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・第116話:「届かぬ剣(つるぎ):2」

・第116話:「届かぬつるぎ:2」


 勇者と、聖女。

 2人は新たな動きを見せないまま、対峙を続けていた。


 エリックはリディアに自身の剣が通じないということを嫌というほど味あわされ、手詰まりだったし、リディアはエリックを悲しげに見つめるだけで、自分から攻撃しようとはしてこない。


 だが、唐突に、その2人の戦いに決着がついた。


 エリックとリディアからそれほど離れていない場所で、悲鳴があがる。

 それは、エリックとリディアが戦っている一方で、ヘルマン神父と戦っていたラガルトのあげた悲鳴だった。


 ヘルマンの振るった剣が、ラガルトの鎧も鱗も切り裂いて、その胸を深く切り裂いていた。


「下がれ、ラガルト! 」


 ラガルトと共にヘルマンと戦っていたケヴィンが割って入り、ヘルマンがラガルトにトドメを刺すことはかろうじて防いだが、ラガルトはもう、戦闘不能だった。

 彼はまだ立ってはいたが、それが精いっぱいという様子で、もはや武器を手にしていることもできずに、よろよろと後ずさっていく。


 その身体からは、血があふれ出るように流れ出ていた。


「フン、劣等種族が!

 すぐに貴様も斬り捨てて、あのおぞましい魔物も始末してくれるわ! 」


 自身の剣を受け止めながら表情を険しくしているケヴィンに向かって、ヘルマンは嘲笑ちょうしょうを浮かべていた。


 エリックは、その光景に驚いていた。

 なぜなら、ヘルマンがこれほど強いとは、少しも思っていなかったからだ。


 いや、エリックは、ヘルマンが優れた剣士であることは知っていた。

 かつては仲間として一緒に旅をし、共に何度も死線を潜り抜けてきた相手なのだ。


 だが、ケヴィンとラガルトを同時に相手にして、優勢に戦うことができるほどだったとは、エリックは知らなかった。


 エリックはすぐに、その理由に思い至った。

 ヘルマンは勇者や聖女のような力こそ与えられてはいなかったが、聖母のしもべとして、特別な力を与えられているのだ。


 その、聖母から与えられた力が、熟練のエルフの剣士であるケヴィンと、力強いリザードマンのラガルトを圧倒したのだ。


 負傷と出血で意識を朦朧もうろうとさせながらもなんとか後退し、残党軍の将兵が慌てて開いたバリケードの内側にラガルトは後退していく。

 そして、ケヴィント1対1になったヘルマンは、一気に攻撃を強める。


「クハハハハハ!!

 エルフ!

 貴様がその無意味な生の中でつちかってきた剣技とは、この程度のものなのかア!? 」


 ヘルマンは哄笑こうしょうしながらケヴィンを攻め立て、ケヴィンは必死にその剣でヘルマンの剣を防ぎ、弾き続けたが、徐々に押されていく。

 反応速度、力強さ、技の正確さ。

 そのどれもが、ヘルマンはケヴィンよりも上であるようだった。


 そして、ヘルマンの振るった剣が、ケヴィンの身体をとらえた。

 それは致命傷ではなく、浅く入っただけの傷だったが、ケヴィンの体勢を崩すのには十分すぎる一撃だった。


 ケヴィンを、失うわけにはいかない。

 もし、残党軍にとっての精神的な支柱となっているケヴィンが倒れでもしたら、残党軍は一気に瓦解がかいしてしまうだろう。


 その後に待っているのは、殺戮さつりくだ。

 魔物や亜人種に対する根強い差別意識を持ち、徹底した絶滅主義者であるヘルマンは、魔王城でそうしたように、ここでも虐殺をくり返すだろう。


 それだけは、なんとしてでも阻止しなければならない。

 エリックは反射的に、自身と対峙しているリディアを差し置いて、ケヴィンを救うために駆け出していた。


「死ねィ、亜人種が! 」


 ヘルマンが、態勢を崩したケヴィンを討ち取るために叫び、剣を振り上げる。

 エリックはかろうじて、その剣がケヴィンの首を斬り落とす前に、ヘルマンの前に立ちはだかることができた。


 ヘルマンの、片手で振るっているとは思えない重さと鋭さを持った斬撃を、エリックは両手で剣を保持してなんとか受け止める。

 どうやらヘルマンは、勇者や聖女ほどではないにせよ聖母から強い加護を与えられており、常人には発揮できないような力を出すことができるようだった。


 ヘルマンは、ケヴィンをかばうために飛び込んできたエリックの姿に一瞬驚き、そして、いらだたしそうに横目でリディアを睨みつける。


「リディア!

 なにをしている!?

 反逆者を始末することが、お前の役割なのだぞ!? 」


 そのヘルマンの言葉に、リディアはビクンと、肩を震わせ、一瞬だが視線をそらした。

 だが、すぐに顔をあげると、感情を押し殺したような表情で、聖剣をかまえる。


 リディアが腰だめに聖剣をかまえ、その切っ先をエリックへと向けて、駆け出してくる。

 だが、エリックは、動けない。

 もしエリックがリディアの攻撃を避けるか防ごうとすれば、自由になったヘルマンがケヴィンを斬り捨てることになるだろう。


 エリックならば、運が良ければ、耐えられるかもしれない。

 リディアの聖剣がエリックの身体を貫いたとしても、エリックの身体にかけられた黒魔術によってエリックの身体は瞬時に蘇生し、死を免れることができる可能性は十分にあった。


 そうなれば、エリックの身体はより、魔王としてのものに作り変えられることになる。

 また、たとえ即死は免れたのだとしても、この場でリディアとヘルマンに[完全に死ぬまで]滅多刺しにされ続けることだって、十分にあり得る。

 胴体と首を切断させ、四肢を切り離されても蘇生できるとは、とても思えない。


 しかしエリックは、ヘルマンたちにこれ以上、誰の命も奪わせるつもりはなかった。


 エリックは、なにもあきらめてはいない。

 むしろ、反撃のチャンスが来たとさえ、思っていた。


 リディアの剣が自身の身体を貫いたその瞬間、リディアは、エリックからの攻撃を防ぐための聖剣を、失うことになる。

 エリックの身体に刺さった聖剣はすぐには引き抜くことはできず、その瞬間だけ、リディアはエリックの攻撃に対して完全に無防備な状態となるのだ。


 ヘルマンもリディアも、エリックの内側に魔王・サウラが存在していることは知っている。

 だが、エリックが黒魔術によって簡単には[死ねない]身体になっていることを、ヘルマンもリディアもまだ、気づいていないはずだ。

 だからこそ、エリックは2度までもリディアに背中から刺されても、逃げ延びることができたのだ。


 エリックは、自身が生と死の間に留まる一瞬に、自身の剣をリディアに浴びせるという決心をした。

 それが、エリックの届かぬつるぎをリディアに届かせるための、唯一の方法であると思われたからだ。


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