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7話

アイク視点続きます。

 窓を開けると潮の香が海からの風に運ばれて部屋の中を港町の空気に染めていく。幾分まだ肌寒いが、春の訪れと共に少しづつ空気が緩くなっていく。この時期から数か月は雨の日も少なくなってきて過ごしやすい季節になる。


 まだ日が明けないうちから舟を出している漁師たちも、幾分か仕事がしやすくなってきているのだろう、知り合いになった彼らの顔も明るく感じた。





 俺の身体に限って言えば、極論してしまえば寒さも暑さもあんまり関係ない。俺という存在は、神の端末となり物理的な制約からある程度解放された。


 本質的には精神生命体に近い存在になっているらしい。


 厳密にいうと、もっとややこしい存在らしいのだが、理解するのも面倒くさい。知らんでも生きていけるから、気にするなとはネットワークの先達からのアドバイスだ。




 神の端末のカトラリーとしてみると、この世界の親からもらった肉体は前世の記憶を取り戻してからはこの世界から落ちない為の楔としての機能以上に役目はない。


 そして記憶を取り戻してカトラリーとして活動を開始した際、マニュアルに従い幾つかの処置を施した後は、楔としての機能もそれほど重要ではなくなった。



 だがそれでもほとんどのカトラリー達は、その世界で初めて得た身体を、一番大事にする。基本的に始まりが物理的な肉体に依る生物である為に、その世界で最初に得た物理的な肉体の存在は、精神の安定に大きく影響するのだ。


当然、その肉体が健やかな状態であることを本能的に求めるし、食事も睡眠も性欲も、生物として必要な行為全てが精神安定に重要な要素になっている。



 それも、時間を数えるのも億劫になるほど転生を繰り返し長い時を生きていく内に、それほど重要ではなくなるらしい。だけど、カトラリー歴121年の尻に卵の殻が付いているヒヨコ同然の俺にとっては、間違いなく重要なポイントだ。


 だから油断をすれば寝込みを襲われることもありうるって事になる。




 「おはよう、アイク。」


 「アイクさん、おっはよ。朝ごはん出来たってよ。」



 いつも通りに朝食のお誘いに来た彼女たちにはあの時の事を匂わせるような言動な無い。




 事案発生のその日の昼には無事にルーフェスの門を通り抜ける事が出来た。色々と混乱していた俺は、彼女たちの指示にただ従って行動しているうちに、気が付いたらいつの間にか宿を確保していて、町のはずれにある大き目な屋敷を購入する手はずが整っていた。



 ローズもマリアも朝の出来事をどこ吹く風で、話題にしなかったので俺から話し出すのも躊躇われた。その件についての会話は、彼女たちが目を覚ました直後に交わした際の僅かな言葉だけだ。



 「おはよう、アイク。ねぇ、落ち着いてよ。安心してね。強引に押し倒すつもりは無いから。」



 「ローズ言い方。……、昨日はごめんね、つい黄金の右で突っ込んじゃった。今日はそのお詫びもかねて寂しくないように添い寝しに来ただけだから。見てよ、その気ならジャージで殿方の寝所に忍び込む女はいないでしょ。」



 「このままじゃ、私たちの関係が先に進みそうにないからね。少しだけ強気で行ってみただけ。皆が騒がないうちに部屋に戻るわね。」



 「朝ごはん出来たら、また呼びに行くから。それまでベッドで私たちの香りに包まれて、まっててね、アイクさん。」



 唖然として一言も発することのできなかった俺に笑顔でそう告げた後、二人はそそくさと自分たちのコテージに戻ってしまった。ベッドには二人が使っているシャンプーの香りが残っていた。



 今ではあれは夢だったんじゃないかと思っている。ただ、その日以来、マリアは俺の呼び名はアイクさんで変わらないけど、言葉遣いが敬語じゃなくなって、彼女の本来の話し方になったみたいだ。


