表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は凄腕スナイパー  作者: 島 一守
第一王子と夏休み
50/154

05令嬢の責務

 王子の帰還、それに付随するのは、面倒な貴族たちの挨拶と、祝賀パーティーだ。

日中のほとんどの時間は、挨拶に費やされ、パーティーが催される頃には、すでに外は暗くなっていた。

オズナ王子は心底面倒くさかっただろうが、それでも笑顔を崩さず、貴族たちと談笑している。


 対する私は、貴族の序列的に一番に挨拶したから、一度屋敷に戻り、パーティー用のドレスに着替えさせられていた。

正直そのまま、射撃場へと直行したかったけれど、それはさすがに、専属メイドのエイダによって止められた。


 窮屈な服を身につけ、適当に食事をつまみながら、適当に王子の様子を伺う。

すると王子も時折私の方を見ては手を振るものだから、お二人は仲が良いなどと、嫌味か本音か分からぬ声をかけられるはめになった。


 さっさと帰りてえと思いつつ、適当に会話を流しつつ、ただ時が経つのを待っていた。そのつもりだった。



「で、あなたは何をしてますの?」


「あ、バレたか」



 そこには、卑しくも数々の料理を頬張る、平服のヴァイスが居た。

まるでハムスターのように、頬に大量の料理を詰め込んだ彼は、食べ放題の料理を全てたいらげんとするようだ。



「あなた、普段から食事に困ってますの? そういえば、昼食も質素でしたわね」


「ちげえよ! 毒味だ毒味。

 貴族様たちが毒殺されちゃかなわんだろ!?」


「なるほど。そういう言い訳のもと、タダ飯を食らってるわけですわね?」


「ったりめーよ。本音と建前は使い分けなきゃな!」


「それは建前というよりは、ただの正当化ですわ」


「そうとも言う」



 まったく、この男は……。

こそこそとしていたのも、このためだったようね。

まあ、王子の周りを嗅ぎ回って、面倒ごとを引き起こすよりは幾分マシではあるのだけど。



「おっ、これウマいぞ。お前も食えよ」


「なんですの?」


「シュークリーム。すげえちっさいヤツ。

 でもマジうめえ。中のクリームがすげえ濃い」


「食レポを頼んだわけではないのですけど……。うん、たしかにおいしいですわね」



 なんともそっけない見た目に反し、味はとても良かった。やはり国王の食事を作るシェフだけあって、デザートもかなり上質なのだろう。



「どうだい? 美味しいかい?」



 ふんわりと残るバニラの香りを楽しんでいると、突然声をかけられ、びくりと肩を震わせた。



「あっ、オズナ王子……。これはお恥ずかしいところを……」



 さっと口元を扇子で隠せば、彼は柔らかに微笑みかける。

どうやら、ヴァイスは隠匿スキルを発揮しているのか、私の隣に居ながら、王子には見えていないようだ。

私たちのことなど気にせず、バクバクと食べ進めていた。



「そんなことないさ。君が美味しそうに食べてくれるなら、作った者たちも幸せだろう」


「そんな、大袈裟ですわ。けれど、とてもいい腕のシェフですわね。どれもこれも、大変美味しいですもの」


「そうだね。けれど、なんというか……。国外を知ると、ずいぶん文化の違いを感じるね」


「文化の違い、ですか?」


「あぁ。この国では、あまり料理の見た目をこだわらないだろう?

 味は一流であっても、とても地味なものでね。少し寂しいと思ってしまうのさ」


「留学先では違ったのですか?」


「そうなんだ。どの料理も色とりどりで、どんな味がするのだろうと、ワクワクしながら食事を楽しんだものだよ。

 あまり食べない君でも、きっと気に入ってくれると思うんだけどね」


「なに? お前ってコイツの前では、小食なフリでもしてんの?」



 すっと近付き耳打ちするヴァイスの足を、思いっきり踏んでやった。

ヴァイスは誰にも聞こえない隠匿された悲鳴を上げながら、ごろごろと足を押さえて転げ回る。

それにしても、こんなのでも気付かれないのだから、彼の隠匿スキルというのは本当に異常だ。



「エリヌス、どうかしたのかい?」


「いえ、なんでもございませんわ」


「そうかい? それで……。迷惑じゃなければ、少し外に出ないかい?」


「あら? 他の方はいいんですの?」


「少し息苦しくてね。それに……、相手も気を遣ってくれるだろう?」



 つまりそれは「あとは若いお二人で」という気遣いだろうか。

そんな気遣いなら、さっさとパーティーをお開きにしてくれと思うけれど、今のところは許嫁という立場であるし……。

面倒だが断ることはできなさそうだ。


 少し冷めた夏の夜の風が流れる、中庭のあずまやのベンチに二人で座る。

実際は、他の人に見えていないヴァイスと、さらに遠巻きに目を光らせているエイダの気配も感じるのだけど……。



「やっと、二人きりになれたね」


「…………。ええ、そうですわね」


「…………? どうしたんだい? 浮かない顔して」


「いえ、少し人が多かったので、疲れてしまいましたの」


「そうかい。無理をさせてごめんね」


「いえ、オズナ王子のせいではございませんわ」



 王子は昔と変わらず優しく、そして温かい人だった。

けれどなぜか私は、昔のように彼に親近感が湧かずにいた。

その理由は、彼の未来を知ってしまったから?

それとも、私が変わってしまったから……?



「それで……。少し遅れてしまったんだけどね、二学期から一緒に学園に通うことになるんだ」


「ええ、存じ上げておりますわ」


「もし迷惑じゃなければ、明日にでも学園を案内してもらえないかい?」


「案内……?」


「ああ。手続きは使いの者が終えているのだけどね。

 ただ、学園も広いし、事前に見ておかないと迷ったりするだろう?」


「そうですわね。では、案内役をお引き受けいたしますわ」


「ありがとう。それと……」



 彼は少し目をそらしてから、少し恥ずかしそうにその後の言葉を口にした。



「昔みたいに『お兄ちゃん』って呼んではくれないのかい?」


「ブフッ!!!!」


「…………。王子、少々お待ち下さいね」



 私は植え込みに敷かれた砂利を一つ拾い上げ、吹き出した音の元へと全力で投げつけた。

吹き出し笑いの音も、その後の断末魔のような悲鳴も、王子の耳には届いていないだろう。

それでいい。なにせ彼は、本来ここには居ない人なのだから。



「いったいどうしたんだい!?」



 ただ聞こえたのは、王子の驚きの声だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヴァイスさんの隠匿スキルはここまで凄まじいなのか!?本当にとても凄いですね。
[良い点] 私がワイス様が好きなのと同じくらい、彼自身の過ちのために彼が静かに苦しんでいるのを見るのは陽気です。 これはとても面白い章でしたが、エリヌス様と王子が今どのように異なっているかも混ざってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