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・第104話:「戦うために」

・第104話:「戦うために」


 エリックは準備を整えたらなるべく早く戻ってくることをラガルトたちに約束すると、谷の出入り口を離れて野営地の奥へと向かって行った。

 細長い谷の中に作られた野営地は、その細長さを防御の縦深として使い、いくつもの防衛拠点が設けられて、忙しく戦闘準備が行われているのを目にすることができる。


 谷は一方通行で、谷の出入り口から順に防衛拠点が配置され、その奥に野営地の本体が置かれている。

 隠れ潜み、少数でも防衛できるという利点があるための残党軍はこの場所を野営地として使っている様子だったが、袋小路で、逃げ道のない場所でもあった。


 備えを固める人々はみな、悲壮な様子だった。

 彼らにはここ以外に行く当てがなく、戦いに敗れれば、殺戮さつりくされるという未来が待っているからだ。


 少しでも早く、前線に戻ろう。

 エリックはラガルトと約束をしたというだけではなくそう思い、足を速めた。


 必要なのは、鎧と、食べ物だ。

 だが、実を言うとエリックには、そのどちらにもアテがなかった。


 エリックにはまともに身につけられるような鎧がなかったし、食べ物だって、野営地にいる間はエリックの監視役兼世話係だったセリスに用意してもらっていたから、どこに行けば得られるのかもわからない。

 そもそも、残党軍がエリックのために食べ物をわけてくれるかどうかわからない。


 だが、幸いなことにエリックは、野営地に入ってすぐにセリスと合流することができた。


「ちょっと、エリック?


 あなた、谷の入り口で防衛するって、言っていなかったかしら? 」


 早歩きで戻って来たエリックの姿を見つけ、自分自身の戦う身支度を整えるために装備を身につけようとしていたセリスは、少し怒ったようにエリックのことを睨みつけた。

 エリックがどうして他の兵士たちを置いて戻って来たのか、いぶかしんでいる様子だ。


「ラガルト殿に、言われたんだ。

 鎧くらい身に着けて来い、って。


 ついでに、戦いは長くなるだろうから、なにか食べて来いとも言われた」

「ああ、なるほど。

 ラガルト様らしいね」


 だがエリックが説明するとセリスはそう言って納得し、エリックに「少し待ってて」と言い置いて、自分の準備を途中にしたままどこかに去って行った。

 そしてしばらくして戻ってくると、エリックに古そうな鎧と、調理せずにその場ですぐに食べられる保存食である塩パンやチーズ、そして水を用意して持ってきてくれた。


「兄さんに言って、わけてもらった。

 鎧は古くて少しボロだけど、他に替えがないからこれで我慢して。

 食べ物も、今はこれだけしか手に入らないから、好き嫌いは受けつけない」

「十分だよ。

 ありがとう」


 エリックが素直に礼を言ってセリスから鎧と食べものを受け取ると、セリスはうなずき、忙しそうに自分の準備へと戻って行った。


 与えられた鎧は、確かに古いものだった。

 なめした革を金属で補強したもので、革は一部ですり切れたり変色していたり、金属の部分にもへこみや傷があり、金属を固定するためのびょうも緩んでいたり、抜けていたりする。

 きっと、どこかの戦場で拾ってきたような、使い古しのものなのだろう。


 しかし、悪質なものではなかった。

 鎧は胴体部をきちんと守れる程度の防御範囲があったし、手先から肩までを守るための筋金すじがねの入った籠手こてや、腰から太腿ふとももを守るための防具も備わっている。

 脇や首筋、足元などを守る部分はなかったが、その点はなんとか、エリック自身の身のこなし方でカバーする他はなさそうだった。


 身に着け方は、すぐにわかった。

 その鎧は亜人種たちのために作られたものであったらしいが、構造は人間が使うものとほとんど変わらないものだったからだ。


 エリックはその、汗臭いようなカビ臭いような臭いのする鎧を身につけると、腰にケヴィンからゆずり受けた剣をさして、武装を整えた。

 万全の防御力を持った鎧、というわけではなかったが、その分軽量で動きやすく、着心地は悪くない。


 それからエリックは、セリスが用意してくれた食べ物を食べた。

 のどに詰まらせないよう、パンは水で柔らかくしながら食べ、作り方が違うのか人間が作るものとは少し味の違うチーズをかじり、エリックは自分自身の空腹を打ち消した。


 少し、力が出てくるような感覚がする。

 エリックは精神的にも肉体的にも消耗しょうもうしていたが、戦わなければならないという状況が彼の思考から雑念を奪ってエリックに集中力を取り戻し、胃の中に食べ物を入れたことで活力も得ることができていた。


 エリックは最後に、鎧を身につけた状態で身体を動かせる範囲を確認し、確かに剣を持っているということを確認すると、ラガルトたちと再び合流するべく立ち上がった。


 野営地のある谷中に、角笛のくぐもった音が響き渡ったのは、その時だった。


 エリックにとって聞き覚えのある音だった。

 それは、教会騎士たちが攻撃を開始する際に合図として用いる角笛の音色だったからだ。


 かつて、何度も一緒に戦った、教会騎士たち。

 聖母の、手先。


 その、人類軍の中でも精鋭とされる騎士たちが、今は、エリックを殺し、魔王軍の残党たちを1人残らず殲滅せんめつするために、襲ってくる。


 エリックは角笛の音を耳にした瞬間、駆け出していた。

 1秒でも早くラガルトたちの下へ戻り、そして、1人でも多くの教会騎士を討ち取るために。


 戦って、戦って、戦って。

 その先に、聖母を討ち取り、エリック自身の復讐ふくしゅうを果たし、未来を取り戻すために。


 かつて、勇者・エリックは、全人類の未来のために、人類を救うためなのだと信じて、戦った。

しかし、その先に待っていたのは、人類を救った英雄としての栄光ではなく、聖母たちにとって都合のいいように使われ、裏切られ、捨てられる、そんなみじめな結末だった。


 エリックはなにも知らないまま、聖母たちによって[処分]されるはずだった。

 だが、エリックは命をつないで、ここにいる。


今、エリックは、復讐ふくしゅうのために、自分のために、戦っている。

 エリックを利用して裏切った聖母たちに、思い知らせるために。

 デューク伯爵を殺し、多くの人々をあざむき続け、そして、魔物や亜人種たちを傷つけてきた、そのつぐないをさせるために。


 駆けるエリックの耳にはすでに、戦いの音が響いて来ていた。


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