フラれた女に男の影
あのおっぱい女との邂逅から二人の所属する組織の抗争があるたびに近くの公園や店で合流し、会話するのが阿久津無区とおっぱい女の通例となっていた。
「てかさ、私たちこうやって会ってるところを上司達に見られちゃったらやばくない?」
「・・・いまさら気づいたのか?」
「気づいているんだったら早く言ってよ~。」
おっぱい女の今更な考えにため息を吐く阿久津。
彼の胸中ではそのおっぱいばかりに栄養がいっているからだとツッコミを入れたくて仕方がなかった。
「じゃあ、もう会うのは辞めとくか。」
「いや、それはダメ。こうやって組織の愚痴とか話せんのあんただけだし。」
「・・・そうか。」
内心ちょっぴり嬉しい阿久津である。なにせ、阿久津の人生の中で女子に必要にされた経験など数えるほどしか・・・いやゼロである。
その為、阿久津は体よく捌け口として扱われているこの状況でも嬉しいのである。
「てかさここのカルボナーラ不味くない?いつもと味違うんだけど。」
「そうか?一緒だと思うが・・・。」
現在、阿久津とおっぱい女は全国的なファミレスチェーン店にて話をしている。
因みに彼女のカルボナーラが不味い発言はあながち間違いではなく、彼女のカルボナーラにだけ花粉症気味のバイト君の特大鼻水が入っている。
不味いだけで済んでいるおっぱい女の味覚は恐らく相当音痴なのだろう。
「てかさ、あんたの通っている学校ってどこなの?てか学生だよねあんた。」
「そういったプライベートな質問には極力答えないが・・・一つ思ったことを口にしていいか。」
「なに?」
「お前って良く“てかさ”で話を始めるよな。」
「はぁぁ?そんなことどうでも良くない?そんなこと言うならあんたのその仰々しい話し方もちょっとうざいよ。」
「えっ、この話し方普通じゃないのか・・・。」
阿久津の会話の仕方は自室にある無自覚系無双ジャンルのラノベの主人公にインスパイアされてのものである。
そんなものを参考にするなど普通ならありえないことだがそれを伝えてくれる友達が周りにいなかった為今日まで引きずってきたという背景がある。
「まぁ、別に私はもう慣れたからどうでもいいけどね。」
「そうか・・・。」
話し方の改善をしようと心に決めた阿久津はふと窓の外を見た。
時刻はもうすぐ閉店時間である9時に差し迫っている。道路には帰宅を急ぐサラリーマンの姿がほとんどだが・・・そこに見知り過ぎている女子の姿を阿久津は捉えた。
「なっ!?」
「えっ、なに、急に大声出さないでよ。他の人に迷惑でしょ!」
いやにおかん属性の高いおっぱい女の注意は阿久津には届ていない。
今、阿久津の脳のキャパシティを占めているのは道路を仲睦まじく歩いている男女の姿である。
より正確に言うとその片割れの女は先日、告白した阿久津をフったばかりの当人だ。
「ちょ早くすわりなって!」
向かいの席にいるおっぱい女に肩を揺さぶられて彼女の方を見る。
どうやら阿久津は立ちっぱなしだったようだ。
身を乗り出したことによるおっぱいの主張を眺めて少し冷静になる阿久津。
「あぁ・・・すまん・・・。ちょっと取り乱した・・・。」
「はぁ、まぁいいけど。どったの?」
話すことを迷った阿久津だがこれくらいなら自身の身元に繋がる話ではないし、彼女の人柄の良さは少なくない会話をしてきた阿久津も理解していた。
きっと茶化されることはないだろう。
「実は・・・。」
こうして、阿久津はフられたことをおっぱい女に打ち明けることにした。
「ぶははっ!あんたを彼氏にしたい女なんているわけないじゃん!」
「っ・・・!」
阿久津は話してしまったことをひどく後悔していた。最近はおっぱい女との心の距離も近くなってきたように感じている阿久津であったが・・・。
(やはり、こいつ敵だ・・・!)
