第94話 武田の修行②
「確かに一部の生徒には苦手意識を持たれているかもしれないわね。特に高坂さんなんかは、あなたの顔を見るだけでビクビクするレベルだし」
「ガーン!」
「リアルでガーンっていう人初めて見たわ……」
「私って駄目ね。教師なんて向いてなかったのかもしれない……」
「そ、そんなことないわよ!」
露骨に落ち込む武田の背中を、慌てて撫でて慰める。
「あなたのことを慕っている子だっているわ! 明智さんとか丹羽さんとか」
「明智さんはともかく、丹羽さんは完全に私のことを舐めてるでしょう。タメ口だし」
「いいえ。あの子はあなたのことが大好きなはずよ。タメ口は親愛の証よ」
「どうしてわかるの?」
「この前、丹羽さんと話した時に言ってたのよ。『武田っちは私のことを叱ってばかりだけど、そこに愛を感じるよん!』ってね」
「ううっ、丹羽さん……これからももっと叱ってあげますからね!」
レイナからの気持ちを受け取り、武田は涙を流す。先程までとは違う感情による涙だ。
そして彼女はおもむろに鞄から何かを取り出し、それを強く抱きしめる。
「丹羽さん……丹羽さ〜ん!」
「それは何?」
「丹羽さんのマスコットよ。色々な人達に配ってたから、私ももらったの」
ユリのお見舞いの品として作られたレイナ人形が、いつの間にか量産されて学校中に広まっていたのだ。素材の質も微妙にグレードアップしており、匠のこだわりを感じられる。中にはスピーカーが埋め込んであり、夜中に喋りだす物もあるようだ。
「あら、可愛い。私も欲しいわ〜!」
「これは私のだからあげないわよ!」
素早い動きで人形を背中に隠す。その姿はまるで外敵から卵を守る親鳥のようだ。
「すごい執着心ね……人形を愛でるのは自由だけど、本物の丹羽さんに手を出したりしないでね」
「教師として、絶対に生徒に手を出したりしないわよ! それに私にはトモミがいるし」
「それって、私には手を出すってこと?」
織田は両手をクロスして自分の身体を隠す。少し引いたような視線で武田のことを見つめている。
「今のは言葉の綾よ! トモミにも手を出したりしないわ!」
「そ、そうよね!」
「丹羽さんが私のことを慕ってくれるのはわかったけど、あの子しょっちゅう授業中に居眠りするのよね」
「え? 私の授業では一度も寝たことないけど」
「そうなの? どうして私の授業だけ……」
「う〜んとね……」
「原因がわかるの?」
「まあ、わかるといったらわかるんだけど、これを言っても良いのかどうか……」
「はっきり言ってちょうだい!」
「わかったわ!」
意を決した織田は、人差し指をビシッと突きつけて宣言した。
「あなたの授業が面白くないからだと思うの!」
「やっぱりね……薄々気づいてはいたけど、友達に面と向かって言われると心に来るわね……」
「あなたの授業はちゃんと聞いていればとってもわかりやすいんだけど、年頃の高校生からするとどうしても眠くなっちゃうのよね。特に丹羽さんなんかは、天才気質だから授業を受けなくてもテストの点数が取れちゃうでしょ? だから授業自体に面白みが無いと寝ちゃうのよ」
「やっぱり私は駄目教師なのね。つまらない授業しかできないのだから……」
「そんなに気を落とさないで! 私だって教師になりたての頃はつまらない授業しかできなくて、生徒達を寝かせてしまっていたわ。それでも諦めずに面白い授業のやり方を研究して、今の私になったのよ」
「あなたも苦労してきたのね」
「最初から完璧な人間なんていないわ。努力を重ねて少しずつステップアップしていけば良いのよ」
「トモミはどうやって今の授業スタイルを編み出したの? 参考にしたいわ」
「有名な予備校講師の授業動画とかを見てみると良いわよ。人気講師のやり方を真似れば、自分自身も人気者になれるわよ」
「『いつやるの? 今でしょ!』みたいな感じ?」
「そうそう、そんな感じよ!」
「良い情報をありがとう! あと、もう一つ相談したいことがあるんだけど」
「いくらでも付き合ってあげるわよ!」
織田は任せなさいと言わんばっかりに、自分の胸を拳で叩く。圧倒的な包容力が滲み出ている。このような所が彼女が生徒達から愛される所以だ。
「自分でもわかってるんだけど、私って怯えられてるわよね。高坂さんや内藤さんの目が完全に鬼を見る目なの」
「カオリは生活指導担当だから生徒達を怒る機会が多いでしょ? だから怖い人だと思われているのよ」
「でもそれは仕方のないことなのよ。生徒達が間違ったことをしたら正してあげるのが教師だから」
「それに関しては私も同感よ。怒る時にはしっかり怒ることは大切」
「でしょ?」
「でもね、あなたは生活指導の時以外も怖いオーラを放っているの」
「え? そんなことないわよ!」
「自分じゃ気づいていないかもしれないけどね、仕事中のあなたは目がかなりつり上がっているわよ」
「それは緊張のせいよ。授業を上手くできるか不安で不安で仕方がないの。私がプレッシャーに弱いの、トモミだって知ってるでしょ?」
「私はあなたのことをよく知っているから良いけれど、生徒達からしてみれば常に怒っている怖い先生にしか見えないわ」
「なるほど……私はどうすれば良いの?」
「スマイルよ、スマイル! 常に笑っていることを心がければ生徒達の方から寄ってきてくれるわ」
武田はポケットからメモ帳を取り出し、今日間なんだことを手早くメモする。彼女は他の誰よりも勉強家なのだ。
「今日はありがとう。あなたのお陰で私の教師生活がガラリと変わるわ!」
「あれ? もう帰っちゃうの?」
「早速家に帰って予備校講師の動画視聴と、笑顔の練習をしないと!」
「そういう真面目なのがカオリの良い所ね。それじゃあ、また明日学校で」
家を飛び出す武田の後ろ姿を、織田は手を振って見送った。




