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・第121話:「卑怯者:2」

・第121話:「卑怯者:2」


 自分ただ1人が、生き残るために。

 卑怯者は裏切り、エリックや、長い時間を共に暮らして来た仲間を、聖母たちに売った。

 そして今は、クラリッサを人質にし、聖母たちに投降する際の手土産にしようとしている。


 こんな奴を、絶対に、生かしておいてはならない。

 その場にいる誰もがそう考えていたが、しかし、手が出せなかった。


 卑怯者は嘲笑ちょうしょうを浮かべながら、油断なく、剣をクラリッサの喉元へと突きつけている。

 エリックたちがなにか不審な動きをすれば、すぐにクラリッサに危害を加えられる状態を、彼はエリックたちに見せつけている。


 クラリッサは、優秀な魔術師だ。

 魔術学校を若くして優秀な成績をおさめて卒業し、魔法研究者となり、そして、魔王・サウラを倒して世界を救うという使命を与えられた勇者・エリックの旅に同行して、様々な活躍を示した。


 だが、その優秀な魔術師も、呪文を唱えることができなければなにもできないのに等しい。

 多少は接近戦の心得もクラリッサにはあったが、少しでも抵抗しようとすれば即座に命を失うという状況では、どうしようもない。


 そして、クラリッサは、今のエリックたちには必要な存在だった。

 彼女の魔法で、その知識で、エリックにかけられている黒魔術を解除し、エリックとサウラとを分離して、元の2つの存在に戻す。

 残党軍は元勇者・エリックと、魔王・サウラの力を同時に手にし、聖母たちへの反抗の足がかりとする。


 その目的のためにエリックと残党軍は協力し、そして、クラリッサはその協力の目的を達成するためのカギとなる存在だった。


「本当に、強情だね、お前たちも。

 だから、衰退するんだよ。


 いさぎよく負けを認めて、さっさと、どけよ」


 卑怯者を逃がしたくないが、クラリッサを失うわけにはいかない。

 エリックたちがそう葛藤かっとうしていると、自分の要求になかなか応じようとしないことにいら立ちを覚えたのか、卑怯者はそう怒気のこもった口調で言う。

 どうやら、エリックたちのことを嘲笑ちょうしょうしつつも、同調者が1人もあらわれなかったことで、内心ではかなり焦っているようだった。


「あー、えっと、ちと、しゃべってもいいかな? 」


 誰もが身動きをとれずにいる中、そう声をあげたのは、人質にされているクラリッサ自身だった。


「正直言ってさ、あたしも、コイツのことはすっごい気に入らないし、聖母たちに引き渡されるのも嫌なんだけどさ。

 けど、生きてなんぼ、っていう部分には、賛成なんだよね、うん。


 多分さ、聖母とかヘルマンのことだからさ、あたしをまたエサにして、エリック、アンタをおびき出そうとするんだと思うんだけどさ。

 それってさ、かなり、まずい状況ではあるんだけどさ。


 だけどさ、ここでこのまま押し問答していてさ、教会騎士たちが押しよせてきて、みんなやられちゃうよりはマシかな、って。

 それにさ、このままこの入り口を塞げないとさ、本当に全滅させられちゃうかもしれないっしょ?


 それよりはさ、たとえ聖母にうまいこと使われるにしろさ、ここはこの卑怯者の願いをかなえてやってもいいと思うんだよね。


 助けて欲しいとはとっても、すっごーくそう思うんだけどさ、最悪、あたしのことなんて見捨てれば、いいわけだし?

 ここで、みんなそろってやられるよりは、ずいぶんマシなんじゃないかなーって」

「へぇ、さっすが、魔術師様じゃん?

 賢いね」


 人質にされているという状況なのでたどたどしい口調ではあったものの、なんとか自身の考えを伝えたクラリッサに、卑怯者は少し感心したように言った。

 おそらく、聖母に投降することを決めたとはいえ、彼自身は今でも人間のことを強く見下しているのだろう。

 その口調の端々に、そういった気配が見え隠れしている。


 しかし、エリックはその卑怯者ではなく、クラリッサのことを見つめていた。

 そしてその視線に気がついたクラリッサは、この状況で彼女にできるだけの笑みを浮かべて、エリックのことをまっすぐに見つめ返す。


 それは、クラリッサからエリックへと向けられた、信頼の気持ちだった。

 クラリッサは、この場を生き延びれば、エリックたちならなんとか切り抜けてくれるだろうと、そしてクラリッサを救出するための手立てをこうじてくれるだろうと、そう信じているのだ。


 クラリッサは、魔王を倒すための旅を共にした仲間の内で、今でもエリックの近くにいて支えてくれる、貴重な存在だった。

 なにより、エリックにとっては、自分が元の自分に戻れるかもしれないという、数少ない希望だった。


 そんなクラリッサを、失いたくはない。

 一時とはいえ、聖母の手に委ねることも、したくはない。

 きっと、聖母たちはクラリッサを、エリックたちをおびき出すためのエサにするため、どんなに卑劣な手段でもとるだろうから。


 それでも、クラリッサは、エリックたちに可能性を残す選択肢を選んだ。

 最悪、自分を見捨ててもかまわないから、エリックたちは生き延びて、必ず、聖母を倒せと、そうクラリッサは言っているのだ。


「……わかった。

 クラリッサの、言うとおりだ」


 やがてエリックは、真剣な表情でクラリッサを見つめながら、そう言ってうなずいていた。


「ちょっと、エリック!?

 あなた、なにを考えて……! 」


 そのエリックの言葉に驚いたセリスが声をあげたが、エリックは剣を持っていない方の手の平を彼女へと向けてその言葉をさえぎる。


「聞こえるだろう?

 背後から、教会騎士たちが迫ってきているんだ」


 そしてエリックがそう告げると、セリスも、他の残党軍の兵士たちも慌てて耳を澄ませる。


 すると、確かに、聞こえてくる。

 まだ近くはなかったが、野営地の方から、鎧がカチャカチャと鳴る音がかすかに響いて来ていた。


 教会騎士たちが、野営地の火災を超えて、迫ってきているのだ。


 そのことを理解すると、残党軍の兵士たちはたがいの顔を見合わせたのち、しぶしぶといった様子でエリックの意見に従って、裏切った卑怯者のための道を開いた。


「フン。そうするのが、賢明だな。

 オレだって、昔の仲間がやられるところは、見たくないんだ」


 卑怯者はそう言い捨てると、油断なく、クラリッサを人質にしたまま、教会騎士たちの方へ向かって歩いていく。

 エリックたちはその卑怯者を、悔しそうに、だが、なにも手出しをせずに見送ると、それからドワーフ族が大昔に作った地下都市へと続く入り口に向かった。


 そして、残された卑怯者とクラリッサの背後で、地下都市の入り口に用意されていた魔術に、アヌルスが最後の仕上げをする。

 すると、地下都市の入り口の左右から地響きと共に岩がせり出してきて、地下都市へと続く入り口を完全にふさいだ。


「……本当に、バカな奴ら」


 かつての仲間たちを裏切った卑怯者は、しかし、去って行った残党軍の兵士たちに向かって、ほんの少しだけ寂しそうにそう呟く。


 裏切り者にも、痛む心はあるようだった。


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