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「何してるの?」
「!!!」
背後からの突然の声に、思わず体がビクゥッと跳ねる。状況を考えると悲鳴を上げなかった自分を誉めたい。実際は、驚きすぎて声が出なかっただけなんだけどね。
で、そうっと振り返った後ろに居たのは、声から『まさか』とは思ったけど信じたくなかった相手。
「公爵令息ライル様……なぜ貴方が(よりによって)こんなところに? 何をしてるんです?」
「伯爵令嬢シエラ嬢、貴女こそ、何故ここに、そして何を?」
「……。」
質問に質問で返すし、しかも同じ表現だし……。
つい身分を忘れて相手をジトリと見るも、怯むどころか何処吹く風といった感じなのも毎度のことで、私は軽く会釈して立ち上がると彼の横を抜けて歩き出す。追って来るかと警戒したけど、その様子は無いかわりに笑いを堪えている気配を感じる。勝手な勘違いを思い込まれないうちに説明しておくべきだったかと少し後悔したけど、『やぶへびになる』と諦めるしかない。
からかわれるだけなのは目に見えてたし、嫌な予感がした。
あの時、王宮の奥、廊下の円柱から私が見てたのは2人の男女。男性が女性を口説いてるのか逢引きかという場面。つまり、傍から見れば、さっきの私はいわゆる『出歯亀』。でも事実は微妙に異なる。第2王子が侯爵令嬢を口説いていて、私は躱しきれずにいる彼女を助けるタイミングを計っていたのだから……。
侯爵令嬢ライラは私の従姉で、同時にライル様の従妹でもあるが、私とライル様は血の繋がりは無い。彼女は、私の伯父(父の兄)とライル様の叔母(母の妹)の娘だから……。
ほぼ完璧な令嬢で、第2王子ラウル殿下の婚約者候補の筆頭。婚約者候補なのだから、本来だったらラウル殿下を拒否することは認められず、彼は口説く必要も無い。でも彼女には事情が有った。美形嫌いという事情が……。
この国アーク王国では───ありがちな話だけど───身分が高いほど美形率も美形度も上がる。しかも、王族は基本的に、黒髪と、虹色に見える不思議な眼と、妖しい色気の迫力美人ばかり。彼女の相手としては最悪なわけで、だからこそ助けようとしたのにライル様という邪魔の登場で逃げ出す破目になって……あの後、彼女がどうしたか心配。
ちなみに、ライラ本人も美人。『絶世の』というほどではないけど、母親譲りのダークブラウンの髪に侯爵家の金の目という色合いに、柔和なのに凛とした雰囲気が魅力的。体型もグラマー過ぎず細すぎず絶妙のバランス。だから本人は自分の見た目を嫌っている。
マナーも教養もバッチリで所作は優雅、そのうえ第2王子の婚約者候補の筆頭だから、普通は妬みや欲望で敵視されたり害されたりするけど " 今は " 彼女には無い。
王宮内では『ラウル殿下との婚約を嫌がってる』と、社交界では『美形嫌い』だとみんなが知ってるから、むしろ『ライラ様、頑張れ(逃げ切って)』とさりげなく応援されてたり……ラウル殿下の立場無いけどね。でも、ラウル殿下を狙う令嬢やその家族からしてみれば、ライラの逃げ切りは彼女たちのチャンスになるんだから、当然と言えば当然よね。
ついでに言えば、当然ながら公爵(王弟)令息のライル様も美形。ライラと同じダークブラウンの髪に王家の虹色の目で、侍女たちが言うには『やんちゃさと爽やかさが混じった笑顔が魅力的』らしい。ラウル殿下と同じ引き締まった長身で、モテるのだが、何故か私に絡んでくる。
そんな彼に構われてても私もライラと同じく応援されてるらしい。王宮内では『ライル様から逃げ回ってる』と、社交界では『第3王子に婚約解消された令嬢』だと、みんなが知ってるから……。
その第3王子とは、婚約者だった当時からお互いに『知り合い』程度の認識だったので、彼に好きな人が出来て婚約が解消されても、私は応援こそすれ傷つきはしなかった。彼は『(私の)結婚が難しくなる』と気にしてたけど、結婚願望の無い私には好都合だったり……。
そんな令嬢だからこそ、こんな尾行みたいな真似が見られても、いまさら評判を気にしたりしなくてすむんだし?