・第109話:「追撃:1」
・第109話:「追撃:1」
エリックたちは、炎上する野営地に向かって駆けていく。
野営地までの間にはいくつもの残党軍の防衛拠点があったが、そこを守っていた兵士たちもみな、エリックたちと同じように野営地に向かって後退を開始していた。
誰もが、野営地の人々のことが心配なのだ。
そこには老いた者や病気の者、力のない子供たちがいる。
幸い、竜たちは谷の中にまでは入って来られないようだった。
竜は強大な生き物だが、その分身体の大きさがあり、狭い谷の入り口を、翼を広げたまま突破してくることはできない様子だった。
野営地がエリックたちから直接見えるようになると、その様子がはっきりとわかる。
やはり、燃えていた。
残党軍が、少ない物資をやりくりしてどうにか築き上げてきた砦も、家も、みな、燃えている。
だが、その中で、残党軍は懸命に消火活動に取り組んでいた。
水源からバケツリレーで水を運び、あるいは魔法を使って炎を弱め、炎に巻かれた人々を救出し、野営地を守ろうと必死になっている。
残党軍のリーダー、ケヴィンが、その指揮をとっていた。
彼は自らバケツリレーに加わり、火災の拡大を食い止めようとしている。
「ケヴィン! ミナハ、ブジカ!? 」
「ラガルト! よく、戻ってきてくれた!
ああ、今のところ、けが人はいるが、死人は出ていない! 」
ラガルトに問われたケヴィンは、大きな声でそう答える。
それを聞いて、駆けつけてきた残党軍の兵士たちは少しだけ、安心したような顔をした。
少しだけ、だ。
彼らが生活の場としていた野営地は炎に包まれてしまっているし、教会騎士団による包囲攻撃を受け、逃げ道がないという事実はなにも変わらない。
「ハンスウハ、ショウカノテツダイヲ!
ノコリノハンスウハ、サイゴノボウエイセンヲツクレ! 」
そのラガルトの号令で、野営地に集合した残党軍は自然と半々にわかれて行った。
半数は消火作業に加わり、残りの半数は、野営地手前の防衛拠点の配置につき、防衛の準備を整える。
竜の登場によって、形勢は一気に変わっていた。
残党軍は火災への対処で混乱し、そして当然、教会騎士たちはその混乱を見逃さなかった。
エリックたちが最後の防衛拠点の守りについた直後、谷の入り口側から、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、教会騎士たちが攻めよせてくる。
どうやら、彼らはこの機会にすべての戦力を投入し、自らと炎との間で、エリックと残党軍を殲滅しようとしているようだった。
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野営地の手前に築かれた残党軍の最後の防衛線は、もっとも強固な作りになっていた。
木の杭を打ち込んだだけの粗末な城壁であるという点は他の拠点と変わりがないが、その根元には敵の接近を阻止するために多くの尖った枝が突き刺してあり、容易に城壁にはしごをかけたり、接近されたりしないようにされている。
唯一の出入り口は中央部分の門のところだったが、門は内側に入り込むようにして作られており、敵が門を突破しようとした場合、前と左右から集中攻撃を受けるようにされていた。
だが、教会騎士たちはその守りの固さにもまるでひるまず、我先にと突っ込んでくる。
どうやら督戦のために聖騎士たちも前に出てきており、教会騎士たちはこの機会に一気に残党軍の防衛線を突破しようとしている様子だった。
「ヒヲ、ハナテ! 」
喚声をあげ、武器を振り上げて突っ込んで来る教会騎士たちに向かって、ラガルトが振り上げた手を振り下ろす。
すると、見張り台の上にのぼった弓兵が火矢を放ち、突っ込んで来る教会騎士たちの手前の地面に突き刺さった。
その瞬間、地面が燃え上がった。
それは、残党軍が敵を迎えうつために用意していた、罠だった。
谷を横切るように溝が掘られ、そこに枯草や枯れ木を積み上げ、油をしみこませておいたものだ。
炎は勢いよく燃え広がり、突撃してくる教会騎士たちの先頭集団を包み込む。
炎で教会騎士たちの姿が見えなくなったかと思うと、直後、その炎の壁を突き破って、教会騎士たちが飛び出して来た。
火だるまだった。
炎は、教会騎士たちが身に着けていた衣装に燃え移り、火のついた教会騎士たちはなんとか火を消し止めようとゴロゴロと地面の上をのたうち回り、おぞましい悲鳴をあげる。
残党軍たちは、慈悲深かった。
彼らは長弓で苦しむ教会騎士たちにトドメを刺してやり、やがて地面にはいくつもの炎の塊ができあがった。
教会騎士たちの進撃が、停止した。
そう思ったのも束の間のことだった。
火に包まれずに済んだ教会騎士たちは、その身を守るために用いていた巨大な盾を、次々と残党軍の炎の罠の中へと投げ入れて行った。
そうして炎を乗り越えるための即席の[橋]を作ると、教会騎士たちは無理やりそこを押し通り、残党軍の最終防衛線に向かって殺到する。
残党軍は次々と矢を放ち、魔法を使える者はそれぞれの得意な魔術を浴びせて、教会騎士たちを迎えうった。
教会騎士たちは、バタバタと倒れていく。
だが、彼らは立ち止まらない。
ある者は斧や棍棒を振り上げながら門へと殺到し、別の者は城壁へと向かい、なんと、自ら尖った枝の上に覆いかぶさるようになって自身の背中を他の教会騎士のための土台とし、防衛線を突破させようとした。
残党軍は必死に戦い、多くの教会騎士を屍へと変えていく。
だが、数があまりにも違い過ぎた。
教会騎士たちは自らの死体を積み上げ、踏み越え、防衛線へと突撃を続ける。
やがて弓兵の矢は少なくなり、魔術師たちも精神を疲弊させ、守りを交代する余力のない残党軍の反撃は弱まって行った。
教会騎士たちの、狂信。
聖母を信仰する熱狂の前に、残党軍は消耗し、そして、その防衛線の内側に教会騎士たちが突入することを、とうとう許してしまった。