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4話

ローズ視点

 温められ、お皿に盛られたレトルトのカレーライスを前に、緊張で微かに手が震えている自分が可笑しくなる。


 たかがカレー。されど私にとっては前世の記憶を揺り動かす、もしかしたら人生の転機になるかもしれないカレー。


 残念ながら私の妄想はこのカレーでも叶わなかったけど、一口、口に含んだカレーの懐かしい味と香りはビールの時以上に私の精神を過去へと誘って、思い出の世界に私を閉じ込めた。


 このままこの世界に閉じこもっていたい。自然と一口、一口を大切に。貴族として教育されたマナー以上に、丁寧に口に運ぶ。





 気が付いたら、お皿に盛られていたカレーはすべて私の口の中に消え、私は余韻を楽しみつつ、彼が用意してくれた新しいビールと御摘みの袋の山の探索を始める。


 昔コンビニで見かけたことのある色々なお菓子、乾物に目を奪われる。あんまり下品にならない程度に一つ一つ確かめるように手に取って何を食べようか迷っていると、子供の頃に好きだったお菓子が目に付いた。


 確か、私が社会人になる前に製造会社が倒産して絶品になってしまったお菓子だったはず。懐かしさに思わずそのスナック菓子を手に取り食べ始める。幼い頃の思い出の味に、今度は子供の頃の記憶が胸の中に溢れ出す。前世のお父さんとお母さんが側に居てくれるような、そんな雰囲気に少しの間浸っていた。


 正直、目の前の男の正体がどうとか、現状の把握、打開策の検討なんか頭から消えてしまっていて、多分久しぶりに感じた幸せの時間と充足される一時。


 そんな一時は不意の一言で泡のように消え去った。



 「水分が残っていたか。乾燥の魔術が不十分だったかな。」



 魔術。その一言が私を現実に引き戻す。魔法の存在を仄めかす言葉に私の中の危機感が増大し、弛緩した気持ちが一気に引き締まる。同時に彼の気遣いに気が付いて心の中で頭を下げる。おそらく、私が久しぶりのビールとカレーを楽しんでいる間はできるだけ無言でいてくれたのだろう。


 これだけでも彼の精神性が世の話に聞く戦場の幽鬼とかけ離れていると気づかされる。でも彼は戦場の幽鬼エイリークで間違いないだろうことは内心確信している。


 ともあれ今は現時点で手に入れた材料を使って、これから始まる交渉の土台作りを始めなくてはいけない。まずは相互理解を進め、お互いの立場を明確にする作業から始めるべきでしょう。


 ただ、焦ってはダメ。せっかくお酒が入ってゆったりとした雰囲気が形成されつつあるのだから、この雰囲気を利用しない手はない。ゆったりとした時間を意識して、稼いだ時間で可能な限り手を模索する。


 でもそれを彼に悟らせてはいけない。焦らなくていい。一つ一つ片付けていこう。そう自分に言い聞かせる。


 まずは、お礼を述べて、私の立場を一つ確定する。私はあなたと敵対するつもりはありません、と。



 「理由や結果がどうあれ、貴方は私を救ってくださったのですわよね。まずはお礼を言わせていただきますわ。あなたの献身と善意に感謝を。」



 立ち上がり、きれいに礼をする。こちら側の世界でのカーテシーではなく、日本式で頭を下げる礼で。言外に、あれは不幸な事故だった。あなたには責任はありません。あなたの行動で私は助かりましたと伝えたつもりだけど、伝わるかな。



 「あぁ、あんまり気にすんな、てか気にすんな。なんか色々とやらかしちまったみたいだしな。とりあえずその辺は置いておこうや。」



 駄目ね……。多分、伝わってない。


 今度はもう少し露骨に……。



 「しかし、あのまま状況が推移すれば、あの者達が比較的善意の集団であったとしても私の先には幸運とは言い難い運命が待っていた事でしょう。少なくとも現在無傷で焚火にあたり、こうして懐かしい物を口にして人心地をつける事が出来た。あの者たちには申し訳ありませんが、それだけでも十分に礼を尽くす必要がありますわ。繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。」



 「わかった、その辺にしておいてくれ、もう十分だ。」



 私の意図は伝わったようには思えないけど、私が本当に感謝しているという事。そして私が転生者であることを認める発言をした事は多分伝わっているはず。




 彼が目をそらしながら新しいビールを開けて呑み始める。動揺しているのだろうか、少しの間だけど彼の顔の輪郭が揺らぎ、下の顔と重なり始める。私も行動を合わせて、彼と同じくビールを開ける。同じ動作をして親近感を醸し出す、私はあなたと同じですよというサイン。ただし彼はドライを、私は一番を。


