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・第112話:「聖母の手先:1」

・第112話:「聖母の手先:1」


 残党軍と対峙たいじし続けている教会騎士団に動きがあったのは、もう少しでバリケードが完成しようかという時だった。


 整然と組み直されていた教会騎士たちの隊列が左右に割れ、通路ができる。

 そしてその通路の左右に聖騎士たちが整列し、まるで高貴な人物を出迎えるかのように、剣を捧げ持って敬礼をした。


 エリックは、その通路を通って前に進んできた者の姿を目にして、今すぐ駆け出して行って刃を浴びせたいという衝動を覚えたが、かろうじてその場に踏みとどまった。


 それは、2人の人間。

 聖母の手先であり、エリックを裏切り、背後から剣で貫いた者たち。


 神父・ヘルマン。

 聖女・リディア。


 かつてのエリックの仲間であり、エリックに対する裏切りを実行に移した、エリックにとってもっとも復讐ふくしゅうを果たしたい相手だった。


 ヘルマンは、悠々と余裕の笑みを浮かべながら、堂々と。

 リディアは感情を押し殺しているかのような無表情で、静かに。

 教会騎士たちの間から進み出てくると、2人は少し声を張り上げれば十分に会話ができるという距離にまで近づいてきて、立ち止まった。


 しばし、無言の時間が流れる。

 武装こそしてはいるものの、攻撃にしては様子がおかしいヘルマンとリディアの姿に、残党軍は反撃してよいのか判断できず、ただ、固唾かたずをのんで見守っていたし、教会騎士たちは隊列を元に戻して、じっと次の命令を待っている。


 やがて、ヘルマンが口を開き、谷に響くような声で言った。


「魔王軍の者たちに、申し伝える!


 我が名は、ヘルマン!

 この世界の統治を神よりゆだねられし、偉大なる聖母様の忠実なるしもべである! 」


 ヘルマンが述べ始めた口上に、その声も聞きたくなかったエリックは顔をしかめ、ケヴィンは気難しそうな顔で両腕を組み、ラガルトは鼻を鳴らして嘲笑ちょうしょうした。


 先を言わなくとも、ヘルマンが前に出てきた用件は簡単に想像がついたからだ。


「これは、隠しようのない事実だから今さらとりつくろったりはしないが、貴様ら魔物や亜人種どもは、この世界に存在する価値もない、劣等な種族だ!

 それに加えて、聖母様のご威光、そしてそのご加護を受けたのにも関わらず、聖母様のご意志に歯向かい、刃を向けようとする謀反人、エリック!

 そして、そのエリックめに加担せし邪悪な魔女・クラリッサ!

 貴様らなど、一息に踏みつぶして皆殺しにし、この世界を浄化するのが、正義というものである!


 しかしながら、我らが聖母様は、実に、慈悲深いお方である!

 聖母様は、貴様ら、劣等な種族、そして卑劣ひれつな反逆者にも、生き延びる最後のチャンスを与えよと、このヘルマンめにおおせになられた! 」


 それは、降伏勧告だった。

 生かしてやるから、降伏して、武器を捨てよ。

 ヘルマンはそう、エリックや残党軍に要求するために前に出てきたのだ。


「この世界に、貴様ら劣等なる種族を生かすために聖母様が下された条件は、2つ!

 1つは、そこにいる、反逆者・エリックの身柄を差し出すこと!

 もう1つは、聖母様がかしこくも貴様らにお与えになる土地から1歩も外に出ず、つつましく暮らすことである!


 貴様ら劣等種族を生かすことなど、我慢ならんが、聖母様のご意志こそ至高!

 聖母様の忠良なるしもべであるからには、寛大かんだいな心で見逃してやろう!


 これが、貴様らに与えられた、最後のチャンスである!


 しばし、ここで返答を待つ!

 だが、長くは待ってやらんぞ!?


 さぁ、早く、返答を申し述べよ! 」


 それは、残党軍を上から目線で見下した、一方的な要求だった。


 だが、ヘルマンからすれば、それが精一杯、譲歩した態度なのだろう。

 彼は熱烈な聖母の信奉者であり、聖母を絶対視し、そして、魔物や亜人種たちに対する差別意識の下、その絶滅を信念としてきた存在なのだ。


「気をつけろ、ケヴィン殿。

 アイツらは、後ろから刺して来るぞ」


 エリックは、ヘルマンとリディアに対する怒りで震えながら、小声でケヴィンに忠告する。

 すると、ケヴィンは「わかっているさ」と言って、エリックにうなずいてみせた。


 ヘルマンは降伏の条件としてエリックの身柄を要求していたが、エリックは、そのケヴィンの一言で、彼らが自分を裏切ることはないと信じることができた。


 ケヴィンたちは、よくわかっている。

 たとえ降伏したとしても、ヘルマンたちが約束を守り、残党軍を生かすつもりなどないということを。


 なぜなら、彼らは魔王城で捕虜にした魔王軍を、戦闘員、非戦闘員の区別なく、殺戮さつりくして、その遺体は無造作に谷底へと捨てたからだ。


 たとえ残党軍が降伏しても、ヘルマンや聖母は約束を守らずに攻撃するだろうし、そうでなくとも、残党軍を不毛の大地へと追放し、そこでじわじわとなぶり殺しにすることだろう。


「降伏勧告のお答えを、申し上げる!

 自分は、この魔王軍を率いるリーダー、ケヴィンと申す! 」


 ケヴィンは1度、ぐるりと周囲を見回し、他の残党軍の人々の表情をざっと確認すると、1歩前に出て、ヘルマンに向かって言った。


「聖母の慈悲など、今さら、ばかばかしい!


 貴様ら聖母の手先が、これまで我らに行ってきたこと、また、魔王城で捕らわれた我らの同胞を、戦闘員、非戦闘員の区別なく、皆殺しにしたことを、我らが忘れたとでも思うのか!?


 貴様らの偽りなど、とうに聞き飽きた!

 小細工など労せず、さっさと、かかって来るがいい!


 貴様ら聖母の手先どもの死骸で、この谷を埋めつくしてくれようぞ! 」

「セイボヲ、タオセ!

 セイボノテサキヲ、タオセ! 」


 ケヴィンが啖呵たんかをきると、ラガルトが続いて気勢をあげた。

 すると、その言葉を支持し、賛同するように、残党軍の人々が歓声をあげ、ケヴィンの言葉に同調するようにヘルマンを口々にあおりり立てる。


 すると、ヘルマンは、獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

 そして、その腰にあった剣を引き抜いて、ヘルマンは背後に居並んでいた教会騎士たちに命じる。


「殺せ!

 聖母様に逆らう愚か者どもを、皆殺しにせよ!

 この世界を、浄化するのだ! 」


 その号令で、教会騎士たちは喚声かんせいをあげると、残党軍、そしてエリックを始末するために、一斉に押しよせてきた。


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