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・第119話:「火災」

・第119話:「火災」


 エリックたちは手はず通り、防衛線を作っていたケヴィンたちを追い越し、野営地のさらに奥で新たな防衛線を構築した。

 といっても、疲弊ひへいしたエリックたちにできることといえば、少なくなった人数で隊列を組みなおし、谷の狭さを利用して追っ手に立ちはだかるように陣形を組むことでしかなかったが。


 幸運なことに、エリックたちがその粗末な防衛線で、決死の戦闘を実施する必要はなさそうだった。

 エリックたちが防衛線を作ったことを知ってさらに後退して来たケヴィンたちの隊列の向こうで、一度は沈静化していた野営地の火災が、再び激しく燃え上がったからだ。


 それは、ケヴィンたちが自ら、野営地に火を放ったのだった。

 残党軍は敵に野営地に残された施設や物資を利用させないため、そして教会騎士たちがすぐに追撃して来られないように、燃え上がる炎によって時間を稼ごうとしたのだ。


 夜空を焦がす火災の明かりを目にしながら、エリックたちはケヴィンたちが後退を完了するのを待った。

 そしてエリックたちは、短い間ながらも確実に彼らの[家]であり、今は灰になりつつある野営地に背中を向け、歩き始めた。


 エリックたちがさらに谷の奥へと進んでいくと、谷の横幅が狭くなっていくのと同時に、段々と遺跡らしい景色へと変わって行った。


 どうやら、古代のドワーフたちはここに巨大な都市を築いていたらしい。

 谷の底には今でも隙間なくきれいに並べられた石畳の歩きやすい道が残り、左右の切り立った谷の断崖には、その岩石をくりぬいて作られた住居などの施設跡が見受けられる。

 それらは今でも手入れをすれば十分にその本来の用途で利用できそうだったが、残党軍は油断すると足を踏み外してしまいそうで、水場からも遠く不便な高所での生活を嫌ったのか、あえてその場所は利用しなかったらしい。


 そして、谷のもっとも奥の方では、ドワーフ族の地下都市へと続く入り口が、ぽっかりと開いていた。


 そこでは、セリスやクラリッサにアヌルス、そして数名の残党軍の兵士たちが、エリックたちの到着を待っていた。


「エリック。

 ずいぶん、倒して来たみたいだね? 」


 血まみれで帰って来た姿を目にして、セリスは驚いたような顔をしてエリックたちを出迎えた。


「ああ、まァな。

 その甲斐あってか、教会騎士たちはしばらく、追っては来られないはずだ。

 ケヴィン殿が野営地にまた火を放って、足止めもできたはずだから」


 エリックが少しだけ満足そうな笑みを浮かべてそう教えると、セリスはわかったとうなずき、それから、谷の外の方へと視線を向けて、少しさびしそうな表情を浮かべた。


 彼女の視線の先では、残党軍の野営地だったものが、激しく燃えている。

 火災はすっかり暗くなった夜空を赤く染めているだけでなく、多くの火の粉が舞いあげ、すでにエリックたちのいる場所にまで届かせている。


 セリスたち残党軍にとっては、苦労して築きあげた生活の場が、燃えているのだ。

 彼女たちはすでに多くの物を失ってしまっているが、今日、聖母たちによって奪われた物のリストに、新たな項目が加わったことになる。

 きっと、谷での生活や、奪われ、失い続けてきたことについて、セリスはなにかを思わずにはいられなかったのだろう。


だが、すぐにセリスは表情を引きしめ、顔をエリックへと向けなおすと、地下都市への入り口を指し示した。


「ここは私たちが守るから、エリックたちは先に中に入って。

 他の仲間たちが、手当てをしてくれるはず」

「ああ。そうさせてもらう」


 エリックはその言葉に従って、さらに奥へと進もうとした。

 実際のところ、エリックたちは激しく疲労をしており、黒魔術によってすぐに傷が治ってしまうエリック以外はみな、なんらかの傷を負っている。

 状況がひとまず落ち着いたところで、自分たちも一息つきたい気持ちだった。


 だが、エリックたちが地下都市の入り口に足を踏み入れようとした時、突然、セリスたちと共にその場の守りについていた残党軍の兵士が動きを見せた。

 以前、エリックとも行動を共にしたことのある、残党軍の偵察兵スカウトだった。


 彼は突然剣を抜くと、遺跡の入り口でアヌルスと共になにかの魔術をしかけていたクラリッサへと素早く駆けより、突然、後ろから羽交い絞めにして、クラリッサの首筋に剣を突きつけたのだ。

 そしてその偵察兵スカウトは、エリックたちに対し、まるでクラリッサを盾にするようにして立ちはだかる。


「ふへっ!?

 ……えっ、はい? 」


 突然の状況になんの抵抗もできずに背後から羽交い絞めにされ、首筋に剣を突きつけられてしまったクラリッサは、わけがわからない、というように戸惑ったような顔をしている。


「……お前、なんのつもりだ? 」


 エリックは、クラリッサをまるで人質のようにしている偵察兵スカウトを睨みつけながら、剣を抜いてかまえをとっていた。

 セリスや他の残党軍の将兵も、それぞれの武器をかまえ、その偵察兵スカウトへと向けている。


「ハハッ!

 見れば、わかるだろう? 」


 そんなエリックたちを前にしながら、クラリッサに剣を突きつけている偵察兵スカウトは、嘲笑ちょうしょうするような笑みを浮かべて見せた。


「オレは、聖母に降伏する。

 こんな戦い、もう、勝てっこないからな!


 だが、このまま手土産もなしじゃ困る。

 そうだろう?


 だから、悪いけど、この魔術師を手土産にさせてもらうよ!

 本当はエリック、お前が一番いいんだろうけど、さすがにお前を人質にするのは難しそうだからね!


 けど、この人間の女なら、簡単そうじゃないか! 」


 その偵察兵スカウトは、聖母への寝返りを実行しようとしていた。


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