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・第108話:「竜」

・第108話:「竜」


 教会騎士たちを撃退したことによって意気あがり、歓声をあげていた残党軍たちは、竜の咆哮がとどろいた空を一斉に見上げる。


 切り立った断崖絶壁によって切り取られた、細長い空。

 暗くなり始めていたその空が、まるで夕暮れ時に戻ったかのように赤く染まった。


 炎竜の吐き出す、灼熱の吐息ブレス

 その威力は、エリックも、残党軍たちも、よく知っている。


 戦場で何度、竜の吐く炎によって魔王軍が焼き殺されて来たか。

 エリックは何度もその光景を目にしてきたし、残党軍は、その焼き殺される側の当事者であった。


 残党軍の中には、火傷の傷跡を持つ者が少なからず、いる。

 そしてその傷跡の原因の多くは、炎竜の炎の吐息ブレスだった。


 赤く染まった空を見上げて、炎に追われる恐怖を思い出したのか、何人かの亜人種たちが腰を抜かして震え出す。


 直接、エリックたちに炎が降り注いできたわけではなかった。

 だが、その恐怖は、それを肌で体験した者にとっては十分すぎるものだった。


 エリックたちの後方、残党軍の野営地の中心がある方向から、悲鳴があがる。

 谷の上から流し込まれるように吹き込まれた炎の吐息ブレスは、エリックたちが守っている前線を無視して、直接、本拠点に襲いかかったようだった。


 竜が吐いた炎が止んでも、空は赤くなったままだった。

 谷の上の方には、上空から野営地が発見されないよう残党軍によって擬装ぎそうが施されており、その擬装ぎそうに火が燃え移って、炎上しているのだ。


 そして、その真下にある野営地。

 そこも、炎上している様子だった。


 野営地は、そのほとんどが、木や布でできている。

 よく、燃える。

 近くには水場もあって残党軍が暮らしていくのに十分な水量があったが、野営地は火災に弱く、一度大きく火が燃え広がってしまっては、とても消火はできないだろう。


 ほどなくして、エリックたちの頭上に火の粉が舞ってきた。

 炎が燃え広がり、風に乗って、エリックたちのところにまでやって来たのだ。


「ゼンイン、ヤエイチニ、モドレ!

 ヒヲケサネバ、ミナガ、ヤケシヌ! 」


 竜の攻撃に息をのみ、広がる火災に呆然としていた残党軍の中で、そう声をあげたのはラガルトだった。


 そんなラガルトを、はっと我に返ったエリックは見上げて、警告する。


「ラガルト殿!

 それでは、ここの守りはどうするんだ!?

 消火をしようにも、教会騎士たちに攻め込まれては、どうにもならないだろう!? 」

「ワカッテイル、えりっくドノ!


 ヤエイチノテマエデ、ボウエイスル!

 センリョクヲ、シュウチュウシ、キョウコニマモリ、ヒモケシテ、ミナヲマモル! 」


 そのエリックの言葉に、ラガルトはその場にいた全員に聞こえるよう、まだ呆然としている者たちに活を入れるように大きく声を張りあげて叫んだ。


 それからラガルトは顔をエリックに向け、少し近づいて、エリックにだけ聞こえる声で、その真意を伝える。


「えりっくドノ。

 キデンノイウコトモ、モットモダ。


 ダガ、マワリヲ、ミテクレ」


 エリックが言われた通りに辺りを見回すと、そこには、教会騎士たちの返り血を浴びたまま、火災の起こっている野営地の方向をじっと見ている残党軍の姿があった。


 誰も、敵である教会騎士たちの方を向いてはいない。

 その意識は、彼らの背後で炎に巻かれているかもしれない、戦う力のない人々の方へと向けられていた。


「コレデハ、タタカエヌ」


 そのラガルトの一言で、エリックも、後退しなければならないということが理解できた。


 教会騎士たちを打ち破った残党軍の陣地は、よくできている。

 ここでしっかり守れば、少数でも何度も教会騎士たちの攻撃を跳ねのけることができるだろう。


 だが、今の残党軍の兵士たちはみな、背中を気にして、前を見ていない。

 これでは教会騎士たちがまた攻め込んできても満足に戦うことなどできないし、容易に突破されてしまうだろう。


 少なくとも、彼らが気にしている、野営地の人々の安否がわかる場所まで後退しなければならない。

 そうして守るべき人々がまだそこにいて、それを守るために戦わなければならないと知ることができれば、兵士たちはまた、戦えるようになるだろう。


「ヒケ!

 ミナ、ヒクノダ!


 ケヴィント、ホカノミナト、ゴウリュウスル! 」


 エリックが納得したようにうなずくのを確認すると、ラガルトは再び大きな声で号令を発し、自ら野営地へ向かって歩き始める。


 その行動を目にして、まだ半ば呆然としていた残党軍たちも、ぞろぞろと野営地に向かって歩き出す。

 側面から弓の猛烈な射撃を教会騎士たちに加えていた弓兵たちや、アヌルスやクラリッサも、持ち場を離れて引き返し始める。


 最初は、歩く速度で。

 だが、それはすぐに、駆け足になって行った。


 炎は、エリックたちが進んでいく先で、盛んに燃え続けていた。


 頭上には、竜の鳴く声。

 谷の断崖だんがいに切り取られた空を、いくつもの巨大な影がよぎり、その不気味な存在を誇示している。

そこには、何頭もの竜がいるようだった。


 かつて、竜はエリックにとって、心強い味方だった。

 それが、今は、エリックにとっての敵となった。


(敵になると、竜って、こんなに恐ろしい存在だったのか……)


 その強大さを、エリックは、残党軍の兵士たちのおびえようから、改めて思い知らされていた。


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