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・第100話:「戦う理由:3」

・第100話:「戦う理由:3」


 ヒュン、と鋭く空気を切り裂く音が響く。

 森の木々を敵に見立てて、エリックはその中を剣で斬り抜ける想定のトレーニングを、何度もくりかえしていた。


 剣はエリックにとって使い慣れた武器だったが、ものによってその長さや重さ、つかを握った感触は異なっている。

 もしその剣を最大限に使いこなそうとすれば、エリックはその剣の特徴を自身の身体に叩きこみ、慣らし、無意識でも的確に振るうことができるようにならなければならなかった。


 だからエリックは、時間も忘れて、剣を振るい続けた。


 それは同時に、エリックにとって、気の休まる時間でもあった。

 自分は、聖母たちへの復讐ふくしゅうを果たすために、前に進み続けている。

 そんな意識がエリックの心をわずかながらに安らがせ、そして、一心不乱に剣を振るっている間は、エリックはデューク伯爵の死や、捕らわれてしまったエミリアや故郷のなつかしい人々のことを考え素に済むのだ。


 だが、さすがにエリックも限界を迎えつつあった。

 激しく身体を動かし続けてただでさえ疲労していた身体を酷使しているのだ。

 エリックの呼吸は荒くなり、手の握力はなくなって剣をまともに握っていることが難しくなり、足も悲鳴をあげているように震え出す。


(もう1度……、もう1度、だ! )


 だが、エリックは鍛錬をやめるつもりはなかった。

 そうして、復讐ふくしゅうのために、聖母やヘルマンを滅ぼすために、前に進んでいるということを実感していられなければ、エリックの心はまた、耐えがたい苦痛によって支配されてしまうだろうからだ。


「はい、そこまでにしときな」


 だが、そんなエリックを止めたのは、クラリッサの声だった。


 エリックがすぐ近くで聞こえたクラリッサの声に驚きながら振り向くと、そこには、呆れと怒りの入り混じった表情を浮かべたクラリッサが、両手を自身の腰に当てながら仁王立におうだちちしていた。


「まったく!

 あたしが近くに来るまで少しも気づかないなんて!


 そんな集中力のない状態で無理やり鍛錬したって、意味ないでしょーが! 」


 クラリッサはエリックに向かってぶしつけに人差し指を突きつけると、そうお説教をするように言う。


「どうして、ここにクラリッサが? 」

「アンタを探してたんだよ、エリック!

 ベッドにいないし、まだこの野営地の構造がわかんなかったから、もう、あちこち探しちゃったよ!

 ほら、見なさいよ! 」


 エリックが荒い呼吸をしながらけげんそうにたずねると、クラリッサはエリックへと向けていた人差し指を空の方へと向けた。


「赤いでしょう?

 もう、夕方なの!

 あんたのことだからどうせ、昼間からずっと、ここで鍛錬していたんでしょう!? 」


 クラリッサに誘導されて空を見上げたエリックは、いつの間にかかなりの時間が過ぎ去っていたことに気づいて、きょとんとしてしまう。


「気持ちは、わかるけどさ。

 けど、アンタが無茶をし過ぎて、自分をすり減らしていったら、デューク伯爵はきっと、悲しむだろうよ」


 そんなエリックの様子を見て、彼がどうして時間も忘れてここで鍛錬していたのかを察したクラリッサは、声のトーンを落として、少し優しい口調になってそう言った。


「……ああ、気をつけるよ」


 エリックはクラリッサが心から自分のことを心配してくれているのだということがわかるから、そう言ってうなずいてみせた。


 だが、エリックの本心としては、鍛錬をやめるつもりにはなれていない。

 聖母たちへの復讐ふくしゅう心が、休んでなどいられないという焦燥感が、エリックを急き立てているのだ。


 クラリッサとは、長いつき合いだ。

 きっと、エリックのそんな心の奥底も、お見通しだろう。


「それで、クラリッサ。

 どうして、オレのことを探していたんだ?


 オレとサウラを分離する方法が、なにか見つかったのか? 」


 これ以上クラリッサに怒られたくなかったエリックは、若干の期待と共に、そう言って話題を切り替えた。

 エリックが話題を変えようとしていることもわかっているのか、クラリッサはやや呆れたような顔でため息をつくと、「残念。そっちの進展は、あんまりね」と言って、小さく首を左右に振った。


「でもね、アンタに1つ、言っておきたいことがあったんだ。

 今のアンタの姿を見てたら、ますます、言っておかなきゃって思うことがあるんだ」


 それからクラリッサは、エリックのことをまっすぐに見つめた。


「ねぇ、エリック。

 私はあんたに、聖母を倒せって、言ったよね?


 あの、がけの下で」


 エリックは無言のままうなずいて、クラリッサの言葉を肯定する。


 それは、デューク伯爵を失い、錯乱さくらんするエリックに冷静さを取り戻すためにクラリッサが言った言葉だった。

 その言葉でエリックは、聖母やヘルマンを倒さなければならないのだということを思い出し、ようやく、デューク伯爵の遺体いたいの側から離れることができたのだ。


「あれね、訂正するわ。


 聖母も、ヘルマンも、絶対に倒さなきゃいけない。

 けどね、エリック。

 あんたは、それだけを戦う理由にしちゃ、いけないんだ」


 デューク伯爵の死を思い出してまた暗い表情見せるエリックに、クラリッサはどうしても伝えておかなければならないことがあるようだった。


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