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・第101話:「戦う理由:4」

・第101話:「戦う理由:4」


 聖母やヘルマンに、復讐ふくしゅうを果たす。

 それこそが、今、エリックがここに立っている理由だった。


 だが、クラリッサは、それだけを生きる目的にしてはならないと、そうエリックに言った。


「エリック。

 あたしは、アンタの復讐ふくしゅうを止めたり、否定したりするつもりはないよ。

 むしろ、あたしはアンタの復讐ふくしゅうを果たさせるために、できるだけのことをするつもり。


 だけどね、エリック。

 あんたは、復讐ふくしゅうだけじゃなく、その、復讐ふくしゅうの[先]にあることも、考えなきゃいけないんだ」


 クラリッサは、エリックの復讐ふくしゅうが無意味だなどと、そんな安っぽい言葉を述べたいわけではないようだった。


 エリックは黙って、クラリッサの言葉に耳を澄ます。

 クラリッサがこうやってエリックに向かって真剣な顔を見せる時はいつでも、精一杯にエリックのことを考えてくれている時なのだ。


「聖母たちへの復讐ふくしゅうは、絶対にやるべきだよ。

 絶対に、あきらめちゃいけないことだ。

 あいつらがエリックにしたことは、とても、許していいことじゃない。


 デューク伯爵は、尊敬できる人だった。

 あんな死に方をしていいような人ではなかった。

 そんなデューク伯爵を死なせたというだけでも、復讐ふくしゅうをする理由には十分だよ。

 あんたは、実の父親を奪われたんだ!


 けど、エリック。

 もしあんたがその復讐ふくしゅうだけを考えて、復讐ふくしゅうだけを見ていたら、きっと、復讐ふくしゅうを果たしてもなにも報われない。


 あんたはきっと、復讐ふくしゅうを果たせたとしても、真っ白に燃え尽きた灰のようになって、それで、その心は砕け散ってしまう。

 あんたは、生き残ったとしても、もう、生きていないのと同じようになってしまう」


 クラリッサはそこまで言うと、1度言葉を区切った。

 そして、その言葉に力をこめて、エリックにその思いを伝えようとする。


「そんなのはきっと、デューク伯爵は望んじゃいない。


 だからあんたは、復讐ふくしゅうの、その[先]に、自分がなにをしたいのか、どう生きたいのかを、考えなきゃいけないんだ。

 それが、とても難しいことであったとしても」


 その言葉は、エリックの心の奥深くへと届いた。


 幸せになることを、決して、あきらめてはいけない。

 デューク伯爵は死の間際、エリックにそう言ったのだ。


 エリックは、復讐ふくしゅうのために生きている。

 自身を裏切り、抹殺まっさつしようとした聖母たちにそのつぐないをさせるために、地獄のような谷底をはい出して、あらゆる手段をつくして生き延びたのだ。


 だが、今のままではきっと、エリックはその復讐ふくしゅうを果たした瞬間、その生きる意味を見失ってしまう。

 あとに残るのは、抜け殻のようになって、生きながらに死んでいる、そんな報われない結末だけだ。


 それがわかっていたからこそ、そして、自身の死によって、エリックがより復讐ふくしゅうにとりつかれることもわかっていたからこそ、デューク伯爵はエリックに向かって、あきらめるなと言ったのだ。


 エリックには、デューク伯爵が心の底からエリックのことを考えてくれているのだということがわかっていた。

 そしてクラリッサも、エリックのことを本気で考えてくれている。


 クラリッサは、デューク伯爵の最後の言葉など知らないはずだ。

 それなのに、こうやってデューク伯爵の心情を正確に推察し、そして、デューク伯爵と同じ意味の言葉をエリックに言っているのだ。


 それがわかっているのに、エリックは、クラリッサの言葉を受け入れられずに、乾いたような笑みを浮かべていた。

 そして、その瞳から、一筋の涙がこぼれて、頬を伝って行く。


「ありがとう、クラリッサ。

 本当に、ありがとう。


 でも、ごめん。

 それは、無理だよ。


 無理なんだ」


 エリックは声を震わせながら言う。


「今のオレには、復讐ふくしゅうしか、それしかないんだ。


 聖母やヘルマンに、思い知らせてやる。

 そのために、オレは、どんなことをしてでも生き残った。


 オレは、復讐ふくしゅうをするために、そのために[死ななかった]んだ!


 今、オレはここにいて、生きている。

 けれどそれは、復讐ふくしゅうするためで、オレの命は、復讐ふくしゅうのためだけにつないだものなんだ。


 だから、クラリッサ。

 今のオレには、[先]のことなんて、考えられないよ。


 聖母たちに、復讐ふくしゅうをする。

 それまでは、オレは、前にも後ろにも、どこにも行けやしないんだ! 」


 エリックは、声をあげて、泣きじゃくりたかった。

 この状況から逃げ出して、なりふりかまわずに誰かに助けを求め、なにもかも放り出してしまいたかった。


 だが、それはできなかった。

 そんなことをしても、なにも変わらないからだ。


 聖母もヘルマンも、その本性を隠し続け、人々から信仰をされたまま存在し続ける。

 無力なエリックのことを嘲笑あざわらいながら。

 自身に不都合となった者たちの存在を、ムシケラのように踏みにじりながら。

 なにも変わらずに、聖母たちはきっと、この世界の主のように、神のように振る舞い続けるだろう。


 そんなことは、エリックには許せない。

 だから、復讐ふくしゅうを果たし、聖母たちの支配を終わらせるまでは、立ち止まれない。


 それ以外のことなど、なにも、考えられない。


「エリック……」


 乾いた笑みを浮かべ、一筋だけ涙をこぼしたエリックに近づくと、クラリッサは少し背伸びをして、エリックの金髪をその手で優しくなでた。


「わかってる。

 あんたがやるべき復讐ふくしゅうに、あたしも、最後までつき合ってあげる。


 けれど、決して、ここであたしが言ったことは、忘れないで」


 エリックはなにも言えないまま、ただ、わかった、とうなずくことしかできなかった。


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