第125話:「誘惑:1」

・第125話:「誘惑:1」


 また、裏切り者か。


 エリックはドワーフの地下都市の遺跡に作られた仮の寝床で横になりながら、裏切ったエルフの卑怯者のことを、そしてクラリッサのことを考えていた。


 エリックは、思う。

 自分はいったい、どれだけ、裏切られればいいのだろうか、と。


 ついしばらく前まで、エリックは、誰かを疑うということを知らなかった。


 今のエリックからすれば、かつての自分が見ていた世界は、単純なものだった。

 勇者として、世界を、人類を救う。

 それがエリックに与えられた使命であり、義務であり、エリックはただ、そのことだけに向かって行けばよかった。


 エリックは、愚かだった。

 聖母たちが自分を使い捨てにするつもりでいたことに気づかず、信じていた仲間がエリックを背後から突き刺す刃を研いでいたことにも気づかず、無邪気に、ただ勇者であろうとした。


 もちろん、エリックは真剣だった。

 聖母から勇者として選ばれたという自負を持ち、世界を救えるのは自分だけなのだとそう信じ、魔王・サウラを倒すために自らを鍛え抜いた。

 そして、人々を滅びの絶望から救うために、希望を持たせるために、エリックは勇者としてふさわしい振る舞いに徹して来た。


 公明正大で、誰にでも謙虚に応じ、誠実で、決して自分のことを信じてくれた相手を裏切らない。

 エリックはそうあろうとしてきた。

 そんな、[理想的な勇者]を、エリックは必死に演じ、そうあろうとしてきた。


 エリックは誰も裏切ったりはしなかったし、与えられた務めを果たし、サウラを倒した。

 そして、もう用済みとされて、背中から突き刺された。


 悪いのは、エリックをだまし、使い捨てにした聖母たちだ。

 しかし、エリックにはどうしても、後悔が残る。


 もし、自分が愚かではなく、誰かを疑うということを知っていたら。

 そうしてエリックが、聖母たちの陰謀に気づいていたら。


 きっと、エリックは魔王城で魔王を倒した途端に、用済みだとヘルマンたちに不意打ちされることはなかっただろう。

 生きたまま谷底へと捨てられ、そして、殺戮さつりくされた魔王軍の遺体が積み上げられた地獄そのものだった谷底から、必死に這い出ることもなかっただろう。

 荒野を1人、さまよい続け、必死に生き延びずとも、よかっただろう。


 エリックは、父親を失わずに済んだだろう。

 故郷を、親しい人々を、妹を、人質にされずに済んだだろう。

 そして、クラリッサも。


 なにもかもが、かみ合わない。

 どうして、こうなってしまったのだ?

 なぜ、自分は聖母たちの本性に気がつかなかったのか?


 悔いは次々と浮かんでは消えてをくり返し、エリックの思考を堂々巡りさせている。


 エリックはその渦巻く後悔のために、眠ることができなかった。


 黒魔術のおかげでエリックの身体はすぐに傷が修復されるようになってしまっていたが、疲労は別だ。

 エリックは、野営地を守るための戦いで、疲れ切っていた。


それでも、眠ることができなかった。

 仮の寝床の寝心地があまりよくないから、という理由は、大きな問題ではない。


 今のエリックには、後悔があり過ぎるのだ。

 セリスが持ってきてくれた食事の味も感じられないほど、エリックの思考は、後悔で埋めつくされている。


 その後悔を少しでも軽くし、乗り越えるためには、聖母たちへの復讐ふくしゅうを果たすしかない。

 エリックは未だにおとずれない、遠いその時が来ることを願い、後悔と、復讐ふくしゅう心に身を焦がしている。


(やはり、我が力が、必要であろう? )


 そんなエリックに心の中で語りかけてきたのは、黒魔術によってエリックの中に存在している、魔王・サウラだった。


(聖剣も持たぬ汝の力では、聖母にも、ヘルマンや聖女にさえ、及ばぬ。


 我が力を、用いるのだ。

 さすれば、汝の剣は聖母にも届くであろう)

(……嫌だ)

(強情な奴よ。

 なにゆえ、そこまでして、我が力を嫌う? )


 そのサウラからの誘惑を、エリックはなんとか拒否する。

 すると、サウラは少し呆れた様子だった。


(汝の身を焦がす、復讐ふくしゅうを願う心。

 我にも、強く伝わってくる。


 難しいことでは、なかろう?

 汝はその復讐ふくしゅう心を満たさねば、聖母を滅ぼさねば、1歩も前へと進めぬ。

 であるのに、今の汝の力では、聖母に遠くおよばぬのだ。


 であるのなら、いったい、なにを躊躇ためらう?


 汝が望むのなら、我が、魔王の力を貸してやろう。

 もはや、かつての仇敵であったからなどと、り好みしていられるような状況でもなかろうが? )

(お前のことを……、信用、できない)


 エリックは仮の寝心地の悪い寝床の上で寝返りをうちながら、サウラの誘惑にあらがいがたい魅力を覚えつつも、やはり拒絶する。


(我が人類を滅ぼすかも知れぬということであれば、案ずるな。

 我が望みもまた、聖母を滅ぼすこと。

 人間を根絶やしにすることは、聖母を滅ぼすためのひとつの手段でしかないのだ。


 聖母を滅ぼすことができさえすれば、汝ら人間を、あえて滅ぼすようなことはせぬ。

 そう誓えというのであれば、我は、喜んでそう誓おうぞ。


 そして、その誓いを、必ず守るであろう)

(違う、そうじゃない。


 お前はオレに、まだ話していないだろう?

 お前が、聖母と戦う、理由。

 人間が、魔物や亜人種たちと戦うようになった、その根本的な原因を。


 お前は、それを知っているのに、オレに隠している。


 お前が知っていることを、すべて、オレに話せ。

 そうすれば、俺も、お前のことを信用してやる。


 少しは、な)


 エリックのその要求に、サウラはつい先ほどまでの雄弁がウソのように沈黙してしまった。


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[気になる点] まだ、世界の理は明かされないのかぁ
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