・第105話:「攻撃:1」
・第105話:「攻撃:1」
エリックがラガルトとの約束通りに戻って来た時、すでに谷の出入り口を守る門は教会騎士たちによって突破されてしまっていた。
元々、それほど頑丈な造りではなかった。
だから、教会騎士たちが振るう斧などによって、簡単に破壊されてしまったらしい。
だが、ラガルトたちはその場に踏みとどまって応戦し、持ちこたえていた。
「コイ! ニンゲンドモ! 」
ラガルトが雄叫びをあげながら巨大な丸太を振り回しており、教会騎士たちはなかなか、門の裏に積み上げられていたバリケードを突破することができないでいるのだ。
もし、無理にバリケードを乗り越えようとすれば、ラガルトの丸太で突き返されるか、兜ごと頭を叩き割られることになる。
単純な質量による打撃攻撃は、堅牢な教会騎士たちの鎧をもってしても防ぎきることはできないのだ。
「ラガルト殿! 待たせてすまない! 」
「オオ! えりっくドノカ! 」
剣を抜きながらラガルトの隣に駆けつけてきたエリックを、ラガルトは嬉しそうに迎え入れた。
「ハヤカッタデハナイカ!
モット、ユックリデモヨカッタノダゾ? 」
「オレも、アイツらには思い知らせてやりたいことがたくさんあるからな」
「フフフフ……、ナラバ、ケイキヅケニ、ウッテ、デルカ! 」
エリックがこちらの様子をバリケードの向こうからうかがっている教会騎士たちを睨みつけながら言った言葉に、ラガルトは楽しそうにそう言った。
「ツヅケ! セイボノテサキ、チマツリダ! 」
そしてラガルトは吠えると、丸太を手に、自ら教会騎士たちの中へと突っ込んでいった。
その後に、一斉に雄叫びをあげながらエリックと残党軍の将兵が続き、その逆襲を見張り台の上から射手たちが弓で援護した。
谷の入り口では、100名ほどの教会騎士たちが全体の先陣として攻めよせてきていた。
単純な数で言えば、教会騎士たちが一気に攻めよせてくれば残党軍はひとたまりもないのだが、谷という狭い地形が、一度に多数の兵士を戦わせることを不可能にしてくれているおかげで、エリックたちはまず教会騎士たちの一部を相手にするだけでよかった。
教会騎士たちは門を破壊して内部に突入し、白兵戦になることを想定していたのだろう。
半数は門などを破壊するのにも使える武器である両手斧、半数は閉所での白兵戦に強い盾と剣を持った者たちだった。
その教会騎士たちの集団に、エリックたちは突っ込んでいった。
まず、ラガルトが手に持っていた丸太を投げつけてその隊列を崩し、その間に、エリックを先頭として残党軍の将兵たちがバリケードを乗り越えて切り込んだ。
エリックはたて続けに3人、丸太の直撃を受けたり、それをかわそうとして体勢を崩したりしていた教会騎士を切り伏せる。
ケヴィンからゆずられた魔法の剣は、よく斬れた。
さすがに教会騎士たちが身に着けた鎧の上から真っ二つ、とまではいかないものの、そのすき間を狙えば、肉も骨もほとんど抵抗を感じることなく切断することができる。
そしてエリックは、自分の剣が教会騎士たちを簡単に斬り捨てるだけの威力を持っていることを知ると、さらに敵の中に突出し、1人でも多く、できるだけ多くの教会騎士を倒すために、一瞬たりとも動きを静止させずに、休まずに剣を振るい続けた。
エリックが今、斬り捨てている相手は、人間だ。
だが、エリックは少しもためらわずに、一心不乱に、容赦なく、正確に、その急所を狙って剣を振るっている。
(たとえ、人間だって!
こいつら、聖母の手先は、すべて倒す! )
教会騎士たちは聖母の手先で、聖母を心から信奉し、そして、自らを聖母に近い位置にいる特別な存在と考え、尊大に振る舞う。
エリックが勇者であったころ、彼らは戦友だった。
人類軍の中でも精鋭で、もっとも熱狂的に魔王軍と戦う、力強い味方だった。
だが、思い返してみれば、彼ら教会騎士という存在は、エリックにとって好ましいものではなかった。
彼らは戦場で、戦闘員、非戦闘員の区別なく、魔物や亜人種だからという理由だけですべての者を殺戮した。
そして動く者がなくなった後には、彼らは略奪をほしいままにし、勝ち誇って魔王軍が暮らしていた村や街を焼き払い、破壊しつくしていった。
同じ[騎士]と呼ばれていても、教会騎士たちには、エリックがデューク伯爵から教えられたように[騎士道]がまるでなかった。
彼らはただ、聖母の権威をかさに着て、傲慢に振る舞い、勝手気ままに行動する、無道な者たちだった。
そんな相手に、それが人間だからといって、今さらなにか情けをかけるような必要はない。
エリックの心の中ではすでに、教会騎士たちに対する温情の気持ちは失われていた。
他の魔王軍の残党たちも、教会騎士たちを相手に苛烈に戦っていた。
彼らは魔王軍の主力が壊滅した今でも戦うことを選んだ者たち、いや、それ以外の選択肢を持たない者たちだった。
聖母には魔物や亜人種たちを生かしておくつもりがなく、たとえ降伏しようとしても許されることは決してない。
それがわかっているから、残党軍の将兵には戦う道しか残されていない。
戦って敵を倒さなければ、彼らに生きる道はないのだ。
教会騎士たちはなんとか隊列を組みなおして反撃しようとしたが、エリックを先頭に突っ込んで来る残党軍の勢いは強く、次々と討ち取られていくしかなかった。
そして、その場にいた半数、50名ほどの教会騎士が倒れると、残った教会騎士たちは次々と背を向けて逃げ出していった。
エリックたちは逃げ散っていく教会騎士たちを追撃しなかった。
いくら有利に戦っているとはいえ、この谷から出て行ってしまえば、教会騎士たちの数に押しつぶされてしまうことはわかりきったことだったからだ。
エリックたちはみな、逃げ散っていく教会騎士たちの姿を見ながら、天に向かってそれぞれの武器をかかげながら歓声をあげていた。
こちらにも数名の死傷者が生じていたが、損害比率で言えば圧勝であり、エリックたちにとっては小さくとも勝利であった。
しかし、その感性は、すぐに途切れることになる。
なぜなら、自陣へ向かって逃げて行った教会騎士たちに向かって、その味方であるはずの教会騎士たちから次々と矢が放たれ、エリックたちの攻撃を生き残った教会騎士たちを皆殺しにしてしまったからだ。