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モノクロ・アート  作者: 七転八幸(元 鴨ミール)
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第一章 始まりは突然に & 第二章 天才との日常

「……ここ、だよな」

 とある天才の提案を呑んでから数日後。

 大学近くに存在する、縦に長く白いカラーボックスのような一軒家。その前に俺はいた。

 ここは一色 彩の家兼アトリエで、彼女の両親が、娘が絵に存分に集中できるようにとのことで借りているらしい。

 いくら愛娘のためとはいえここまでするとは。娘がぶっ飛んだ天才なら、親もまた何かしらぶっ飛んだところがあるのだろうか。

 俺は一度深呼吸をすると、チャイムのボタンを押す。

 ピンポーンと軽快なチャイムの音が響いた。

 少しすると、とてとてと歩く音と共に人の気配が近づいてくる。

 キイと軽妙な音を立てて扉が開くと、中から一色 彩が現れた。黒いTシャツに白のショートパンツという、随分ラフな格好だった。

「どうぞ、入ってくれ」

「お邪魔します」

「ここまで迷わなかったかい?」

「大学の側なんだから、そうそう迷いやしねえよ」

 この数日の間に、一色 彩とはよく会話する程度の仲になった。といっても、友人とまで言えるような関係ではなく、あくまで知り合いや協力関係といったところだ。

 玄関に通された俺は靴を脱いで、一色 彩の後をついていく。そして一階の廊下の奥にある部屋までたどり着くと、一色 彩は木製の重厚な扉を開けた。

「さて、まずはキミもよく使うだろう場所を紹介しよう。ここがアトリエだ。どうだい? 素晴らしいだろう?」

「おお……」

 アトリエの中へと踏み入った俺は、思わず感動の溜め息を漏らした。

 暖かみのある色をした木製のフローリング床に、大人二人分程の高さをした解放感のある天井。それらを備えた大きな部屋には、いたるところに絵の道具が置かれている。水彩画の道具だけでなく、油絵や水墨画、版画など様々な絵を描く道具が揃っていた。

 ほとんどがプロの画家が使うようなもので、今見えているだけのものでも買い揃えるのに一体どれほどの額を使ったのか。それを考えると、気が遠くなってくる。

「普段ボクはここで絵を描いている。ほら、大学だと使いたい道具が使えないこともあるし、周りの目だってあるだろう? けれどここなら好きな道具で自由に絵を描ける、ボクにとっての天国なのさ。 まあ、たまに気分転換のために学校で描くこともあるけどね」

 一色 彩の言う通りだった。この部屋を一言で表すなら正に絵描きの天国、描く者の理想郷。そう言えるほどに、設備は整えられていた。

「隣の部屋にはデジタル用の機材もある。そっちも好きに使うと良い」

 一色 彩が指差した方の扉へと視線をやると、パソコンや液晶タブレットが置かれている部屋が見えた。本当に完璧だな。

「次はこっちだ」

 手招きする一色 彩の後についていくと、二階の一室の前まで連れていかれる。

「ここをキミの部屋として使ってくれ。ある程度は好きに内装を施してくれて構わない」

 扉の内側に入ると、いたって普通の部屋が出迎えてきた。八畳ほどの広さがある、アトリエと同じ材質で出来た一室。普段は使われていないのだろう。床にはうっすらと埃が積もっている。

「少し待っていてくれ。今枕と布団を持ってくる」

 そういうと一色 彩は、部屋を出て廊下の奥の方へと歩いていく。

 いや、これはどう考えても掃除の方が先決だろう。今寝具を持ってきたところで、この部屋と同じく埃を纏うことになるだけだ。

 それとも、まさかこんな部屋で寝ても問題無いと思っているのか?

「おい、ちょっと待てって」

 俺は一色 彩を止めるべく、後を追って廊下を進んでいく。

 すると途中で一室だけ、扉が少し空いている部屋が目に入った。中からは、いくらか明かりが漏れてきている。

「なんだ、この部屋……?」

 ここも絵の機材がある部屋だろうか。

 俺はつい興味が湧いてしまい、足を止めて扉の前に立った。

 ドアノブに手をかけ、回す。カチリと小気味良い音をたてて、扉はあっさりと開いてくれた。そして部屋の中を覗いた俺は、思わず顔をしかめた。

「うっ……」

 そこにあったのは、まるで子供がおもちゃ箱をひっくり返したような様子の、信じられないほど散らかっている部屋だった。

 あちこちに散乱した衣服の山。何かを包装していたらしき、無惨に破かれたビニールたちの群れ。食品のゴミもいくつか見えた。足の踏み場がまるでない、汚部屋と呼ぶに相応しい掃除のその字も見受けられない部屋。この部屋の住人は、片付けと言う文化を知らないのかとさえ思ってしまう。