 全部は合わせない。お互いの個性の違いを僅かに匂わせて立場の違いを印象付ける。微笑みながら一口飲んで一度間を開けよう。



 「そういえば自己紹介がまだでしたわよね。私の事は、そうですねよろしければローズとお呼びください。」



 いきなりフルオープンにはしないで段階を踏む。説明するときは一息に押し流す感じで。でも、その前に一度引いて見せる。相手にしてやったと思わせて気分よく話を聞いてもらう為に、攻撃する隙を作る。


 だから最初からフルネームを明かさないで少しだけ勿体付ける。



 「あ、あぁ。そうか、名前だな。俺は周りの連中によくエイリークって呼ばれていた。まぁあだ名みたいなもんだ。親に着けてもらった名前はアイク。」



 確信が確定に変わった瞬間。やっぱりあの戦場の幽鬼エイリークだった。まぁ、ヒントは幾つもあったし、あの人間離れした強さでは他の人物を想像するのは少々難しいでしょうけど。



 「エイリーク……。やっぱり、戦場の幽鬼エイリーク。でもあれは少なくとも70年以上前から続いている話のはず。こんなに若いわけないわよね。そうすると同名の別人か子孫の方かしら。」



 それが一番常識的な考え。仮にも自分を殺すかもしれない人物なのだから、記憶を取り戻してから数年かけてエイリークについて色々と調べたわ。

 

 その結果わかったのは、おそらくエイリークという人物は実在しているという事。そして7~80年前くらいから同名の人物が世界の各地で色々な事件を起こして名を残している。それほど昔から存在しているはずなのに、つい最近になっても彼の逸話が彼方此方で新しく出てきているのも興味深い事よね。


 驚くべきことにエイリークに関する一番古い記録は、200年近く昔に滅びた国で語られていた英雄譚の主人公だったりするのよね。


 そこから推察するに、アイクの人間離れした強さを目にした周囲の者たちが、とある国で英雄として語られていた戦場の幽鬼エイリークの名で彼を呼ぶようになった。そういう事かもしれない。もしくは英雄の血と名を代々継いでいる一族がいて、今はアイクがその名前を継いでいるとかかしら。


 ただ、彼が私の予想通りの転生者なら、彼自身がエイリークである可能性もでてくる。大体、これほど人間離れした強さを持つ存在が、時代が違うとはいえ他に何人か出てくるようだと、人類の存続が危ういかもしれない。



 「何のことだかわからんが、少なくとも80年近く戦働きを続けているからな。もしかしたらどこかで噂位は流れているかもしれん。」



 何やら沈痛な表情を浮かべて答える彼に内心、予想外の答えが返ってきたことに驚く。ちょっと自分の状況を素直に話し過ぎないかな?普通、事実だとしてもこんな簡単には信じてもらえない様な話を初対面の女に打ち明けるだろうか。適当に胡麻化して話す方が普通の対応だと思うけど。


 そう来るなら、それを素直に受けて隙を作る。それしかないよね、これ。



 「はて、どう見てもそのような高齢者には見えませんわ。その言葉が本当なら貴方は現在100歳近いということになりますけど、どう見ても30歳未満、素直に見たら20歳前後にしか見えません。」



 こんな仕掛けに、引っかかるとは思えない。けどとりあえず私が見当違いをしている風に彼は理解するはず。こいつは何もわかっていない、もしくは信じられないのは当然だよな、みたいに思っているかな。


 それだけで私に対して精神的に優位にたっていると感じる。彼の本質が優しさであれば、自分に余裕があるのなら他者へも譲歩をする可能性が高い。


 少なくとも私の話を聞こうともしない、みたいな状況は回避できるはず。


 精神的に劣勢に追い込んでイライラさせて判断力をそぐ方法もあるけど、実力が圧倒的に弱い立場にある私がとるべき手ではないわよね。



 「正確には今年で120歳って事になるがまぁ、色々と事情があるんだよ。信じる必要はないし、信じてもらいたいとも思ってないから、この話はこれでおいておこうか。……、第一信じたところで意味無いしな。」



