チー牛、フリスタをする
夏休みも間近になり今日は最後の講義があった。
実験室では夏休み以降のスケジュールなどについての説明があった。
みんな浮かれていて、夏休みに何をするかなどについて話し合っていた。
俺は一人でスマホを眺めながら先生の話を聞いていた。
「あ~~それと、夢山!お前テストギリギリだったろ?あと、実験サボって他人にさせてたって聞いたぞ?やる気無いなら落第させるからな!嫌ならこの後実験室の掃除しとけよ!」
なんとなく実験室がシーーーンと静まり返って気まずい空気になった。
先生は実験室の空気を悪くするだけしてみんなに配る資料をコピーし忘れたからコピーしてくると言って教室を出て行った。
名指しで掃除をさせられる事になった夢山とは、3浪してやっとうちの学部に入ってきたアホだ。こんな三流大学に受かるために3浪もするなんて、勉強して無さ過ぎるにも程がある。
しかし、そんな夢山でもウェーイ系の友達が何人かいて、ちょっとウザいグループとしての立ち位置を確保していた。さらに夢山はそこで年齢でマウントにお山の大将を気取っている。「ゆーP」というあだ名まであって、少なくとも俺よりもヒエラルキーは上だ。
ゆーPの取り巻きのヤツ等が先生に対して「おい、いい加減にしろよ!」「調子乗んなよ!」等と好き放題言っている。……まぁ、先生はコピーを取り行っているのでその愚痴は一切先生の耳に届くことは無かった。
実験室の空気が良かろうが悪かろうが俺には何の関係も無い。俺は常に俗世に関与しない神様のような気持ちでいる。
「おい、キモメガネ!」
教室にまあまあ響く声に俺はビクッと肩を震わせた。
4つくらい後ろの席から聞こえ、声の主は先ほどの夢山だった。俺がゆっくりと夢山の方を見た。
キモメガネとは夢山達グループが俺を呼ぶ時の名称だ。
「お前に実験させたせいで俺がこんな目にあってんじゃねーか!お前が責任とって掃除しろよ!?」
すごいな。
こいつのセリフだけ聞くと「俺が実験を失敗か何かしたせいでこいつに不利益を被った」ように聞こえる。
実際は「こいつか実験を俺に押し付けていた事をチクられた」ってだけだ。俺は1ミリも悪くない。
何言ってんだ、と呆れた顔で夢山を見た。
「あぁ?なんだテメェ!文句があるなら直接言えや!!」
どうもその顔が気に入らなかったらしい。突然夢山の激おこスイッチが入ったようで立ち上がった。
「お?何?ゆーPキレたの?」
「おいおい。おもしれーじゃん!」
夢山の取り巻き共も楽しそうに立ち上がった。
椅子に座っている俺の周囲を囲むように3人が上から覗き込む。
なんか酒臭い。こいつらまだ酒が抜けてないのか?酒やタバコやら色んな臭いが混じって口が臭かった。
「おい!聞いてんのか?!」
夢山が俺椅子の足を軽く蹴った。
「なぁ?おい。え?オラ。なんか言えや。お前、掃除しとけよ?あ?」
俺は何となくMC丼の事を思い出していた。あいつもこいつもどうしてこう弱いくせに喚くのだろう?
ゴミみたいな語彙力のわりに一丁前に絡んできやがるな。実力差を見極められないなんてダサいぞ。
ゴリラみたいな顔しやがって。お前はウンチだ!
MC丼が現れた時もネトラの延長戦としてフードコートで今度はラップバトルをしておけばよかった。
ただ、あの時はまだラップを知らなかったのが悔やまれる。
今、俺ラップ出来る……よな?
フリスタはそこまで練習してないからスラスラとリリックは出て来ないが、こいつが「あ?とかお?」とか言ってる間にリリックを考えておく時間はありそうだな。
……ゴリラ「ゆーP」
……落ちたウンチ。道端に落ちたウンチ!
踏んだら臭い……しゃらくさい
あぁ、なんかいけそうな気がしてきたわ。
俺は立ち上がった。
MC丼達やMADを見てきた後だと、ゆーPはただ単に年だけとったガキに見えてきた。
しかもこいつ韻踏めないんだろ?
突然俺が立ち上がったせいでゆーP達は多少困惑している。
俺は机の上に置いてあった自分の筆箱をマイク代わりにした。MADと密室にいた時と比べると緊張感はほとんどない。それよりこのイライラした気持ちとリリックにしたくてウズウズした感情をどこでもいいからぶつけたかった。
「あ?何すんのこいつ?」
口では余裕に見せてるが俺が筆箱からカッターか何かを出すんじゃないかと思ったのかゆーP達は少しだけ距離をとった。しかも全然韻踏んで無い。
俺の1バ表、いかせてもらうぜ
「yo yeah
チェックしとけ」
そう言って俺はゆーPに向けてフレミングの左手の法則みたいな指の形をした。
ちなみにあの指の形はアフリカ大陸を手で表しているらしい。hiphopのルーツの祖国を意味しているのだ。
「言いがかりゴリラ『ゆーP』
お前は道端に落ちたウンチ
yo!
言いがかりゴリラ『ゆーP』
お前は道端に落ちたウンチ
踏んだら臭い、しゃらくさい
自分の堕落さで落第しそう
ゆーP留年、ウンチ踏んでる
ゆーP、ウンチ、ブーリ、ブリブリ
口臭ぇぞウンチでも食ったか?
もしくはお前自身がどぶ川
ありったけの洗剤ぶち込ーみ
実験室より先に口掃除!」
「ブフッ……クククク」
教室のどこかから笑い声が聞こえてきた。
無理もない。普段全く喋らないやつが口を開いたかと思えば突然ラップしだしたのだ。しかもかるい虐めの現場でだ。さらにみんなの前でウンチを連呼したのだから、ラップや韻がわからなくても、聞き取れなくてもなんとなく伝わっただろう。
「な……何なのこいつ?」
ゆーPの取り巻きの一人が口を開いた。ただ少し笑っている。
「意味わかんねーぞ?おいコラてめぇ!」
ゆーPが俺の肩を思いっきり押した。後ろに仰け反ったがなんとか倒れなかった。
俺の2バは見切り発車だが今すぐ言いたい!
「まだだ言い足りねぇ!黙ってらんねぇー
てめぇは浪人3年
そのくせ成績低くて残念~
尊敬じゃねぇー!侮辱もこめて呼ばせてよ『パイセ~ン』
もう1回遊べるド……ブヘエェェ」
ラップの途中に顔面をぶん殴られた。
「それ以上喋ったら殺すぞ!?」
ゆーPの顔がめっちゃキレてる。やべぇ、よく見たらやっぱめちゃくちゃ怖かった。
殴られたところは痛かったが、別に泣くほどでは無いはずが、何故か少し涙目になった。
感情が高ぶってるからなのだろうか?
一気にフリースタイルモードから覚めて現実ひ引き戻された気分だ。
ゆーPは俺の横を通り過ぎながら肩を思い切りぶつけて
行った。取り巻きも俺の横を通り過ぎながら軽く小突いたししていった。
3人は教室を出て行き、教室にはまたべつの気まずい雰囲気が漂っていた。
俺はヒリヒリとした頬を手でおさえながら自分の席に着いた。
俗世に関与しない神様のような存在でいるはずが自分からグイグイ仕掛けて行くなんて、自分でも予想しなかった。
早く夏休みになって欲しかった。




