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悪役令嬢は凄腕スナイパー  作者: 島 一守
悪役令嬢は凄腕スナイパー
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02情報屋とヒロイン



「あとはお前だけなんだけどな」



 ヴァイスは、組み伏せられながらもそう言うが、痛くはないのだろうか。

もちろん、私も怪我するほど本気では押さえつけてはいない。けれど、丈夫すぎるように思う。

その上で私の調査を優先するのだから、本当に人間なのかと疑いたくなるほどだ。



「私の弱みを握っても、たいした武器にはなりませんわよ?」


「なに言ってんだ、王位継承権第七位のお嬢様が、なんの力もないわけないだろ?」



 彼が私を執拗に追い回す理由、それは私が公爵家のひとつ、ラマウィ家の一人娘であるため。

そして私が王位継承権第七位であり、現実的ではないものの、次期女王となる可能性があるためだ。



「ないわ。上6人に万一の事態が起こるなんて、ありえないですもの」


「だといいなぁ……?」



 ヴァイスはニヤリと黒い笑みを浮かべた。

それは、昔から彼を見ている私だけに分かる、悪だくみの表情。

この顔をしたヴァイスの提案には、乗らないほうがいい。

それが、私の今までの経験から導かれる結論だ。



「なんですの? その意味深な発言は」


「知りたいか?」


「どうせ高いんでしょう?」


「幼馴染割引しておくぜ?」


「内容次第ですわね」


「仕方ねえな。後払いでいいぜ」



 ヴァイスは立ち上がり、軽く制服に付いた汚れを払いながら、私の耳元へと顔を近づける。

私はそれを扇子で隠しながら、聞き耳を立てた。



「豪商のリカルドが死んだ」


「あら? それだけですの?」


「驚かねえのな」


「その程度なら、いずれ耳に入る話ですわ。

 あなたほどの地獄耳なら、その先もあるのでしょう?」


「よくわかってんな。さすがエリーちゃんだぜ」


「いいから続きを」


「やられた理由なんだがな、どうやらヤツは裏で奴隷を扱っていたらしい。

 それによる恨みじゃないかって話だ」


「へぇ……。恨みによる犯行というわけね。

 商店を襲撃されたのかしら? だとすれば、警備を厳重にしないと……」


「いや、いつものアイツだ」


「アイツ?」


「鉄の死神」



 それは、正体不明の殺し屋についた名前。鉄を操り、玉を弾くことで相手を死に至らしめる。

それが実際は鉛であることや、魔術によるものでないことは、この世界しか知らぬ者には想像もつかない。

だから相手は魔術師である、そのようにあたりを付けて捜査されている。

そして彼は、そのような捜査によって上がってきた情報を、手段は分からないが手に入れてくるのだ。

まあ、合法的手段でないことだけは確かだろう。



「…………。最近世間を騒がせている、魔術師ですわね」


「あぁ。これで少なくとも3件目だな」


「少なくとも?」


「全部が事件になるわけじゃない。見逃し、もみ消しなんて可能性もあるからな。

 ともかく、今回も鉄の玉で頭をブチ抜かれたらしい」


「それでは防ぎようがありませんわね……」



 小さくため息を漏らせば、ヴァイスはさっと離れ、ニヤニヤしている。

ご褒美を待つ犬のようだが、事実そうだ。

このニヤつきは、情報料をよこせ、そのサインである。



「エイダ、金貨3枚を」


「ちょっ!? エリーちゃん、それは少なすぎねぇ!?」


「なに言ってますの? 昼食6日分くらいにはなりますわよ?

 それに、情報はあっても、有益ではありませんもの。

 報酬をはずんで欲しいのなら、死神の容疑者か対策法。

 もしくは、次に狙われるであろう相手の目星くらい付けなさい」


「おいおい、そりゃ無茶な相談だぜ……」


「無茶を通した者こそが、報酬を得るものですわ」


「チッ……。仕方ねえな、もうちょい調べてやるよ」



 ヴァイスは手持ちぶさたに、金色の三枚の硬貨を宙へ転がしながら、ヘラヘラと学園へと向かってゆく。

その背を見送りながらも、エイダは渋い顔を崩さなかった。



「お嬢様、かのような者と関わりを持つのは……」


「昔からの仲ですわ。いまさら何を」


「ですが……。相手の家は準男爵、立場が違います」


「使えるものは使う。当然でしょう?」


「…………。くれぐれも、お気を付け下さい……」



 それ以上の言葉はない。

他の者も居るこの場で、それ以上を言うわけにはいかないのだ。

学園の中では、皆一様に生徒として変わらぬ扱いを受けることになっている。

そこには公爵も準男爵も、貴族と平民を隔てるものすらない。

もちろん、建前上はという話だが……。


 邪魔が入ったものの、再び歩み出せばすぐに学園の昇降口だ。

靴を履き替えれば、知った顔が見える。

ピンクのショートヘアがなびく、幸薄そうな顔の女。

同じクラスであり、能力を認められて学園に入学した平民のうちの一人。


 名前はセイラ。ただの生徒にしか見えない、いたって普通の目立たない女。

けれど、彼女こそがこの世界の中心に立つ存在だ。

そして、この世界の行く末を決める者だった。



「あらあら、なにか臭いませんこと?

 学園への嫌がらせに、生ゴミでも放り込まれたんじゃなくて?」


「っ…………!」


「あら、あなたいらっしゃったの?

 あまりの臭さに、生ゴミと勘違いいたしましたわ。

 これは、生ゴミに失礼なことを言ってしまいましたわね」


「…………」



 女はすごすごと引き下がり、うつむいて道を開けた。

言い返すことも、なにも気にしていない素振りで、挨拶をかわすなんてこともない。

肩を震わせ、自身は壁だと言わんばかりに、ただ息を潜めたのだ。



「フンッ……。エイダ、ゆきますわよ」


「はい、お嬢様」



 いつもの光景だ。そして、あるべき光景だ。

私は悪役令嬢。彼女を虐め、彼女の壁となり、立ちはだかる存在。

世界の裏にあるはずだったその真実を聞かされても、変わることはない。

いえ、変えてはいけないのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 辞任した悪役はいいです。 時々、世界は残酷であり、運命を変えることはそれを生き抜くよりも恐ろしいです。 この世界の中心が彼女をどこへ連れて行くのか見たいです。
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