・第123話:「卑怯者:4」
・第123話:「卑怯者:4」
裏切り者に対する、当然の結末。
そうなのだとしても、それは、あまりにもむごい最後だった。
だが、ヘルマンは、笑っていた。
「ククッ!
フハハハハハ!
どうだ、劣等種族!
聖母様の[ご慈悲]は、ありがたいだろう!?
貴様の、愚かで、惨めな一生を終わらせてやったのだからな! 」
凄惨な光景を見ていられず、顔をそむけたクラリッサの頭上で、ヘルマンが喉を震わせている。
「……ヘルマン神父。
エリックを背中から刺した時も、こんな風にやったわけ? 」
クラリッサはそんなヘルマンのことを見上げ、不快感を隠さずにそう問いかけていた。
「いいや?
エリックめを突き刺した時は、こんなに念入りにはやっていないぞ?
思えば、あの時に、リーチめに始末を任せず、我らの手で徹底的に、原形もとどめないほどみじん切りにしておけばよかったな! 」
すると、ヘルマンはエルフの裏切り者がたどった運命に、愉快そうに肩を震わせ続けながらクラリッサのことを見おろした。
その目は、狂気に満ちている。
自分自身が劣等種族として見下している差別対象に対しては、なにをしてもいい。
口約束をして喜ばしたうえで、その舌の根も乾かぬうちにめった切りにしてもかまわないと、そう考えている目だった。
(ヘルマンが、こんな奴だったなんて……)
クラリッサは、過去の自分を悔やんで唇を噛んだ。
エリックと同じように、クラリッサもかつて、ヘルマンを[仲間]と信じ、長く苦しい旅を続けたのだ。
互いに背中を守りあい、命をあずけあったこともあったし、クラリッサは傷を負ったヘルマンを、薬草や魔法を使って手当てをしたこともあったし、毎日、クラリッサは自分の用意した食事を、仲間たちと一緒にヘルマンと食べていたのだ。
それなのに、クラリッサは少しも、ヘルマンのこのおぞましい狂気に気づかなかった。
それどころか、聖母に対して敬虔な信仰心を持つヘルマンのことを、尊敬し、年長者としてうやまってさえいた。
自分が、ヘルマンたちの狂気に、エリックに対する裏切りに、気づくことができていたら。
そう思うと、クラリッサは、悔しくて、悔しくて、しかたがなかった。
「それにしても、クラリッサ。
まさか、お前までも、エリックのために動くとは思わなかったぞ?
お前は、もっと、賢い人間だと、そう思っていたのだがな? 」
「フン。
あんたたちの正体がこんなだと知っていたら、あたしは、最初からあんたたちに協力なんかしなかったよ」
見下している感情を隠そうともしないヘルマンを、クラリッサは精一杯の怒りをこめた視線で睨みつける。
だが、拘束されてひざまずかされているクラリッサにそんなことをされても、ヘルマンはさらに嘲笑を深くするだけだった。
「まったく、実に、あわれで、愚かなことだ!
聖母様のご意志に背き、反逆を企てているエリックも!
そのエリックに協力している、魔女、お前も!
あの、聖母様が亜人種をお許しになるなどという夢を見たエルフも!
ああ、実に、実に、愚かで、あわれで、滑稽な! 」
愉しくて、愉しくて、たまらない。
ヘルマンは自身の顔を手で覆い隠しながら、哄笑している。
「あんたたちは、そうやって、これまでに何人もの勇者を、消して来たんだね? 」
クラリッサはそのヘルマンの不愉快な笑い声を耳にしながら、必死に、今自分できることをしようと、そう問いかけていた。
ヘルマンたちは、やはり、すぐにはクラリッサを始末せず、エリックたちをおびき出すエサに使うつもりのようだった。
だが、ただヘルマンたちに利用されるだけでは、つまらない。
ならば、少しでも相手から情報を引き出しておくべきだ。
そう考えたクラリッサは、断片的な情報から知った、ヘルマンたちがこれまでにくり返してきていた悪事を暴露する。
それでヘルマンがなにかしらの反応を示せば、その反応からでも、なにか新しい情報を得られるかもしれないからだ。
「あんたたちは、魔王があらわれるたびに、勇者を選んで。
それで、勇者が魔王を倒すたびに、用済みになった勇者を捨てて来たんだ。
聖母が支配する世界を守り続けるために。
人々の英雄として、勇者があらたな指導者として人々からかつがれないように、始末して来たんだ。
そうやって、あんたたちは、エリックのことも使い捨てにしたんでしょ? 」
「ハッ。
しょせん、小娘ごときには、その程度のことしかわからんのか。
この俺から情報を引き出したいのなら、もっと[マトを射た]推論を語るのだな」
ヘルマンにはクラリッサの意図はお見通しであるようだった。
だが、その一言だけでも、クラリッサには収穫がある。
(こいつら……。
まだ、なにかを隠している? )
聖母たちがエリックを裏切った、その理由。
クラリッサは自身が聞き知っている情報から、魔王を倒した勇者が英雄となり、人々を聖母に代わって指導するようになることを恐れてのことだと、そう考えていた。
しかし、ヘルマンはその推論を、嘲笑った。
少なくとも、クラリッサの推論が物事の核心をついていないということがわかったのだ。
それは、クラリッサがここから、さらなる真相を導くための、聖母たちがなにを考え、なにを行って来たのかを知るための、新しいスタートラインに立てたということだった。
「フン。
少し、しゃべり過ぎたか」
少し嬉しそうな様子を見せたクラリッサをヘルマンは鼻で笑ったが、少し後悔してもいる様子だった。
「だが、まぁ、いい。
お前はこれから、反逆者どもをあぶり出すためのエサとして有効活用されるのだからな」
しかし、ヘルマンはそう思い直したように言うと、それから、ニヤリと、下品な笑みを浮かべる。
「安心しろ、クラリッサ。
かつては共に旅をしたよしみだ。
どうせ最後にはエリックともども始末する予定ではあるが、それまでの間に、兵士たちにお前を[有効活用]させるようなことは、しないでおいてやろう」
「……ゲスが」
クラリッサはヘルマンから顔をそむけると、心底不愉快そうな顔で、そう吐き捨てるように呟いていた。