夏の空、心を晴らさず
バスのリクライニングシートに背中を預けながら、一人の少年が外へと視線を向けていた。
舗装された道路を走る際に発生する僅かな振動を感じながら見る外の風景には海と夏の雲、大きな橋とその先のビル群。数十年前に作られた人工島が見えている。
海の上にて夢が舞う…そんなキャッチコピーの島、夢ノ舞島。それが少年が向かっている場所だ。
海の上にある小さな島とはいえ、国が力を入れて作った研究機関のある都市だ。少年のいた場所に比べれば随分発展している。
窓の外では高層ビルや巨大なマンションが建ち並び、少年の目から見れば『大都会』の一言に尽きた。首都からは少し離れているものの、近場に首都がある影響か、その発展ぶりは目覚ましいものがある。
少年の日本での故郷となる町は普通の町で、年々都市部へ人が流出することで過疎化の一途を辿っていた。
橋を渡り切ったバスの中、向けた視線の先にはコンビニやファーストフード店もあちこちに立っており、中には地元では見たこともない高級ブランド品を売っている店もある。
行きかう人々の表情や格好は、夏の暑さをものともせずどこか華やいで見えるのは、目の錯覚だろうか。
そうして最初は新しい景色に興味を覚えて窓の外を見ていたが、やがて視線を窓から外す。
ついでに両手を上に伸ばしながら軽く背伸びをしてみると、長く同じ体制でいた弊害か背中の骨が小さく音を立てた。
少年は175センチほどの身長だ。
高校生になって半年経たずほど、この年齢だと目立って高いというわけでもないだろう。
バスの上部、荷物を載せる棚に指先が僅かに触れるが、それを気にせず欠伸を一つ。
すでにバスの外へ興味は示しておらず、どことなく気怠げな表情を浮かべながら目的地はまだかと一人で呟く。
あくまで法定速度に則って走るバスの運転手に対して、限界までアクセルを踏み込んで走れと文句を言いたいような気分だ。
目的地への到着まで、どう時間を潰すべきか。
考えた所で、いい発想が出るわけもなく終始めんどくさそうな顔をしながら顎に手をつく。
「なあなあ、薫ー」
そうやって暇を持て余していた少年――天乃薫の肩を、後ろの席に座っていたクラスメートが叩く。
「うん? なんだよ?」
薫はそんなクラスメートに向き直ると、そのクラスメートはひどく興奮したような顔で口を開いた。
「すげえ楽しみだよな! 俺、夢ノ舞島ってテレビでしか見たことなかったんだよ!一度で良いから行ってみたかったんだよな〜」
そう言ってクラスメートは人工島――このバスが向かう先の名前を口にする。その名前を聞いた博孝は、心底から同意出来ずに言葉を返す。
「おー…俺も楽しみ過ぎて、テンションが振り切れてるわー……」
「すげえ棒読みとダル顔!!おいおい、夢の島だぞ?世界の技術が集まる最新鋭の研究都市、夢ノ舞島!」
「おー、楽しみだなー?」
「疑問符!?疑問符ついてるから!?」
「んだよ、楽しみだって言ってんだろ…テンション上げりゃいいのか? よし、んじゃテンション振り切れてるから運転手気絶させて俺が運転してくるわ。研究都市のバスなんだから、すげぇ速度出るよな?」
「待って!? ダル顔のまま運転席に向かわないで!? お前ほんとにやりそうで怖いってか普通車免許も持ってないだろお前!?」
薫の回答が気に入らなかったのか、クラスメートは必死で薫を止める。そんなクラスメートの様子を見て、薫は不思議そうに首を傾げた。
「車なんて、アクセル踏んだら前に進むもんだろ?
