第60話 チカのGW編⑤ 自然を駆け抜けろ
「どこに行きましょうか?」
「気の向くままに走るだけだよ! ついて来て!」
「あっ、待ってくださーい!」
勢いよく走り出すマイの後ろをチカは慌てて追いかける。
二人は道路の真ん中を風を切るように全力疾走する。車通りの少ない田舎だからこそできることだ。
しばらく走り続け舗装されていない砂利道に差し掛かった。これもまた都会ではなかなかお目にかかれない田舎ならではの物だ。
「あの山のてっぺんまで競走だ!」
「はい!」
マイは目の前の山を指さした。山といっても標高百メートルくらいの緩やかな物で、走れば数分で頂上に到達する。
「今まで何度も競走してきたけど、ほとんど私が勝ってたよね。何回か負けたこともあるけど、その時は私が転んだりして不調だったのが原因だったね」
「今回は私が勝ちますよ! 軽音部って意外と体力鍛えられるんです!」
「じゃあ修行の成果を見せてもらうよ!」
マイはどんどんスピードを上げていく。山の近くで生まれ山に囲まれて育った彼女は、まるで自分の家の庭を走るようにすいすいと山道を登る。
「やっぱりマイちゃんは速いですね。でも私だって負けませんよ!」
チカはペースを上げて必死で食らいつく。マイとの差をどんどんとつめていき、遂に横に並んだ。
「やるじゃん! ラストスパートいくよ!」
山の頂上が見えてきた。二人は己の持てる全ての力を足に結集させる。互いに一歩も譲らずに全力で前へと進んでいく。
タッチの差で頂上にたどり着き、勝負を制したのはマイだった。
「やったー! 勝ったー!」
「負けてしまいました……マイちゃんには敵いませんね」
チカは肩を上下に動かしながら、乱れた呼吸を整える。
「チカもすごかったよ! 昔は大差をつけて楽々勝ててたけど、今回は危なかったな。ちゃんと成長してるんだね!」
「そうですか? ありがとうございます!」
「チカに抜かれないように、もっと私も頑張らないとね!」
マイは自分の右手を差し出し、チカはそれを強く握った。
「それじゃあ山を下りようか。今度はゆっくり歩いて景色を楽しみながら行こう!」
二人はゆっくりと足を動かし、下山を始めた。
「山の上から見る景色は綺麗ですよね〜」
「どこもかしこも木しか無いけどね」
「それが良いんですよ。関東は大きな建物がびっしり並んでて、こうして風景を楽しむことはなかなかありませんから。だから私、こっちに戻ってこれて嬉しいです!」
「私からしてみれば都会で暮らしてるチカを羨ましく感じるよ。ここの子供達は山で走り回ったり自然の中で遊ぶくらいしかやることが無いけど、都会の子達はカラオケに行ったり映画に行ったり色々な娯楽を楽しんでるんでしょ?」
マイは生まれてから現在までのほとんどをこの田舎で過ごしている。年に何回か家族旅行に行くことがあるが、両親が都会嫌いなため静かな温泉地などにしか行くことができない。そのため彼女は都会に大きな憧れを抱いているのだ。
「あ! そういえば私、引っ越してからカラオケも映画も行ってません」
「都会に住んでるのに都会らしいことしてないの? もったいない!」
高校生になってからチカは、基本的に休日は一日中眠るか部活をするかの二択で、娯楽に時間を費やしたことがないのだ。
「今度、友達と一緒に都会を探検しようと思います。そして都会をマスターしたらマイちゃんを案内してあげます。いつか一緒に関東を制覇しましょうね!」
「楽しみにしてるね!」
「ピー! ピー!」
「何の音でしょうか?」
木に囲まれた道を歩いている二人の耳に、何やら甲高い音が聞こえてきた。
「見て! あの木の上に鳥がいるよ!」
「鮮やかで綺麗な色の鳥ですね! あれは何ていう名前の鳥なんですか?」
「知らない」
「小さい頃から毎日のように山で遊んでたんですよね? わからないんですか?」
「毎日、見ててもわかんない物はわかんないの! 鳥なんてたくさん種類があるんだから一つ一つなんて覚えられないよ!」
「確かにそうですね!」
チカもマイも勉強ができないという点は非常に似通っている。
「せっかくなので写真を撮っておきましょう。次に学校に行く時、友達に見せてあげるんです!」
チカは携帯電話のカメラを起動し、野鳥の姿を写真に収めた。
「あ、見て見て! あそこに池があるよ!」
「汚れひとつない綺麗な池ですね!」
「泳いで遊ぼうか!」
そう言うやいなや、マイは池に飛び込もうと全力疾走を始めた。
「待ってください!」
「ん?」
チカに呼び止められて、マイはピタリとその足を止めた。
「服を濡らして帰ったらお婆ちゃんに怒られますよ! 風邪も引きますし」
「そっか〜。じゃあこうしよう!」
「何をしているんですか!?」
「何って、服を脱いでるんだよ。服を脱いで飛び込めば服を濡らす心配は無いからね」
上半身裸になったマイは服を木の枝に吊るし、次はズボンに手をかける。
「早く服を着てください! 誰か来たらどうするんですか!」
「何恥ずかしがってんの? チカだって昔、全裸で池や川で遊んでたでしょ?」
「もう高校生ですよ!」
「全くチカったら、都会に染まっちゃったの?」
「田舎も都会も関係なく、女子高生が全裸で水泳はアウトです!」
「ちぇっ、つまんねーの」
マイは不貞腐れながら木の枝に吊るされた衣服を回収し、身につけた。




