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悪役令嬢は凄腕スナイパー  作者: 島 一守
第一王子と夏休み
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07中庭にて

 オズナ王子への学園案内は、昼食を迎える頃には終わってしまっていた。

当然といえば当然だが、一年生の使う施設などたかが知れている。なので、私が案内すべき場所もまた限られている。

そういった理由もあって、学園の隅々まで案内する必要などないのだから、一時間もあれば十分回れるのだ。


 けれど彼は、ことあるごとに座って休憩しようと誘い、そのたびに執事が冷たいお茶を差し出すのだ。

さすがに、お茶の時間のように茶菓子まで用意することはなかったけれど、遅々として進まない案内に、少々苛立つほどだった。


 それでも彼にとっては、想像以上に早く終わったようで、少々困惑した表情を浮かべている。

帰るにはまだ早いと、中庭のベンチへと二人で腰掛けた。

背後に木が植えられていて、心地よい木陰になっているおかげで、降り注ぐ日差しは暑さではなく、美しい光の波を地面に描いている。

風になびく髪をかき上げると、オズナ王子が私の横顔をのぞきこんでいるのに気づいた。



「どうかされましたか?」


「いや、エリヌスが無理しているんじゃないかと、少し心配になってね」


「そんな、無理などしておりませんわ。もう一周……。いえ、三周回ったって平気ですわよ」


「ふふっ……。面白いことを言うね。

 まさか体育祭でもあるまいし、校内を何周も歩くなんてしないだろう?」


「体育祭の競技にだって、そんなものはありませんよ。

 けれど、体育で使う施設は案内しておりませんでしたね。

 午後からは体育館や剣術の訓練所、プールなどを案内いたしますわね」


「さすが、アーテル学園は国内最大の教育機関だけあって、施設が充実しているね。

 慣れるまでは道に迷ってしまいそうだよ」


「心配なさらなくても、すぐに慣れますわ。

 九月からは、毎日通うことになるんですもの」


「そうだね。君とも、毎日会えると思うと嬉しいよ」



 オズナ王子は、そう言って優しく微笑む。

それは上品で気品あふれる、王子という肩書きがなくたって、世の女性を皆虜にしてしまうような笑みだった。


 いけないいけない。彼は私の元を去る人、油断していると、王子のオーラに圧倒されてしまいそうだ……。



「でっ……、では、そろそろ次の場所へ……」


「慌てることもないだろう? 時間は十分あるのだから、あとは午後に回せばいいじゃないか。

 それにこの暑さだ。ちゃんと休まないと、体に差し支えが出てしまうよ?」


「いえいえ。私は本当に、全然平気ですもの。

 もしや、オズナ王子がお疲れでしたかしら?」


「そうじゃないんだ。少し、心配しただけだよ。

 …………。エリヌス、なんだか昔より、たくましくなったかい?」


「たくましく、ですか?」


「あ、ごめんね。ちょうどいい言葉が見つからなくて。

 昔は、少し歩いただけでも疲れていたようだったから……」


「そういえば、そうかもしれませんわね。

 屋敷の冒険の時も、歩けなくなって、おぶってもらっていましたわね」


「そうそう。それで、まるでお兄ちゃんだって言われたんだよね。僕たち同い年なのに」


「ええ。それからですわね、お兄ちゃんとお呼びしていたのは」



 思い出話に、笑顔の花が咲く。

懐かしくて、少し恥ずかしい小さい頃の私たち。

その風景は、今でも昨日のことのように思い出せた。

けれど、オズナ王子の笑顔はすっと引いてゆく。



「…………。僕は、留学している間も、エリヌスが無事かずっと心配していたんだ。

 僕が居ないと、何もできないんじゃないかって。

 でも、君は僕の知らないうちに、強くなっていたんだね」


「ずっと、心配していただいてたんですね。ありがとうございます。

 けれど私も、いつまでも誰かに頼り切りになるわけにはいきませんの。

 公爵として、なにより一人の女として。自分で歩いてゆかなくてはなりませんもの」


「そう、だね……。うん、喜ぶべきだよね……。

 ごめんね。少し、寂しいなんて思っちゃって……」



 留学なんて言いながら、実情は人質だ。戦争に発展させないための、生贄でしかない。

そんな彼が、どのような生活を送ってきたかなど、少し想像を巡らせることができる人ならば、察するだろう。


 たとえ人質でも彼は王族。だから、苦しい生活を送ってきたわけではないはずだ。

衣食住は保証されるだけではない。最高級のものを、最高の状態で提供されていたことは、聞くまでもない。

けれど、その周囲には誰が居ただろうか。同い年の友人と呼べる人は居ただろうか。

きっと、そんな間柄の人はいない。誰もが彼と距離を取り、腫れ物のように扱うだろう。

彼の怒りに触れることは、二国間の外交問題へと発展するのだから。


 オズナ王子は、きっと留学先で思い出に縋りながら過ごしてきたのだろう。

すでに存在しない、幼い頃の私の幻影にすがり、そのポッカリとあいた胸の穴を塞ごうと、必死にもがいていたはずだ。

その結果、元々世話好きだった彼は、病的なまでに「幼く弱い私」に固執した……。

そして、今の私に幻滅した。そう考えるのが、自然に感じたのだ。


 けれど、それを悟ったとして、私に返す言葉は持ち合わせていなかった。

いまさら、弱い少女を演じるなんて手遅れだったし、なにより私自身が、それを許せなかったから。



「ごめんね、こんな話しちゃって。それじゃ、お昼にしようか。

 ランチボックスを用意してもらってあるんだ。もちろん、エリヌスの分もね」


「はい」



 彼にとって必要なのは、今の私じゃない。だからこそ、彼は私から離れていくのだろう。

その事実に湧き出る感情は、寂しさであるはずなのに……。

なぜか私は、妙な納得感しか持ち合わせてはいなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに、王子様は優しそうですが、か弱いエリーさんに少し固執している感じがします。良い事か悪い事か
[良い点] これは、エリヌス様がどのように変化したかについての本当に興味深いキャラクター研究です。 それは新しい話ではなく、やがて病弱になりますが、エリヌス様が故意に致命的な力を取り、彼女の意志を正確…
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