大丈夫だって、運転したことあるから…大破したけど。任せとけ。」
「事故ってんじゃねーか!!……つかカーブがあったらどうするんだよ?」
「気合で。」
「横転か衝突の二択しかねぇ! 車は気合じゃ曲がれねーよ!人力車じゃねぇんだぞ!!死んでたまるか!」
薫のジョークを間に受けたクラスメートが全力で止めにかかる。
どうも薫は友人からなんでもやりかねない危険な人物として認識されているらしく、ジョークに過剰な反応をされる時が多々ある。
しかし、薫としても別に自殺願望があるわけでもなく運転などする気はないのだが――
ま、早く到着して欲しいのはマジなんだが。
そんな事を思いながら先に戻ると、クラスメートも先に着く。
「夢ノ舞島ねぇ…さてさて、どんなもん見せて貰えるのやら。」
研究都市。世界大戦にて諸外国に打ち勝つ為の研究を行なっていた軍機関の流れを組む機関が、更なる発展の為に造り上げた海上都市。
戦争の終わった世界で、平和の為の研究をスローガンに掲げるその場所には優秀な者が集められる。
それは研究者だけではなく、将来を担う学生も対象である。
薫達は、一年に一度の都市見学に向かっている。
研究の結果を発表し、また全国から優秀なものを発見する為に学生を集めて非公式に査定する。
そうして選ばれた者は正式に研究都市の学園に入学する権利を与えられる。
――まあつまるところ規模のでかい採用面接みたいなもんだな。
「はぁ……」
「お? 見ろよ、そろそろ着くみたいだぞ」
不満のため息を吐いていた薫にクラスメートがそう言うなり、窓に齧り付く。薫もなんとはなしに外を覗くと、遠目にもわかるほどの巨大な施設が目に入り、
クラスメートが思わず感嘆の声を上げる。
その施設は周囲を高い壁に囲まれ、一見すると刑務所のようにも見える。
しかし、刑務所のように脱走者を出さないための壁ではない。
機密の保持と防御性の高さを考えて作られた、要塞のような建物だった。その周囲には緑色の制服に身を包んだ軍人らしき人物が複数立っており、外部に鋭い視線を向けている。
徐々にバスが減速し、施設の入口へと近づいていく。すると、兵士のうち一人がバスへと近づいてきた。
「お、おい! 見ろよ薫! あれ『能力者』じゃないのか!?」
近づいてきた兵士を見て、後ろに座っていたクラスメートが声を上げる。その声を聞いた周囲の座席に座っていたクラスメートも窓の外へ視線を向けた。
「おー……バッチついてるな。マジもんの『能力者』だな。初めて見たわ。」
『能力者』であることを示すバッジが目に入り、クラスメートは芸能人に出会ったかのように、感動のあまり声が出ないファンのようになっている。
一方薫はさして興味もなさげに答えていた。
銃と刀を模したマークが掘られたバッジは、近づいてきた兵士が確かに『能力者』であることを示していた。
能力者。ある時を境に世界で確認された新人類。
目覚める条件は判明していないといわれている。
しかし彼ら彼女らは確かに存在して、さらに『能力』…いわゆる超能力などを使うのだ。
そしてその能力は個々により違うといわれている。
ここは夢ノ舞島。あらゆる研究を行うといわれる場所。
それはもちろん能力についても例外ではない。
「つーかなんだよあの顔と筋肉。こえぇ…」
帰りてぇ。
天乃薫16歳。
性格、斜に構えた極度のダルがり。
蝉の鳴く季節、青い空の下で研究都市に降り立つ。
その心中はあいにくの雲模様であった。
能力者が守っている建物は、この研究都市の中心に立つ建物のようだ。
市街地を主要な道路沿いに進むと見えてくる空高く立つ円形の塔。その周囲をぐるりと囲っているよいに見られるこれまた高い壁。
初めて見た薫が思わず口を開けて呆然とするほどに大きい。
広大な土地を15メートル近い壁がぐるりと囲い、その壁よりも高く造られた建物―おそらく研究所などが入っている―が見えた。
「なんじゃこりゃあ……」
一体どれほどの金がかかっているのだろうか、などと下世話な考えが頭に過ぎるほど、中心に聳え立つ塔はでかい。
さらに外側と同様に、壁の周りを巡回している兵士の姿も見えた。おそらくは彼らも能力者であり、この時期にやってくる学生達と共に侵入者が紛れ込まないよう配置されたのだろう。
また兵士だけではなく、監視カメラもそこかしこに設置されている。
――おいおい。バレたらやばい研究でもしてんのかよ。
薫が盛大に呆れてる様を尻目に、クラスメート達はあちらこちらを見て騒いでいる。
「それでは、これから中に入りますので」
「はい。さぁ皆!静かにここに並びなさい!!」
毎年くる引率の教員が職員に促され、慣れたように生徒に指示を出す。
ここまでバスで連れてこられたが、中に入っても車で移動する必要があるらしい。この場所はまるで軍事基地のように広い。
そのため門を潜ったばかりではまだまだゴールとはいえないようだ。
―馬鹿みたいにでけぇ。つーか馬鹿だろ。
そう思いながら薫は研究所のバスに乗り換える。
この時期恒例のためわかっているだろうが、警戒するように周囲へ視線を向けている兵士。
それを見て少しばかりの緊張を覚えていると、数人の兵士がバスに乗り込んできた。
「―失礼。持ち物の確認をさせて頂けますか?ああ、先生も皆さんも座ったままで結構です。我々が確認に回りますので。」
「はい、はい、よろしくお願いします。」
ざわっとバスが騒めく。
「まじかまじかまじかまじかまじか」
チラと後ろをみるとクラスメートが早口で何か呟いていた。
他のクラスメートも似たように興奮している。
ここは自分も興奮するべきか?などと無益な事を考えている間も荷物検査は続いてゆく。
「失礼、荷物を見せて貰えますか?」
横にきた兵士が顔と体格に似合わぬ丁寧な口調で話しかけてきた。
「ええ、お願いします。」
粛々と、さしたる興奮もなく荷物検査を受け入れると、対応している兵士がおや?という顔をして、少し笑った。
おいおい、人の顔見て笑いやがったぞ。もしや鼻くそでもついてんのか?
