【15】悪霊令嬢、安堵する
手のひらに意識を集中させる。
更に指先から血がじわりと滲み落ちるイメージをする。黒い体液がぽたり、ぽたりと。
「……でき、た?」
それだけで私の右手はあっさりと闇の魔力を発動していた。いやそのこと自体は当たり前なのだ。
リコリスは闇の魔法に長けた娘なのだから。
学園内でルシウスの行動を制止しようとした時に発動しなかったのが寧ろ異常だ。
まるで掌が蝋で固められたようなあの感覚は初めての物だ。
「まあ、ひとまず良しとしましょうか」
使えるならとりあえずそれでいい。私の中から闇の魔力が消えていないのなら。
この国では貴族と平民だけでなく、魔力量によって格差がある。
魔法は主に王族や貴族が使うものだから、魔力量が少ない人間を大っぴらに馬鹿にすることは失礼だと批判される。
他人を公然と馬鹿にすること自体が失礼で無礼だろうという話だが。
けれどそういった価値観があることは事実。
貴族の若者が集まる学園内。虐めだって存在する。
その中で悪霊のように不気味なリコリスが陰口を叩かれるだけで済んでいるのは彼女の魔法の成績が優れているから。
伯爵令嬢という立場だけでなく、闇魔法の優れた使い手であることで上のカーストにいることができたからだ。
そうでなければヒロインを虐めていた女生徒たちがルシウスに付き纏っていた私をスルーなんてしない。
こちらが魔法を使えないことに気づいた途端に遠巻きで悪口などではなくアグレッシブに呼び出してくるだろう。
「それ、絶対嫌なんだけど……」
学校を卒業して社会人になったのに、又学生になって虐められるなんて辛すぎる。今の私が悪役令嬢という立場であってもだ。
別に生徒たちに嫌われるのはいい。直接虐められたり嫌がらせをしてくるのでなければ。
一人でだって生きていける。体育の二人一組になってみたいなのは辛いけれど。
リアルで仲のいい友達も、現実の恋人もいなくたって私は平気なのだ。
乙女ゲームの存在しないこの世界でどうやって時間を潰せばいいのかはわからないけれど。
「やめやめ、暗い事考えるのは……取り合えず、学校に連絡しなきゃ」
頭を振って考えを切り替える。今は思考より行動だ。無断早退に対するフォローをしなければ。学園に連絡しよう。
教師に怒られるのは嫌だが、こういうやり取りは後回しにするほど厄介で面倒になるのだ。
執事辺りに代理で電話して欲しいが、事情がややこしいし私が話した方がきっといい。
「そもそも怪我人を保健室に一人で放置してたのが悪いと思うし、そこまで叱られないわよね……?」
理不尽レベルで怒られたらこちらも逆切れしてやろう。
私は覚悟を決めてマジカルフォンを手に取った。