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・第114話:「聖母の手先:4」

・第114話:「聖母の手先:4」


 エリックは、教会騎士たちの血潮が刀身にべったりとついた剣の柄を、強く握りしめた。


 リディア。

 エリックを、2度、背後から突き刺した少女。


 ヘルマンに裏切られ、元盗賊・リーチに谷底へと蹴り落された時、エリックは、リディアのことを少しも疑っていなかった。

 むしろ、心配してさえいた。


 リディアは、エリックが勇者に選ばれたように、聖母から聖女として選ばれた存在だった。

 だから、勇者である自分が裏切られ、使い捨てにされたように、聖女であるリディアもまた聖母たちに裏切られてしまったのだろうと、そうエリックは考えていた。


 だが、それはエリックの、とんでもない勘違いだった。

 リディアは、リディアこそが、エリックを背中から剣で突き刺した、裏切りの実行犯だったのだ。


 1度だけではない。

 2度までも、リディアはエリックを背中から突き刺した。


 もし、エリックが谷底で黒魔術を施され、その身体の内側に魔王・サウラを宿していなければ、きっと、エリックは死んでいただろう。

 リディアに剣で背中から刺されたことによって、だ。


 エリックを2度突き刺した凶器である聖女の聖剣を手にしたリディアは、ヘルマンにその名を呼ばれて前へと進み出てくると、静かにエリックのことを見つめた。


 その表情は、彼女の内側にある感情を、押し殺しているかのようだった。


 記憶をたどると、何度も、見覚えのある表情だった。

 リディアはエリックと[仲間]として旅をする間、様々な表情を見せていたが、時折、こんな風に自身を押し殺すような表情を見せることがあった。


 彼女はずっと、エリックを裏切っていたのだ。

 仲間として振る舞う一方で、彼女はずっと、エリックにやがて訪れる運命を思い、内心で葛藤かっとうしながらも、結局はエリックを裏切った。

 エリックが魔王・サウラを倒し、聖母たちにとって[用済み]となるその瞬間を、彼女はずっと、エリックの近くで待っていたのだ。


 そしてリディアは、エリックを背中から、その聖女の聖剣で貫いた。


「よぉ、リディア。


 今回は、背中からじゃないんだな? 」


 エリックはリディアに向かって酷薄こくはくな笑みを浮かべ、そう皮肉を言う。


 すると、ほんの一瞬だが、リディアの表情が悲しそうに、辛そうにゆがんだ。


(へぇ、罪悪感は、あるんだ? )


 それを、リディアの良心の呵責かしゃくだととらえたエリックは、そのリディアの反応を鼻で笑い飛ばした。

 リディアが進んでエリックを裏切ったわけではないと知っても、エリックの心に刻みつけられたリディアへの憎しみ、恨みの感情には、少しの変化も起きなかったからだ。


「お前は、オレを殺さなくちゃいけないんだろう?


 いいぜ、来いよ。

 だが、もうオレは、お前に背中を見せたりしないからな? 」


 エリックは、憎しみの込められた、ひきつった笑みを浮かべながらリディアを睨みつけた。

 その瞬間、再びリディアの表情がつらそうに歪んだ。


 まるで、自分がやっていることの罪の重さを、自覚しているかのように。


(今さら、そんな顔をしたって! )


 エリックの怒りの感情は、そのリディアの表情を目にすると、さらに強く燃え上がった。


 もし、エリックを裏切ることについて迷いや罪の意識があったのなら、なぜ、彼女はエリックを背中から突き刺したのか?

 それも、1度だけではなく、2度までも。


 リディアが良心の呵責かしゃくを感じていようと、エリックに対する罪の意識を抱いていようと、エリックが彼女によって[殺された]事実は、なにも変わらない。

 リディアが、彼女のことを信じていたエリックを裏切り、聖母のためにエリックを突き刺した過去は、どうとりつくろっても、エリックにとっては許せるものではなかった。


 もしエリックが逆の立場であったのなら、エリックはリディアを救うために全力を尽くしただろうからだ。

 少なくとも、エリックはリディアを背中から刺したりはしない。

 なんとか彼女に危険を知らせ、そして、逃がそうとするだろう。

 それが、[仲間]のあるべき姿であると、エリックはそう信じていた。


 リディアは聖剣をその手にしたまま、しかし、かまえをとることもせず、エリックの前でただ、立ちつくしている。

 そんなリディアに向かって、エリックは「ハハッ! 」っと、乾いた笑みを浮かべた。


「背中からじゃないと、オレをその聖剣で貫くことはできないってことか?


 そっちが来ないっていうのなら、オレの方から、行ってやるよ! 」


 そしてそう叫ぶなり、エリックは雄叫びをあげ、剣を振り上げながらリディアへと襲いかかった。


 かつて、リディアはエリックにとっての仲間だった。

 背中をあずけることのできる、信頼のできる存在だった。


 そう、思っていたのに。


 裏切られたことへの怒りを込め、エリックが力いっぱい振り下ろした剣を、リディアは聖剣で受け止めた。


 聖母の加護を受けた聖剣は、他のどんな魔法の剣よりも強い力を持っている。

 その刀身は、同じ聖剣でなければ傷つけることはできず、その切れ味は、どんなものをどれだけ切り裂いても衰えることはない。


 そしてその力は、聖母から勇者として、あるいは聖女としての力を授けられた者が使った時、そのすべての力が発揮されることとなる。

 聖剣に与えられた加護は勇者や聖女にさらなる力を与え、聖母を除けばこの世界でもっとも強大な存在である魔王に対しても、致命傷を与えるほどの威力を発揮する。


 エリックの剣は、聖女が手にした聖剣を、まったく押すことができずにいた。

 聖女の手によってその本来の力を発揮している聖剣は、今のエリックの全身全霊の力をもってしてもまるで歯が立たない。

 リディアの腕は、エリックの腕よりもずっと細く、華奢きゃしゃに見えるのに。


 リディアはエリックの剣を受け止め、完全に抑え込みながら、じっと、エリックのことを見つめてくる。

 それは、静かで、そして、悲しげな視線だった。


「ふ……ざっ!

 けるなぁァァァァア! 」


 エリックは、吠えた。

 そして、狂ったように、剣を振るった。


 エリックに対して、そんな顔をするくらいなら、どうしてリディアは裏切ったのか。

 エリックに陰謀の存在を知らせ、助けようとしてくれなかったのか。

 その疑念が、エリックの怒りをより強いものに変えていた。


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