 最後に聞こえるかどうかの大きさでボソッと話した一言。少しまずったかな。どこが引き金になったのか、信じてもらえないという部分かな。


 とりあえず怒りを買うのは得策ではないわね。



 これで少なくとも英雄譚として語られていた戦場の幽鬼エイリークは彼ではないという事はわかった。でも、そうするとそれ以外の7~80年以内のエイリークは彼だという事になるのかしら。




 間を開ける為、ビールに口をつけて少しの間飲み続ける。ちょっとペースが速いわね。すこしやばいかもしれない。この程度で酔っ払ったりはしないけど、別の心配が出てくる。せめて切りのいいところまで話をもっていかないと。


 そう思いつつも、もう少し間が欲しくてビールを口にする。その間に考えをまとめたいけど、ただ黙っていては相手を焦らしてしまうかもしれない。少し考える時間が欲しいの。考えをまとめている途中、頭に浮かぶ単語を口に出すことで、彼にサインを送る。まだ、もう少し考えさせてね、と。



 単語の中には私が正解に近づいているのかもと思わせるような単語も混ぜておく。転生、神様、チート。これに反応すれば、おそらく彼は私と同じラノベやその周辺の漫画アニメのファン、もしくは知識がある事が確定するけど。




 呟いているうちについつい本音も漏れてしまう。不老とかうらやましくない?一度女を30過ぎまで経験すると、体の端々に嫌でも出てくる色々な老化のサインに頭を抱える事もあるのよ。そこから先は未知数だけど、母や祖母から聞いた話で大体想像できる。


 あぁ、永遠に生きたいなどとは少しくらいしか思わないけど、不老はとても羨ましい。いつまでも若いままいられるなんて最高じゃない。スキンケアの必要が無いというのは乙女の夢である。と強く主張しているうちに、本来の目的から逸れてきた。





 一端仕切り直して、まだあんまりいじっていない御摘みの山の攻略を再開する。ついでに空になったビールを新しく開けて、口をつける。


 ビールのお摘みに出された山にチョコレートは入ってないだろうなぁと思いつつ、女の子=甘い物という単純な思い付きで山の中にチョコレートが入っている可能性を信じて捜索を開始するとほどなくして目的の物を発見。


 彼の単純な思考パターンに心の中で感謝をささげる。


 早速一粒口に放り込むと、懐かしいチョコレートの香りと甘さが口いっぱいに広がって四度私を前世の世界に誘う。



 この世界にはカカオ豆、無いのよねぇ。隅々まで探したわけじゃないから本当に無いのかはわからないけど少なくとも、私の知りうる範囲にカカオ豆を利用したと思われるお菓子や飲料、薬なんかは見当たらなかった。


 珈琲もないけど紅茶と緑茶はあるんだよね、この世界。




 チョコレートとビール、合わないと言えば合わないけど私は気にしない。ヒョイパク、ゴックンとチョコレート、ビール、チョコレートと繰り返してお口をリセットしながら飲み進めていると、いつの間にか思考停止していて焦る。所謂無我の境地というものかもしれない。



 「ペース早かねぇか?500缶だぜ?どんだけ酒強えぇんだよ。」 



 この一言でようやくあっちの世界から帰ってこれた私は咳ばらいを一つして体勢を立て直す。ちなみに私が漏らした単語に彼は漏れなく反応していた。


 おそらくは私と同じ世界の住人のはず。



 「まあ、幽鬼の件は今は置いときましょう。それよりもお互いの認識をすり合わせておきたいのだけれどもよろしいかしら。」



 「ふん、お互い自己紹介をやり直すか?俺の元の名前は小林晶。お前さんは?」



 ここで彼がまたポイントを稼いで相対的に優位に立つ。ただし彼の性格上、精神的に優位に立つことが交渉上優位に立つこととイコールには、おそらくはならない。



 「ふぅ……橋本恵美。いいわ、やり直しましょうか。こっちでの名前はローゼリア・エル・ルーデリット・バルフォルム。ローズは愛称よ。」




 ここからが相互理解の土台を作り出す第2段階。




 呑まれるな、私。お酒にもエイリークにも。冷静さを保って目指すゴールまでもっていく。まだ口はまわる。思考も乱れていない。のまれるな……。


面白い、続きを読みたいと思っていただけたなら下記の☆の部分で評価していただけると嬉しいです。

おかしな表現、文章、くどい表現、読みにくい等のご指摘がありましたら感想欄で教えていただけると幸いです。


読んでいただけてもなかなか評価に繋がりませんね。

面白い、と思っていただける話を書くことの難しさを感じています。


応援、宜しくお願いします。

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