【16】悪霊令嬢、連絡する
生徒や保護者が学園に連絡する際の番号は生徒手帳に記載されてある。
基本貴族しか通わない学園なので高級品であるマジカルフォンが各家庭に存在しているのが前提なのだ。
学校に連絡するなんて十数年ぶりだ。悪いことをしているわけではないがドキドキする。
いや無断早退は悪いことか。しかし悪霊令嬢を怒鳴りつける度胸のある教師など思いつかない。
私は学園の職員室に繋がる番号を指で押すとマジカルフォンを耳に当てる。
やたら流麗なハープの音色が前世で聞き慣れた呼び出し音を奏でていた。
二分程待つとやや横柄な口調で中年男性が学園名を名乗る。
取り合えずこちらもクラスとフルネームを名乗り返した。電話口で絶句された。
三分待っても無言なので、こちらから呼びかける。しかし応答なし。遠くで何か騒いでいる声は聞こえる。
対応を押し付けあっている雰囲気は遠く離れていても感じる。
なんで本人がみたいな台詞が聞こえてきたので、恐らく私と会話をしたくないのだろう。
まるで菌扱いだ。もしくはクレーマー扱いか。
闇魔法の使い手であるリコリスを恐れているのは生徒も教師も同じか。私は溜息を吐いた。
すると電話口の向こうで小さく悲鳴が聞こえる。
「もしもし……?」
呼びかけて見るが返答はない。荒い呼吸は聞こえるので誰かは近くにいる筈だ。
もう一度呼びかける。返答はない。流石に苛立ってくる。私は悪霊令嬢モードを解放した。
「……誰も私と話したくないというのなら、話す必要が無いようにして差し上げましょうかぁ?」
「すっ、すみません遅くなりました!ロイ・クローナです!」
予想以上の大声に私は思わずマジカルフォンから耳を離す。
確かに少しだけ脅す意図はあったが怯え過ぎだろう。まるで悲鳴のようだった。
しかし今の声とそして名前には覚えがある。
「ロ、じゃなくてクローナ先生……?」
「はっ、はいそうです!貴女の担任をさせて貰っています!」
リコリスが相手とは言え生徒に対してこのへりくだった発言。
そうだ、彼は花スクの攻略対象の一人。魔法薬学教師の先生だ。
年齢は二十歳。教師の年齢としても若いが、年齢以上に外見が幼い。
プロフィールの身長は確か厚底靴込みで百六十センチ。
銀色のサラサラとした髪に、サイズの合わないぶかぶかのローブ。属性は木だったか。
プレイヤー間の通称は「ロイきゅん先生」もしくは「合法ショタ」だった。
ヒロインなどは最初彼を中等部の新入生と間違えて接していた程だ。
性格は博識で語りたがりだが気弱で怖がり。何かあるとすぐ悲鳴を上げて涙ぐむ。
可愛いとは思うが、外見が幼過ぎて攻略対象としてそこまで好みではなかった。
ゲーム内ではヒロインが二学年に上がった時に担任になるが、彼女は現状まだ一年生。
今はリコリスのクラス担任になっているという訳だ。多分他の教師から押し付けられたのだろう。
ルシウスしか眼中にないリコリスにとって彼は有象無象の一人。好きでもなければ嫌いでもない。
なので特に嫌がらせをしたり反抗した覚えもないのだが。
「……今回の件は、本当に担任として申し訳なく……どうか僕の命だけで、ヒック、許してください……」
「別に誰の命も奪いませんけど?」
呆れつつ答える。学園関係者にとってリコリスは死神かなにかなのだろうか。
確かにゲームではルート次第で国を破滅に導きかけたけれど。
前世の記憶が戻った今、そんな大それたことをしでかすつもりはない。
ルシウスがヒロインを愛する?結構なことだ。彼女と結婚する為に婚約破棄をしたがる?望むところだ。
ゲームとは違う、この世界のリコリスはそんなことに絶望して禁忌魔法など使ったりしないのだ。
私は過剰に怯える担任をなだめようと再び口を開いた。