今日だけは
よろしくお願いします!
「……何、これ」
ダンスパーティー当日。朝。
私は目の前に積み上げられた大量の宝石付きのアクセサリーや、何着ものブランド物のドレスを見て呆然とした。
「お嬢様。全てグレン・ウォード様からの贈り物でございます。
お手紙も預かっておりまして……」
そう言って侍女のアンナが差し出してきた手紙を受け取り、中を読んだ。
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──アイラ・ブラウン殿。
私からの贈り物は喜んで頂けたでしょうか。
少しでもあなたの心に響いたのなら幸いです。
そして、もしよろしければ、それらを身に付けてパーティーに参加してもらえないでしょうか。
お美しいあなたとお会い出来ることを、心待ちにしております。
グレン・ウォード。
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うわさっむ。
寒気を感じて青ざめた私と違って、内容は事前に読んでいたのであろうアンナは頬を赤く染めていた。
違う。違うからねアンナ。
そんなことを思いつつ、また手紙に目を通した。
……えーっと、要約するとこうか。
俺からの贈り物で気に入るやつはあったか?
ならそれを着てきてくれ。
いつも地味な格好して目立たないようにしているお前が着飾ったら、誰もお前だとは気づかないだろ?
じゃ、待ってるから、ちゃ・ん・と、来いよ!
うん、これだ。間違いない。
ため息をつくと、アンナは困ったような顔をした。
「どうなさいますか? お嬢様」
……。
正直言って、面倒くさい。
けど、行かなかった時のグレンの煩さや、見つかった時のカイ・マーフィーの恐ろしさを考えると、明らかにマシな気はする。
「……アンナ。今回はグレン様のご厚意に甘えようと思うのだけど、頼める?」
憂鬱な気分でそう言った私に対して、アンナは目を輝かせた。
「本当ですか!?
私、常日頃からお嬢様は更にお美しくなれると思っておりまして!!」
鼻息粗めで興奮した様子のアンナにひいた私が一歩下がると、アンナは三歩近づいてきた。
「お嬢様のよく手入れされた長い髪っ、好き嫌い無く育ったことが伺える白い肌っ!!
お嬢様は本当に素材が素晴らしいのですよ!?」
「は、はい?」
「ですがお嬢様が今までそういったことには興味は無く……」
な、無かったですね確かに。
「私がどれほど、この機会を待ち望んだことか……」
そう言いつつ涙目になるアンナから私が二歩下がると、アンナは六歩近づていた。
何この子怖い!!
「……では、お嬢様。
さっそく、始めましょう」
「ひっ……」
にこやかに笑ったアンナが怖いと思ったのは、初めてだった。
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数時間後。夕方。
様々なところを磨かれ手をつくされた私は鏡を見ていた。
「誰これ……」
いつもおろしている栗色の髪は結い上げられ、瞳と同じ淡い緑色のドレスを纏い、緑色の宝石を付けた自分は……いつもの私と同一人物には見えない。
アンナ、恐るべし。
そんな風に鏡に映る自分を見ていると、ふと考えてしまった。
……前世の時は高校一年生の時に死んじゃったから、こんな風にお洒落したこと無かったな。
本ばっかり読んでたし、そもそも興味が無かったし……恋愛だって。
『俺に興味無いだろ』
グレンに言われた言葉は、紛れもない事実だった。
……前世で恋愛は、しなかった。
しないようにしていた。
理由は些細なことで、子供染みた反抗のようなものだったけど。
「お嬢様。グレン・ウォード様がお見えになられました」
……変なことも思い出してしまった。
いい加減、考えないようにしないといけないのに。
「……わかったわ」
アンナに返事をしつつ気持ちを切り替えて、私はグレンが待つ馬車へ向かった。
門までたどり着くと、そこには馬車から降りて待っているグレンが居た。
黒髪から覗く金色の瞳は、とても鋭く光を帯びていた。
黒いタキシードを纏った姿を見て、さすが乙女ゲームの攻略対象……と思ったほどだ。
「お待たせ致しました。グレン様」
他の使用人達もいる手前、いつもよりも丁寧な挨拶をする。
その後、下げた頭を上げると、グレンは固まっていた。
「え……え? え??」
パクパクと口を開閉して魚のようになっている。
この人大丈夫か……?
「グレン様……?」
少し怪訝な目で見ると、グレンは魚もどきをやめた。
「あ、いや……では、行こうか。アイラ嬢」
「はい」
馬車に乗った。
使用人は居なくなり、ほっとする。
この状況なら、多少失礼な態度をしても大丈夫なはずだ。
グレンは言った。
「お前……本当にお前なのか?」
「何言ってるんですか?」
お前はお前か?……って、語彙力はどこへやったのだろうか。
「だっていつもより……」
「はい?」
「いや……ずっとそんな風な格好で居た方が良いんじゃないか?」
……あー。そういうことか。
「グレン様はこちらの方がお好みですか?」
「ばっ!? バカかお前は!?」
「は?」
「す、すまない。けどな……」
「まあ、驚くのも無理は無いかと。
私も侍女達の腕前に感嘆しましたし」
「……そんな格好してても、お前はお前だな」
「どういった意味ですか?」
「安心するという意味でも、悪い意味でもあるが」
「……悪い意味?」
「お前はどんな時も笑わないな、という意味だ」
その瞬間、喉に何かがつかえた感覚がした。
誤魔化すように、グレンに言う。
「……笑ってますよ?」
「本気で笑って無いだろ? 見てればわかる。
お前はいつだって、無表情だ。
ソフィー嬢の前では、楽しそうにしているが」
……どうして、わかるんだろう。
「なぜ気づいて……」
「ソフィー嬢のことはよく見てるからな」
「え……?」
急なストーカー宣言……?
「あ! 違っ!! 変な意味じゃなくてだな!?
……ソフィー嬢を見かけた時に、お前と一緒に居るのをよく見る。
その時のお前は、楽しそうだ」
あ、そういう意味か。
少し意地悪な返しをした。
「…………それが原因で、最初あなたに罵倒されたこともありましたね」
「うっ」
苦笑いしながらグレンを見ると、グレンはふと真面目な顔をして、真っ直ぐにこちらを見た。
「……あの時は、本当にすまなかった。
アイラ嬢は、とても良い人だ」
「……え。あ、はい」
び、びっくりした。いつも急だなこの人は。
そしてグレンは更に頭を下げた。
へっ。
「……それでも、不躾なことではあるが、俺はソフィー嬢が好きで、色々な面で手伝ってほしいと思っている。
改めて……今日はありがとう。そして、よろしく頼む」
……すぐにキレる所は欠点でも、素直に頭を下げれる所は……この人の美点なのかもしれない。
「顔をあげてください」
だから……今日だけは。
打算的な考えでは無く、ただ単純な気持ちで。
「……協力しますよ。もちろん。
今日だって、そのために此処に来たのですから。
……こちらこそ、よろしくお願いします」
バカで、真っ直ぐな………そんな人の、味方でいよう。
顔をあげたグレンは、笑顔でこう言った。
「……笑ってくれたな」
「え?」
「いや……本当にありがとう」
「……はい」
笑ってたって……私が?
戸惑っていると、馬車が停止した。
「着いたな」
そう呟いたグレンは馬車から降りて、手を差し出す。
「お手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
柔らかく笑ったグレンに少し戸惑いながら、手をとった。
──そしていよいよ、ダンスパーティーが始まる──。
次回は、いよいよダンスパーティーです……!