少しムッとしていると顔に出たようで兵士の眉じりが下がっている。
「ああ、いやすいません。毎年学生の皆さんの荷物検査をさせて頂くんですが…皆さん興奮したり萎縮したりするので、貴方のように平然とした方を見て自惚れていたなと思いまして…」
「あー…いえ、これでも興奮してますよ? 内なる激情が渦巻いてますから大丈夫ですよ?」
「おや、そうでしたか。」
まずったかと思い、それとなく皆と同じですよとアピールをする。
しかしサラッと流され更に笑われてしまった。
どうも変わり者のレッテルを貼られた気がする。
暫くして検査は終わり全員問題なしとしてバスが敷地内を進み始めると、薫は小さく安堵のため息を吐いた。
あの凶悪な面とガタイの良さがあれば居るだけで暴徒とか鎮圧できそうだな。
お近づきになりたくねぇー…
どうやら先程通った門は正門のようで、正門からまっすぐ道なりに進むと研究所に着くようだ。
道の両端には何やら街路樹が植えられており、更に見える範囲に噴水が置かれた広場もある。
周りには花壇もあり、もしも花見ができればさぞや人気スポットになるだろうと思わずにはいられないほどの咲きっぷりだ。
そのすぐ傍に、何やらうごうごと痙攣する生物らしき物体やら何故か穴が開いた装甲車などが置いてなければだが。
「なんだあれ…触手…?つーか車に至っては真ん中くり抜かれてるぞ…なんでこんなとこに置いてあんだよ。」
更には兵士の詰所だろう場所があり、簡易的な建物もちらほら見える。
そうして見えるもの全てを統合して薫が下した判断は、まともじゃねぇ。であった。
明らかに置いてあるものにおかしいもんがある。
そもそもどーゆう意図で置いたのかわかんねぇ物…あれは物なのか…?……とにかく、そんな物が多い。人間は部屋(職場の机でも可)と靴を見たら大体わかるっていうが、本当にそうだとしたらここには変人しかいねぇ。変人の巣窟にちがいねぇ。
そんな事を考えている間もバスは進み、やがて視界が大きく白い建物で埋め尽くされる。
薫がいる学校の十倍はゆうにありそうな広さの建物である。
得体の知れないと思わずにはいられない薫は再度となるため息を吐いた。
「さあ皆さん、着きました。これから案内に従って建物の中に入ります。決して逸れたりしないよう注意して下さい。最悪2度と会えない可能性もありますから。」
その言葉に萎縮したような学生達を並ばせて、教員が兵士にお願いしますと告げて歩き出す。
案内の兵士に従ってどこぞに移動する途中、薫は自分と同じように兵士に従って移動する人の列をちらほら見かける。
薫が見たところ各地から見学にきたご同輩であろう。年齢も薫と同じようで、ほとんどの少年少女は顔に緊張を浮かべながら歩いていた。
といっても、薫はあいも変わらずダル顔であったが。そうして周囲の少年少女よりよほど気楽な雰囲気で歩いていると、ふとその視線が吸い寄せられるように一人の人物へと移動した。
姿勢の良いおそらくは少女。背を向けているため顔は見えないが、肩まで届く黒髪をポニーテールにしている。どこかの制服だろう、白と黒を基調としたセーラー服を身に着けていた。
なぜ薫が目を惹かれたのかはわからない。
しかしなんともいえぬ目に見えない、圧迫感―オーラのようなものを覚えたのだ。
真っ直ぐに伸びた背筋に、目に見えない押されるような空気。
まるで拳銃を額に当てられたような気分にもなるが、不思議と怖くはない。
――いやいや、やばいだろ。何がオーラだよ俺!
