【11】悪霊令嬢、帰る
呼んだ馬車は三十分程で学園に到着した。
屋敷まで距離があるので仕方がないが待っている間気が気ではなかった。
いつルシウスに発見されるかという恐怖。まるで乙女ゲームというよりホラーゲームの登場人物になった気分だ。
外見だけなら私の方が主人公を襲い驚かせるモンスター側なのだが。
迎えに来たラディアータ家の使用人が根掘り葉掘り質問して来ないのが個人的に有難かった。
しかし真っ黒な馬車に真っ黒い馬に、真っ黒い服の御者というのはある意味迫力がある。
家の物に漆黒を多く使うのは闇魔法の名家である証。私の制服だって黒い特別仕様だ。
黒色は嫌いではないが凡人の精神性に戻った今、何もかも黒なのは少し気が滅入りそうだ。
なんとなく霊柩車を思い出しながら私は座席に腰を下ろした。
走り始めた馬車の中はかなり揺れる。長時間乗っていたら頭の代わりにお尻が痛くなりそうだ。
携帯電話もあって魔法もあるのにこういう所は不便なままなのが雑な世界だなと思う。
前世の記憶を取り戻さなければ、そんな不満も抱かなかったのだろうか。
着の身着で鞄なども教室に置いてきたままだが、今回は仕方ないだろう。
貴族の子ばかりが通う裕福な学園だし、何より悪霊令嬢の私物を盗もうとする命知らずも居ない筈だ。
突き飛ばされる前にルシウスに差し出したサンドイッチの行方が少し気になった。
良くて中身だけゴミ箱行き、悪ければ私の机の上に中身ごと放置。もしくは床に落とされたまま現場維持。
「きっついなあ……」
その光景を想像し感想を呟く。漫画やゲーム内の虐めシーンを見た時と同じような気持ちだ。
正直今の私は悪役令嬢として生きてきた十七年間が酷く希薄に感じられていた。
リコリスとしての記憶はあるが、性格や考えが違いすぎて自分のこととは思えない。
好きになった相手を見つめるだけで満たされるという部分にはかろうじて共感はできる。
だけど嫌われているのがわかっていて平気で婚約したり付き纏い続ける度胸も無遠慮さも私にはない。
リコリスはある意味自信家なのだと思う。
恵まれた身分と魔法の才能、それを持っているからルシウスの感情を無視して彼を自分に縛り付けられると信じていた。
実際は婚約者という肩書だけで、相手の心は別の少女の元に向いていたのだけれど。
けれどそんなこと監視好きなリコリスは知っていて、だからこそヒロインが差し出したのと同じ中身の弁当を作ったのだ。
もしルシウスが今日リコリスの行動を拒まず、サンドイッチを受け取っていたらどうなったのだろう。
ゲームの展開と同じように奇妙な三角関係が続き、彼からの婚約解消の申し出で破綻したのだろうか。
その場合闇の魔力を開放し、自らの命を絶つという方法でリコリスは二人の心に傷をつけた。
婚約者を取られるのが嫌ならさっさとヒロインとの仲を邪魔しておけばよかったのに。
「……私は、浮気する男なんて嫌だけれど」
そう、自分だけの馬車内で呟く。結局この時点でリコリスは私ではないのだ。