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その後、件の『1カ月』を待たずに、事態は予想を大きく外れた方向に急展開した。
3度目の壁ドンの時に『ライラと確実に離すため』と言われ、私はライル様が管理してるリアブルの街に滞在していた。ライル様にホントに警戒されてるわね、仕方ないけど。
ここは本来はライル様の弟で3男のレイド様の領地だが、レイド様が18歳の成人を迎えるまでライル様の預かりとなっている。ちなみに、ライル様は、ラウル殿下・ライラと同じ20歳、私は18歳、レイド様は17歳。細かく言うと、ライル様とライラは同じ月内で前後して生まれ、ラウル殿下はその数か月後に生まれている。
で、私が大人しくここに来たのは、国立図書館が有るから。
王都から馬車で3時間、ドレス姿の令嬢が歩いて移動できる距離ではなく、『国立図書館が有れば本好きの貴女が退屈して抜け出すことも無いだろうから』ってライル様に言われた時は腹が立ったわね。私の本好きを知ってるどころか、それを堂々と利用してくるんだから!事実なだけに否定できないから尚更、ね。
この街での滞在にはレイド様の本邸を提供されていた。リアブルには伯爵家の別荘は無いし、私をライル様の監視下に置きたいという思惑みたい。
その邸宅、なんと国立図書館の隣に有る。国立図書館の最高管理人はリアブルの領主が務めることになっていて、来年には成人ということでレイド様は既にその地位に就いていたの。
というわけだから、図書館で、邸宅で、私とレイド様はほぼ1日中一緒に居ることになった。
会ってみれば、レイド様、実に私好み。年下とも未成年とも思えない落ち着きと知識の広さ、本の管理の適切さに、破損した本の修理能力の高さ、好きな本の傾向も私と一部共通で……。彼の兄であるライル様とのような楽しいけど腹も立つ会話ではなく、穏やかだけど心弾む会話ができる。
レイド様は、未成年ということで夜会には出ないし、仮とはいえ領地と常駐任務(国立図書館の最高管理人)が有るから、年数回の王家主催の日中の舞踏会で挨拶する程度しか私との縁は無かった。そんな場面では、お互いに余所行き顔で容姿の印象は残りにくいし、会話も少ないうえに形式的だから性格や趣味なんてほとんどわからない。
だから、今回初めてマトモに関わることになって、彼に関するほぼ全てが新発見。
ついでに言うと、レイド様がライル様ほど華やかな美形ではないのも、容姿の印象が残り難かった理由みたい。レイド様本人いわく『おばあ様に似てるそうです』とのこと。
私はライラのように美形が苦手というわけではないけど、メンクイでもない。ライル様に似てたらライラたち絡みの会話を思い出してムカつきそうだし、レイド様という人物を偏見無く見る邪魔になるものが無くてよかったと思う。もちろん、派手ではないだけで整った容姿には違いないんだけど。
そんなこんなで、図書館の仕事を手伝いながらレイド様と色々話したりしていたら、なんとプロポーズされました!
驚きと喜びで、思わず丁寧語で(心の中で)叫んじゃう。
『貴女に惹かれてます。愛しくて、ずっと隣に居てほしいんです。私が成人したら結婚するという前提で、まずは婚約していただけますか?』
片膝ついて真っ直ぐに私を見つめて、あまりにもストレートに言われた時、顔が一気に熱くなって噴火するかと思ったわ。
結婚願望は無かったはずなんだけどね? あっという間に心に喜びがあふれたから……私は思わず即OKしてた。レイド様みたいな人は今まで居なかったからね。
レイド様ご本人がおっしゃるように、まずは婚約だけなんだけど……。
レイド様、未成年だし、王都での社交にはほとんど出てきていなかったはずなんだけど、さすがは公爵家3男、王宮での噂とかは知ってらっしゃいました。
第3王子との件も承知のうえとのことだった。あの王子も件の婚約者と上手くいってるみたいで、伯爵家とはいえ名家だし野心は無いからと国王夫妻からも婚約を認められている。あの婚約解消がレイド様と私の婚約の支障となることは無いでしょう。
そして、当然ながら、私が『ライル様から逃げ回ってる』という噂もご存じで……。
『ライル兄様の噂は聞いてます。直接確認したことは無いけど、どっちにしても貴方に気まずい思いをさせてしまうとは思います。私だって、ライル兄様とはどうしてもぎこちなくなりそうな気はします。王宮でどんなふうに噂されるか、正直言って読み切れません。でも、だからといって、諦められるほど軽い想いではないんです。周りを説得して協力を取り付けて、最大限の努力で貴女を守ります。今後、貴女に対してライル兄様が暴走しないように頑張って抑えます。私だって、ライル兄様は大好きなんです。わだかまりが解けるときが来ると信じます。甘いこと言ってるかもしれません。でも、貴女を諦められないんですから、貴女と歩む道を切り開くことも諦めません。』
私の両手を彼の両手で包んで、やっぱり真っ直ぐ視線を合わせて、想いを語ってくださいました。
もちろん、『一緒に頑張りましょう』と答えましたよ。
え? 両家の当主の承認? 当然、それも二人で両家にそれぞれお願いの手紙を書きました。
私たちが居るのはリアブルの街で、プロポーズされたのもリアブルの領主館(公爵家別邸)。2人とも、当主の滞在してる王都に勝手に行くわけにはいかない立場でしたから、まずは手紙で大至急連絡したんです。
そして、なんと翌日には、レイド様から私との婚約報告を受けたライル様が訪ねて来て……微妙な表情での祝福の言葉と『一度王都に戻って来い』との両家当主から私たちそれぞれへの伝言を彼から受け取りました。レイド様不在の間、ライル様が代理を務めるから、と。
王都に戻って1週間後、レイド様と私は、それぞれの両親とともに登城して国王夫妻に謁見していただきました。書面での婚約申請と承認は終わっていたので、正式な報告と承認への感謝を述べるために……。