次に組織の抗争で戦う時はトラウマになるくらい揉みしだいてやると誓った阿久津である。
「っっっっぷ!ははぁ、笑った笑った・・・。」
「・・・もう済んだか。」
「ごめんごめん、まさかあんたに好きな人がいたとわね。それで初めてちゃんと会話した時は元気が無かったわけね。」
「まぁ・・・そういうことだ。」
散々笑われた阿久津はやっと下火になってきていた虚しさがぶり返す形になってしまった。
「ねぇ、あんたの好きな人見たいんだけど。どこいった?」
「もう、通り過ぎてしまったぞ・・・。」
「じゃあ早く追うよ!ほら、立って!」
そう言うとおっぱい女はすぐさま席を立ち、会計の方へ小走りで向かう。
「まじか・・・。」
阿久津は全くもって行きたくなかったがもうおっぱい女は会計を始めてしまっていたので渋々会計を済ませ店を出た。
「どこいった~?」
「・・・おい、さすがに追うのは止めないか。」
「えぇ~面白そうじゃん。それに~あんたも気になるって顔に出てるよ~。」
否定しようとした阿久津だったが内心無茶苦茶気になっていたので黙り込んでしまった。
自らNTRという地雷に突っ込む自殺行為だったが人の好奇心は合理性などを考慮しないものだ。
おっぱい女が先頭を歩きながらそれに阿久津も追従する。
とりあえず、先ほど二人が向かっていった方へ足を進めていく阿久津とおっぱい女。
二人を見かけてから直ぐに行動をしたおかげか、二人の背は直ぐに見つかった。
「ほらっ、いたよ!」
「・・・!」
少し先いる二人の様子はやはり仲睦まじそうでそれがさらに阿久津の精神を追い込む。
男の方が阿久津が好きだった女の髪に手を伸ばした。
恐らく、ごみか何かを取っているのだろうが阿久津は女の綺麗な黒い髪に知らぬ男の手が触れたことで苦渋の表情を浮かべる。
「うわぁ~、ありゃ完全に出来てんね・・・。まっドンマイ!」
ニヤニヤとしながらおっぱい女は阿久津の背を強めに叩く。
阿久津は何の感情も見せずにただ茫然と二人の様子を眺めていた。すると・・・。
「おい、あれ・・・。」
阿久津が指を指した方向は件の男女。さっきまで仲睦まじそうに幸せオーラで漂っていたが何やら不穏な空気が流れていた。
それもそのはず、二人は柄の悪そうな男三人組に絡まれたからだ。
「あぁ~あれヤバいね。どうする?助ける?」
「・・・あぁ助けよう。」
さっきまでは付かず離れずで二人を尾行していたが一気に早足で距離を縮める。
すると柄の悪い三人組と件の男女の会話が聞こえてきた。
「おいっ、兄ちゃん。可愛い彼女つれてんじゃ~ん。」
「俺らと一緒に遊ばな~い?高校生が行けない所連れて行ってやるよ~。」
等々と話かけていた。
当の二人は黙ったまま不安な顔を張り付けていた。
「ちょっと~、お兄さんたちそれくらいで止めてあげたら?」
「・・・。」
阿久津とおっぱい女参上である。
「おっ、また可愛い娘増えた。ねぇねぇ、そこのギャルのお姉ちゃんも一緒に遊ばな~い?」
第三者が加入してきても男達は変わらず、軽薄そうな口調でおっぱい女を誘う。
「えっ、なんで阿久津君が・・・。」
当の二人は突然介入してきた阿久津達の方に顔を向け、阿久津が告白した女・・・赤岸峰はそこに阿久津の姿があったことに目を見開いた。
「知り合い?」
「うん・・・、同じクラスの・・・。」
赤岸のパートナーの男が返答を受け、阿久津の方に目を向ける。
鼻や口のパーツは悪くないが厚ぼったい一重の目が彼の長所を打ち消し、決してイケメンとは言えない顔にしていた。
これが阿久津の顔である。
「で、ギャルのねぇちゃんは来るの~?」
「いや、行かない。というかその子達も諦めてね。」
軽薄な男の声におっぱい女は強い意志を伴った声でハッキリと告げた。
「・・・そうだぞ、早くどっか行け・・・。」
