・第122話:「卑怯者:3」
※作者注
本節では、ショッキングな流血のシーンがあります。
場合によっては本節を読み飛ばすなど、閲覧注意をお願いいたします。
・第122話:「卑怯者:3」
地下都市へと続く入り口が、頑強な岩に閉ざされ、エリックたちが去ったあと。
卑怯者はクラリッサに剣を突きつけたまま、教会騎士たちが追いついてくるのをじっと待っていた。
やがて、教会騎士たちが、狭くなっている谷の幅いっぱいに隊列を組み、武器をかまえながらやって来る。
その先頭に立っていたのは、ヘルマンだった。
「チッ、劣等種族どもが。
どうやら、逃げ道を隠し持っていたらしいな」
ヘルマンはまず、魔法の力で強固に封鎖された地下都市へと続く入り口の様子を目にして、不愉快そうにそう言った。
どうやら彼は今まで、残党軍を完全に追い詰め、逃げ道などないだろうと思っていたらしい。
それから、その視線をクラリッサへ、そして彼女を人質としている卑怯者のエルフへと向ける。
「おや、おや?
劣等種族のエルフが1匹に、反逆者・エリックに加担していたはずの、悪しき魔女ではないか。
いったい、こんなところでなにをしているのかな? 」
「オレは、お前たちに、聖母に降伏する!
コイツは、その手土産だ! 」
嘲笑うような笑みを浮かべたヘルマンに、卑怯者はそう言いながら、クラリッサをヘルマンたちに向かって突き飛ばした。
突き飛ばされたクラリッサはなんとか転ばないように踏みとどまることができ、ようやく剣を突きつけられた状態からは解放されたが、周囲をすべて敵に囲まれた状況では、今さら抵抗することもできなかった。
「ほぉ、これは、これは。
おい、お前たち。
魔女殿に縄をくれてやれ。
杖を取り上げておけば大丈夫だろうが、暴れられても、面倒だからな」
エリックたちを生かすために選んだこととはいえ、これから聖母たちにいいように[利用]される運命が待っていることを知っているクラリッサは悔しそうな表情を浮かべ、そのクラリッサの表情に、ヘルマンは優越感を隠さずに言う。
すると教会騎士たちが進み出てきて、クラリッサを後ろ手に縛りあげてしまった。
クラリッサが拘束され、その場にひざまずかされるのを見届けると、ヘルマンはその視線を再び、卑怯者へと向けた。
「それで、劣等種族。
お前の要求する[対価]は、なんだ? 」
「もちろん、オレの命を、守ってもらうことだ。
オレは、お前たちとの約束を守って、この野営地の場所までお前たちが後をつけてくるのを黙っていた。
なんなら、仲間にバレないように、うまくごまかしてもやった。
手土産も、用意した。
これだけやって、仲間も裏切ったんだ。
今度はお前たちが、約束を守ってくれ」
ヘルマンの問いかけに、卑怯者は顔に冷や汗を浮かべながらそう要求する。
自分の保身のために裏切ったのだが、今さらになって、本当にヘルマンたちが自分を生かしてくれるのかどうか、不安になってきたのだろう。
「なるほど、このヘルマン、確かに承りましたぞ。
必ず、貴殿には聖母様より慈悲がいただけるように、とりはからいましょう」
だが、ヘルマンは意外なほどあっさりと、その卑怯者の降伏を認め、うやうやしい態度を示して一礼して見せた。
魔物や亜人種に対する差別意識と聖母への忠誠心の塊のようなヘルマンからは、想像もつかない、意外な反応だった。
聖母から慈悲が与えられるように、とりはからう。
聖母に仕える者たちの中でもかなりの高位に位置するヘルマンからそう約束をとりつけたことで、卑怯者はようやく安心したのか、ほっとしたような顔をする。
「しかし、エルフ殿。
我らに、さらなる協力はしてもらいますぞ?
具体的には、反逆者どもがどこへ逃げたのか、なにをしようとしているのか。
知っていることはすべて、話してもらいますぞ? 」
だが、ヘルマンからそう釘を刺されると、卑怯者は表情を険しくする。
裏切ると決め、それを実行に移したとはいえ、仲間を売り払う行為はやはり、気分がよくないのだろう。
「……わかっている。
すべて、隠さずに話そう」
しかし、今さらだと思い直したのか、卑怯者はそう言ってうなずいた。
「ありがたい。
聖母様のおぼえも、きっとめでたくなりましょう。
さ、まずは、こちらへ」
そんな卑怯者に向かって、ヘルマンはにこにこと親しそうな笑みを浮かべて、うやうやしい仕草で手招きをする。
そして、その動きに誘われたように前に進んだ卑怯者が、左右にわかれて道を作った教会騎士たちの隊列に入った時だった。
クラリッサは、ヘルマンが侮蔑に満ちた嘲笑を浮かべるのを見た。
「殺せ」
そしてヘルマンは、教会騎士たちに目配せをすると、まるで「今日はいい天気ですね」と言うような気軽さで、短く命じる。
その直後、教会騎士たちは一斉に剣を抜くと、(これで自分は助かる)と思ってすっかり安心しきっていた卑怯者に向かって、四方から襲いかかった。
卑怯者は、なにが起こったのかを理解する間もなく、絶命した。
教会騎士たちの剣によって切り裂かれて、貫かれて。
鮮血が辺りに飛び散り。
肉体が、寸刻みで切り刻まれる。
卑怯者は、自分は救われたのだと安心しきった表情のまま、斬殺された。
それは、彼にとって、不幸だったのか、幸福だったのか。
少なくとも彼の魂は、自分がいつその命を失ったのか、少しも気づかなかったことだろう。
「念入りにやっておけよ?
よもや復活するなどということはあるまいが、万が一ということもあるのでな」
優越感に浸ったような表情を浮かべているヘルマンにそう言われるまでもなく、教会騎士たちは残党軍を裏切って聖母へと投降したエルフだったものに向かって、剣を振り下ろし続ける。
クラリッサは、その光景をとても見ていることができず、思わず顔をそむけていた。