第49話 お泊り会編➈ 人工の露天風呂
「とまあ、こんな感じですかね」
武田は自分の過去を一通り話し終えた。その間、三人は熱心に彼女を聞いていた。
「ぐすん……ううっ……」
「滝川さん!? どうして急に泣き始めるんですか!?」
「すみません……感動してしまって……」
ユリの顔は汗と涙と鼻水が混ざり合いテカテカと輝いている。
「武田っちは織田っちのことが本当に大好きなんだねぇ」
「今日話した事はトモミには内緖にしてくださいよ! こんなこと聞かれたら恥ずかしいですから」
「ん〜、どうしようかな〜」
「丹羽さん!」
「わかってるって、なるべく口を滑らさないよう努力するよん」
「なるべくじゃ駄目です! 絶対です!」
「おっけー、おっけー! そういえばさ、武田っちと織田っちは高校を卒業した後はどうなったの?」
「私は数学教師になるため、トモミは国語教師になるために一緒に早稲田大学教育学部に入りましたよ」
「わ、早稲田!? 二人ともすごい高学歴ですね! 憧れちゃいます!」
ユリはキラキラした羨望の眼差しで武田を見つめる。
「トモミは簡単に受かったのですが、私は本当にギリギリのラインだったんですよ。後、一点でも落としてたら不合格でした。だから全然すごくないです」
「いえいえ、早稲田に入れてるだけすごいです。選ばれしエリートですよ! 大学生活はどんな感じだったんですか?」
「私達は大学の近くに部屋を借りて、四年間一緒に生活してましたね。まあ、その話はまた今度で」
「それって同棲!? まるで夫婦みたいじゃないですか〜」
目をつぶって何かを妄想しているユリを、リョウコはにやつきながらじっと見つめている。
「今、チカとの同棲生活を思い浮かべてたでしょ?」
「そ、そんなことないわよ!」
「本当に〜?」
「ユリの考えてることはバレバレだよん」
「うるさいわね! リョウコもレイナもみーんなおバカよ!」
「うふふっ……」
そんな三人の様子を見て武田は笑いをこらえきれずに吹き出してしまった。
「今ここにはいない明智さんも含めて、皆さんは本当に仲が良いですね。高校時代にできた親友は大人になっても関係が続いていくものですよ、私とトモミのようにね。あなた達もお互いを大切にして、最高の高校生活を送ってくださいね!」
「はい!」
三人は声を合わせて元気よく返事した。
「ついつい長話をしてしまいましたね。暑くてクラクラしてきたのでそろそろ出ましょう」
武田がサウナを出ると三人もその後を追った。
「確か、サウナの後は水風呂に……」
「どーん!」
「きゃぁぁ!?」
武田は背中を押されてバランスを崩し、真っ逆さまに水風呂にダイブした。
「私も行くよん!」
武田に続いてレイナが水泳選手のごとく水風呂に飛び込む。着水と同時に水しぶきが派手にあがった。
そんな二人に遅れて、ユリとリョウコはゆっくりと水風呂に足を踏み入れる。
「勢いよく飛び込むと気持ち良いね、武田っち!」
「にーわーさーんー!!」
武田はメデューサのような禍々しい目つきでレイナを睨みつけている。
「あれ? 怒ってる?」
「ええ、怒ってますとも! それも激しく!」
「ひぃぃ……」
「人のことを突き落としたら駄目でしょ! 下手したら怪我するかもしれないんですよ!」
「武田っちが喜ぶかと思って……」
「こんなことして喜ぶ訳がないでしょう! あなたには一般常識というものが無いんですか? 軽い気持ちでした行動が大惨事を招くことだってあるんです。もっと想像力を働かせて……」
「昔は気の弱い女の子だったのに、どうしてこんなガミガミ女になっちゃったの? 今まで締めつけられてきた反動?」
「反動じゃありません! 私だって普段からこんなに怒ってる訳じゃありませんから、本来はもっと穏やかな教師なんですよ。あなたが私を怒らせるようなことをするのがいけないんです。私をここまで怒らせるような問題児はあなたが初めてですよ。だいたいあなた、私のことガミガミ女だと思ってたんですか!?」
「あ、そろそろ一分だ。寒くなってきたし出ないと」
「こら! まだ話は終わってません。逃げるなー!」
扉の方に向かって逃げて行くレイナを武田は走って追いかけている。
「先生、銭湯で走るのはやめておいた方が……」
ユリが忠告するも時すでに遅し。武田は足を滑らせて派手に転んでしまった。
「あー! いったーい! 死にます、天に召されます!」
「先生ー! しっかりー!」
ユリはもがき苦しむ武田の肩を掴み激しく揺らす。
「先生、僕達の肩を使ってください!」
「あ、ありがとうございます……」
武田はユリとリョウコの肩を借りて立ち上がると、今度はゆっくりと扉の方へ足を進めた。
扉を開けて先に進むと、そこには露天風呂があった。限られた敷地内に設置されたものであるため、さほど大きくはない。だが四人で足を伸ばして入るには申し分ない広さだ。
「やっほー! 武田っち、大丈夫ー?」
先に露天風呂に入っていたレイナが笑顔で武田に手を振った。
「あなたのせいで全然大丈夫じゃないです。まだまだ言いたいことがあったはずですが、痛みで全部忘れてしまったので今回はこれくらいにしておいてあげましょう」
「うんうん、それが良い! 皆も露天風呂においで、すっごく気持ち良いよん!」
レイナに手招きされ、三人は浴槽に足を入れるとそのままゆっくりと腰を下ろした。
「はぁ〜、気持ちいいわ〜。これは天然温泉かしら?」
「いや、人工温泉だよん」
「そうなの!? 本物の温泉と見分けつかないわね……」
天然温泉と人工温泉の違いは、「地中からわき出ているかどうか」と「温泉成分が元から含まれているかどうか」だ。入浴剤や鉱石などを使って、温泉成分を人工的に入れて薬効を得ているものは、人工温泉となる。
この銭湯の人工温泉は天然温泉に限りなく近い成分で構成されており、疲労回復、神経痛、筋肉痛、肩こり、腰痛、ストレス解消、便秘、神経まひ、リウマチ性疾患、健康増進、美肌効果など様々な効能が期待できる。
「溜まった疲れに効きますねぇ〜」
「武田っち、ゴールデンウィークだけどちゃんと休めてないの?」
「運動部の顧問をやっているとゴールデンウィークも出勤しないといけないんですよ。給料もほとんど出ないのに休日を潰さなきゃいけないなんて、本当に辛いですよ」
「運動部の顧問やってるなんて意外だね! 何部の顧問なの?」
「テニス部です。私、テニスなんてやったことないのに若手だからっていう理由で押しつけられてしまって」
「教師の仕事も大変なんだねぇ。私で良かったら愚痴を聞いてあげよっか?」
「いえ、生徒に愚痴などを言う訳には……」
「ネガティブな気持ちを溜め込むと良くないよ。人に話せば多少は楽になるかもよ?」
「そうですね、それなら徹底的に付き合ってもらいましょう!」
「レイナちゃんが全部受け止めてあげよう!」
レイナは握り拳で自分の胸を叩いた。そして、武田は日頃の愚痴を話し始めた。
人を水風呂に突き落とすのは危険です。決して真似しないでください。