 まだ時折敬語が出たりするけどな。




 それから既に3か月。仮宿から買い上げた屋敷に居を移してからなら2か月、気が付いたら過ぎていた。最初の一月は屋敷の最低限の生活インフラを整えるのにえっちらおっちら頑張っていた。知識も経験もある上に魔術という只人にはないアドバンテージがあるにもかかわらず、元々それらの使い方を想定されていない屋敷に手を加えるのは簡単な事ではない。


 お陰で俺の中では元の世界のリフォーム職人さんの株が天井知らずで高騰中だ。




 一応このルーフェスでは上下水道の整備はされている為、大きい家には上下水の設備が設置されているところも多い。当然使用料として毎月にそれなりの税金を支払う必要は出てくるが。



 そして、この屋敷にも上下水は通っている。その為、給水排水の心配いらず、遥か未来のオーバーテクノロジートイレを導入する必要はないが。


 流石に元は裕福な貴族の隠居先であったらしく、庶民の物よりは清潔な、それなりのトイレが設置されてはいる。だが、それでもトイレ事情はこの世界の平均並みであり、平たく言えば汚い。迂遠に表現するならとても衛生的とは言えない。



 中世ヨーロッパ宜しく、オケツを拭くためのスポンジの様な物が付いた棒を水で清めて使うスタイルで、正直に言ってついていけない。家族で共用したりするので、簡単に感染症が蔓延してしまう要因になっていたりする。


 庶民だと、葉っぱを利用したりするようで、痔主にとってはある意味悪夢である。出先で気軽にトイレを借りるわけにもいかない中世のトイレ事情。




 皆おんなじだから気にしない、で済まないのが現代日本の記憶を持つ我々とそのお零れを頂戴することになったお供たち。



 コテージやプレハブ小屋のトイレ含む水回り関係は、現代日本と同等の水準を維持している。その為「純粋にこの世界出身」の侍女や御者達は既にその毒牙にかかっており、今更劣悪なトイレ事情に後戻りすることはできない。異世界からの来訪者達にとっては言うに及ばず、だ。



 今回、屋敷の改修でもお嬢様方含めて全員にそのポイントについては極めて強い要望が上がっている。その分手抜きは許されない。その上なる早で、という要望もあった。



 お嬢様方曰く、可能な限り早く、トイレだけでも使えるようにしてほしいそうで、出来ればお風呂も使いたい。



 だけど下水回りの基礎工事もそうそう簡単にはいかない。基本的に石造りの土台で家屋は壁で重量を支えるタイプの建物だから、建物の構造を分析したり、配管をとおすためのスペースを確保したりとやらなくてはならないことが山ほどある。



 専門職でもない俺にしてみれば、簡単にはいかない作業だけど、今は何かに集中して作業できる環境がありがたい。

 

 試行錯誤して結局屋敷を一部崩壊させて慌てて術式を展開して元に戻して、魔法で構造を一時的に強化して、補強の為に構造から変更して、また崩壊させて、元に戻してやり直す。



 どこか地面に穴を掘ってから、それを埋めてもう一度穴を掘る、を繰り返しているような気にもなるが、着実に一歩ずつ前進しているのは間違いない。




 頭を空っぽにして、この事に集中していると、あの日の朝について考えずに済む。あの後、別に嫌な気分にならなかった。少し浮ついた気分になっている自分に気が付いた。



 だから余計に絶望的な気分になる。せめて彼女たちを軽蔑し、嫌いでいられるならハーレムがどうとかいう事になっても。






 関係を持ったとしても、何も感じないで済むかもしれない。



 良いなと思い始めている自分がいる。



 気が付いたら一度、彼女を目で追いかけていた。



 それが辛い。



 いつもならすぐに心の棚に置いてしまえるのに……。



 目を奪われたのは一度だけだ。まだ大丈夫。




 それでも、彼女たちを置いて行方をくらます気にはどうしてもなれなかった。

気が向きましたら評価お願いします。


忙しいときは1日1話分書き溜めるのが精々なようです。

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