それとは正反対な声が阿久津から漏れる。
普通ならカッコよく決めるとこだがそれが出来たら年齢=彼女いない歴ではない。
「なぁもういいわ。手ぇあげればおとなしくなるでしょ。」
男の一人が暴力をする旨の発言をする。
頬を見ると少し赤い。どうやらもうすでに酒に酔っているようだ。
「・・・やめた方が良いよ。あたし強いから。」
その発言を受けおっぱい女は男達に牽制の一言を告げる。
「はぁあ?やれるもんならやってみろよ。」
おっぱい女の発言が頭に来たのか男の一人がのっそりとした足取りで阿久津達の方へ寄ってくる。
おっぱい女の前に来るが阿久津が男と彼女の前に滑り込む。
「あぁ?何だヒョロガリ?彼女の前でカッコつけたいが知らねぇがけがするぞ?」
「・・・彼女じゃない。」
「そうか、じゃあ死ね。」
男が大振りで阿久津の頬を殴ろうとする。
「阿久津君!」
赤岸峰が声を挙げるがもう遅い。阿久津が普通の学生であればこのままK.Oされていただろう。
しかし・・・
男の殴りを左手で受け止め、すかさず金的をお見舞いする。
「ぐっっっっっ!?」
男は阿久津に蹴られた金玉を抑え、路上に座り込んだ。
「はぁ!何やってんだお前!」
「調子乗りやがって!」
残りの二人が倒された仲間を見て阿久津に迫るが・・・
結果から言うと阿久津の完勝である。片や一般人、片や暗殺を筆頭とした裏稼業の住人。
阿久津がこの男達に負けることは万に一つもないだろう。
「私がヤったのに・・・。」
「お前は加減するつもりなかっただろう・・・。」
「はぁ?ちゃんとするし。」
「お前の顔にかいてあったぞ。」
おっぱい女の残念そうな声をなだめながら阿久津は踵を返してその場を去ろうとする。
「待って!」
突然の大声に阿久津は振り返り・・・
「あのっ、ありがとう阿久津君助かった・・・。」
「当たり前のことをしただけです・・・。」
おっぱい女は外面モードの阿久津を見てクスクス笑っていたが阿久津は気にせず赤岸と対面する。
「僕もありがとう。おかげで助かったよ。君、強いんだね。」
赤岸のパートナーである男も阿久津に感謝の言葉を口にする。
「いえ、たいしたことではないので・・・。」
内心穏やかではい阿久津だがそれをおくびにも出さず赤岸のパートナーにも言葉を返した。
「では、僕はこれで・・・。」
「あぁ、ちょっと待って。君の彼女にもお礼させてくれないかな。」
「いや・・・、別にこいつとはそういう関係じゃ・・・。」
どうやら阿久津とおっぱい女を男女の仲と勘違いしているようである。
彼氏の方に呼ばれたおっぱい女はデカい乳を少し揺らしながら歩いてくる。
阿久津もその様子をみていたのだがふと赤岸の彼氏を見ると彼氏も彼氏で揺れるおっぱいをチラチラと見ていた。
(赤岸さん一筋じゃないのか・・・!)
彼氏の行動に少し腹を立てた阿久津はその視線を遮るようにおっぱい女の前に出た。
自分だって赤岸峰のことが好きだったときでもおかいまなくおっぱい女と戦闘する度に胸を揉んでいたくせに棚上げもいいところである。
「彼女さんもありがとう。おかげで助かったよ。」
「良いって良いって。あの男達が悪いんだし。」
「私からもありがとう。阿久津君、素敵な人と交際してるんだね。」
「・・・。」
赤岸とその彼氏は阿久津とおっぱい女を完全にカップルだと認識しているようだが否定したところで他に良い言い訳も思いつかないので阿久津は黙っておくことにした。
「じゃあ僕たちはこれで本当にありがとう。」
「またね。阿久津くん。」
「うん・・・、また・・・。」
「バイバイ~。」
そうやって別れの挨拶をしようとした三人だが不意に地面が光りだす。
「・・・!」
「ちょ!なにこれ!」
阿久津とおっぱい女は臨戦態勢に移るが時すでに遅し。
数秒後には四人の姿はその場から忽然と消えていた。