ここの異様な雰囲気に当てられちまったのかね??
自分自身にツッコミを入れながら少女から目を離して前を追う。
なにせ逸れたらどうなるかわからない。脅しだとは思うが万が一もあるのだから、命をかけた博打をやるつもりなど毛頭ない。
同じ列に並ぶクラスメート達も先程までの様に興奮混じりの顔ではなく、萎縮した顔立ちになっている。
ただ黙って兵士の案内に従い歩く様は、まるでこれから訓練を受ける新兵の様ではなかろうか。
そのような馬鹿な事を考えながら暫く進むと、広い部屋に案内された。
大学の教室のように教壇のような場所があり、座る場所と机が扇状に広がっている。
建物に対して考えれば広くはないが、それでも大体100人は入れそうな場所だ。
中に入り席に座るよう促されたので、着席して見回すと先程見かけた少女が着ていた制服のグループは居なかった。おそらくある程度グループを分けて案内するのだろう。
「なあ薫、薫。これから何があるんだろうな!?」
「さあなー」
「お前はほんっと、なんでそんななんだよ!折角塔の中に来たんだぜ!?もっと楽しめよ!」
「はいはい、楽しんでる楽しんでる。あー楽しいなぁ」
「ほんとなんなのお前!はぁー………てかほんとこれから何すんだろうな?」
「なんだよそのため息。つーかやる事は決まってんだろ? 見学だよ見学。ほら、あれだ。工場見学とか行ったことあるだろ?そんな感じだろ。」
「そこらの町工場と一緒にすんな! つーか見学はわかってんだよ。何を見学するかが気になってんだよ。」
「あー……一般の学生に見せれる物なんざ、大したことないだろ。ロクなもんじゃ無さそうだがなぁ。」
「ここで夢のない事言うなよ…」
そんな会話しているうちに全員が座ったらしく、兵士が何人か部屋に入ってきて直立不動になった。
そして前方の扉からまた兵士が出てきて、その後職員らしき人物が出てきて前に立つ。
「諸君、研究所へようこそ。まずは無事欠ける事なくこの部屋に到着した事を喜ぼう。
私は今回諸君の…見学だったかな??体験だったかな??ああ、そうかそうか。結構、すまないね。興味のない事は覚えられないし心底覚えるつもりもなくてね。……ああ、失礼。分かっているよ軍曹。これも仕事だ、案内するとも。研究費を削られたくはないからねぇ。確か用意された原稿がここに……諸君を案内する事になった研究者の一人だ。」
部屋に案内され、席がすべて埋まるなり入室してきたその女性はそんな調子で話し出した。
白髪混じりの髪に、意思の強さを宿す瞳と深い隈。綺麗な顔立ちになのに、疲れからか20代にも30代にも見える不思議な顔。
白衣を着崩し怠げに佇む体はなんともいえない色香を放っている。
人の事をあまり気にしないのだろう、ある意味堂々とした態度で教室に揃った少年少女に向けて話している。
部屋に等間隔に並んだ机と椅子。壁に備え付けられたモニター。そして椅子に座った少年少女は一部を除き、あまりの展開に唖然とその女性を凝視している。
「今期…第何期かの見学者を、無事迎え入れられたことを嬉しく思う。えー、さて諸君にはこれからこの研究所を私の案内で見てもらう訳だが。
諸君が望むのならば辞退もできるので、可及的速やかに申し出るように。…居ないのかね??
全員辞退でも構わないぞ?むしろその方がいいのだが。ああ、軍曹そう怒るな。言い出せない者がいるかも知れないだろう?そしてそれが全員という可能性は否定できるものでは無いのだよ。」
耳に残る少し低音の心地よい声で語られる内容は最後の方だけ随分と感情のこもった声だ。
これほどめんどくさいという感情を表に出す人間も珍しいだろう。
「はぁ。わかった、わかった。仕事はするとも。
えー、では塔の案内に入る前に注意事項がある。一度しか言わないのでしっかり聴くように。
今日は私が施設を案内するが…私が案内する場所以外には行かないように。
また、不用意に施設内で物に触れない事。
そして、兵士の指示には従う事。以上を守れば危険はないと塔が保障しよう。うん?自己紹介? 必要かね、軍曹。本日限りの者達だが。 …む、分かった分かった。えー笹原岬だ、適当によろしくしてくれ。」
そういって研究者―――笹原は終始めんどくさそうに話し、おざなりに自己紹介をした。




