チー牛、beef(ビーフ)になる
俺がアイジェン師匠に弟子入りしてから数ヶ月が経った。
色んな言葉やテクニックを教わったし、ネットライマーとしての考え方などを色々と学んだ。
毎日バトルをしたり、テーマを決めてそれに対するリリックを書いたりした。
他にもマイクリレーといって、師匠が最後に踏んだ韻を利用して自分がリリックを続けたりと、多種多様なネットライムの遊びをさせていただいた。
たまに他人のバトルを見て二人で分析し、利点と欠点について話し合ったりもした。
アイジェンは俺にとって師匠でありマイメン(親友)となっていった。
まぁ、多分ヤ○ザだからリアルだったら近づきたくも無いだろうが。
ネット上ではお互い何のしがらみもなかったので純粋に楽しめた。
師匠のおかげで他の人のバトルを見てある程度実力を推し量れるようになった。
さらに自分が今どの程度の実力なのかも理解できた。
師匠は相変わらず韻乱闘城においてほぼ最強の存在だった。
お互いのスタイルがあるし、判定してくれる人達によって結果も変わるので必ずしも勝つというわけでは無かった。
当時の俺だったらその曖昧は判定基準への不満はあっただろうが、今は受け入れられる。
「上手い下手」で選ぶか「好き嫌い」で選ぶか、というものだ。その判定基準に制約は無い。
ただ、師匠はそんな韻乱闘城を上手にまとめ上げており、みんなからの信頼が厚かった。
俺も師匠の許可を得て他の人とバトルを始めた。どんどん勝率も上がっていったし、少しずつ友達登録数も増えていった。
そんなある日、俺がバイト中のの事だった。
バイト先は東京の田舎の大型ショッピングモール『IN-ON』のフードコートにある『牛牛』という牛丼のチェーン店だ。
ちなみに俺のオススメは「チーズ牛丼のご飯少なめ、トッピングのチーズをダブル」だ。これで俺が考案したトリプルチーズ牛丼が完成する。やたらチーズが主張し、米が少ないことでどんぶり内の均衡が崩れ乱戦となる。完食後に俺の胃袋を満たしたものは一体なんだったのか、俺はそのギャンブル的要素を牛丼に求める生粋のワルなのだ。
今日は平日でしかも大雨ということもあり客も少ない。昼のピークの時間帯も過ぎてフードコート全体がスカスカだった。
俺は仕事の合間にスマホを触っていた。
暇な時はお客さんの目につかなければ多少スマホを触るくらいは許される緩い職場なのだ。
韻乱闘城を開くと掲示板に対戦相手募集の書き込みがあった。
「―――――――――――――――――――――
はじめまして、MC丼って言います
ここの掲示板は初めてなのでよかったらバトルしてください^^
―――――――――――――――――――――」
ごくありふれた書き込みだった。
「―――――――――――――――――――――
はじめまして!チー牛と申します。
自分でよければバトルしましょう!
―――――――――――――――――――――」
俺のレスもごくありふれた書き込みだった。
時間帯ということもあるのだろうか、韻乱闘城は閑散としており、俺が唯一の挑戦者となった。
「―――――――――――――――――――――
「お願いしやーっす!」
(MC丼、突然距離詰めてきたな。リアルだったら一番苦手なタイプだ。とりあえず黙ってバトルをするのが良さそうだ)
「ルールは2バース、猶予期間48時間でいいでしょうか?あと先攻はどちらからしましょうか?」
(俺はいつも通りの手順で話を進める。本来はバトルを持ちかける側がルールを決めており、その条件を飲める人がバトルを受けるというのが一般的だが、MC丼は初心者らしかったのでこちらがルールを決めておこう。ちなみに本来は3バ(3バースの略)が一般的だが、3バだとマンネリ化する事が多いので俺は2バでやるようにしている)
「どっちでもいいんでさっさとやりやしょー!」
(何だこいつ?ものすごく態度が気に入らないな。早くやりたいなら先攻は誰がするか返事をしてくれれば直ぐにバトル開始出来ていただろうな。そんなに早くしたいならお前に先攻を譲ろう)
「ではMC丼さんが先攻でお願いします!スレたてておきますね!」
―――――――――――――――――――――」
俺はスレをたて一段落した。後はこのMC丼のリリック待ちだ。MC丼は喋る分には苦手なタイプだったがバトルとなればどうなるんだろうか。俺はそう考えながら一旦仕事に戻ることにした。
途中休憩に入り韻乱闘城の掲示板を見ると早速MC丼の書き込みがあった。
「―――――――――――――――――――――
1、MC丼
いいかよく聞け毛虫共
俺が天下のMC丼
パッとラップするlike a ガンマン
しかも百発百中のマシンガン
リアルサグライフ、近づいちゃ危ない
wackなチー牛に突き刺すジャックナイフ
仲間にcallingして夜の街walking
クラブでdoping、いつものように
―――――――――――――――――――――」
ふむふむ。
とりあえず分析してみるか。
「毛虫共」「MC丼」
「(ガ)ンマン」「(マシ)ンガン」
「サグライフ」「危ない」「ジャックナイフ」
「calling」「walking」「doping」「ように」
韻の踏み方、言葉選びのセンス、disの攻撃力。
どれをとっても「中の下」といったところだな。
『サグ(thug)=ヤ○ザ的な意味』だったな。
ここでのサグライフはそのまま『ストリートな生き方』を意味してるのか?それとも『自分流の生き方』を意味してるのか?
とりあえずリアルな時もhiphopな感じらしい。
1バでこれだと2バでうまくなって突然化けるとは思えないな。こいつのこの語彙力で俺がこれから書く1バに対して的確なアンサーを返せるようには思えない。
もしその実力を隠していたのなら1バを捨てているように思える。
もしくは『フリースタイル(=即興)』で書いたような、荒削りなリリックだ。
途中休憩もそやろそろ終わるので俺はバイト中にアンサーを考えておこう。