 それほど、本当に、ひどい有り様だった。

「ストーーーーップ!」

 俺が固まっていると、ドサッという音の直後、一色 彩が慌てた様子で扉と俺の間に割り込んで、後ろ手に扉を閉めてきた。

 まあだろうとは思っていたが、やはりこいつの部屋だったか。

 一色 彩が走ってきた廊下の方に目をやると、放り出されたらしき布団と枕が悲しげに転がっているのが見えた。仮にも人が寝る予定のものを放り出すなよ。

「えっとそのこの部屋はだね、いやーあのなんだ、……中、見ちゃったかい?」

「まあ、それなりにな」

「……」

 仮にも淑女の部屋を覗いたのだ、 激怒され謗りを受けてもおかしくない。

 もし出ていけと言われたらなんと説得しようかなんてことを考えながら、俺はまもなく飛んでくるだろう罵詈雑言に備える。

 だが、一色 彩はこちらに怒ることなく、その場にしゃがみこんで顔を手で覆い、深い溜め息をついていた。

「ああ……もう少し片付けてから君を入れるつもりだったのに……」

 ああ、なるほど。

 あの時の質問の理由と、交換条件が家事をすることという意味がようやく理解できた俺はまだ溜め息をついている一色 彩に尋ねる。

「もしかしてアンタ、掃除とか出来ないタイプか?」

 図星だったのだろう。一色 彩は肩をビクリと跳ねさせると、今日一番に深い溜め息をついた。

「はあ……そうだよ。ボクは掃除だとか料理だとか家事というものが、どうしようもなく面倒だし、どうしようもなく苦手だ」

 なるほど。天は人に二物を与えずという言葉があるが、どうやら神は彼女に絵の才能を与えた代わりに、家事の才能というものを奪ったらしい。天才にも苦手なものがあると知った俺は、心のどこかで少し安心する。

「キミ、笑ってないかい?」

「気のせいだろ」

 どうやらいつの間にか、口元が緩んでいたらしい。気を付けなければ。

「いーや笑っていた! そんなにボクが掃除が出来ないのがおかしいかい!? 別に掃除が出来なくともだね、こんな風にクローゼットに詰め込めばーーおわっ!?」

 まるで小さな子供のように拗ねた一色 彩は、衣服の山の一部を抱えてクローゼットに叩き込もうとして、逆にクローゼットの中からあふれでた服たちに潰されていた。

「……大丈夫か?」

「あ、ああ……」

 これは思ったより大変なことになりそうだ。取り敢えず今日中の荷解きを諦めた俺は、服の山に難儀している一色 彩へと手を差し伸べた。











   第二章 天才との日常



 午前六時。そろそろ太陽が起きてくる、そんな時刻。

 冬がすぐそこまで来ていることを知らせるような冷えた朝の空気の中、俺は少し見慣れてきた廊下を歩いて目的地に向かう。

 ふと目をやった窓の外からは、小鳥たちのさえずりのみが穏やかに聞こえて来た。

 今日は冷えそうだし、上着を持って出ておこうかと思案しつつ階段を昇り切ると、目的地である一室にたどり着く。そこは二階に上ってすぐの部屋で、扉に掛かっているのは彩とローマ字で書かれたネームプレート。俺がここに来た日から設置されたそれを確認すると、俺は遠慮なく扉を開く。

 ノックも声掛けもあいつには意味が無いということは、ここ数日で分かり切っていた。

「ほら、起きろよ一色」

 俺は乙女の部屋にずかずかと踏み入ると、未だ布団で心地よい眠りに包まれている少女の上に掛かった毛布を、声と共に遠慮なしに引き剥がした。こうでもしないと起きないことも知っていた。

「うん、んん……」

 中から現れたのは、もう冬も近いというのにタンクトップにショートパンツという、見ている側が冷えてきそうな格好をした一色だった。

 一色はわずかに目を開けるもののすぐさま閉じ、側に置いてあったブランケットに身を包み夢の世界に向かおうとする。

「ううん……あと三時間……」

 そこは後何分とかだろう。

「ふざけんな」

 俺がデコピンを叩き込むと、小さな呻き声を上げ、やがて目の前の天才は起き上がる。その動きに合わせてタンクトップの肩紐が、白く綺麗な肌からずり落ちた。一色は異性の目の前だというのにそれを気にすることなく、寝ぼけ眼を擦っている。

 その様子はどこか艶かしく、俺は咄嗟に目をそらした。

「おはよう。モノクロ君」

「あ、ああ。おはよう。ほら、とっとと顔洗え。飯が冷めるぞ」

「はーい」

 気の抜けた返事をしながら欠伸をしている一色を尻目に、俺は部屋を出て下の階に下りた。

 俺がこの家に住むようになってから、一週間が経とうとしていた。

 最初は勝手が全くわからなかったが、最近では一色よりも家のことを把握しているのではないかというくらいだ。まあ、まるで家のことをしないアイツと比べたところで、という話ではあるが。

 そんな一色とも、ああしたやり取りをするほどの仲になった。

 それは呼び方にも表れていて、俺はアイツのことを一色と呼び、アイツは俺のことをモノクロ君と呼んでくる。

 よく会話を交わすようにもなったし、アイツのことだってそれなりにわかってきた。ような気もする。大学でも、一色と行動を共にするようになってきた。

 そして、そんな日々の中でよく分かったことがある。

 それは。

「今日はトーストに、ベーコンエッグかい? それに、サラダにスープまで! ああ、朝からこんな朝食が食べられるなんて、本当に君が来てくれて良かったよ!」

「……何度も言うが、別に誰でも出来るもんだからな?」

 一色は本当に、何の家事も出来ないということだった。

 顔を洗い終えリビングに出てきた一色は、そんなことをいいながら目を輝かせている。

本当にただのトーストとベーコンエッグなんだが、そんなに嬉しいものか?

俺は脳裏に疑問を浮かべつつ、食卓に朝食を並べていく。

食事は外食かコンビニ。掃除はせず、気になってくれば業者任せ。洗濯はせずに新品を買う。両親からの仕送りで生活資金に困ることはないし、誰に止められることもない。

 そんな毎日を過ごして来た一色は、家事能力が壊滅的という、一人暮らしをする身としては致命的な状態になっていた。

「ボクにとってはこれでも凄く豪華だよ! ああ、しばらくはインスタントだとかエナジーバーだとかとサヨナラだと思うと、実に心が躍るよ」

 実に上機嫌に鼻唄なんて歌いながら、一色は自分の席に座る。

「そんな大したもんじゃねえよ。今時コンビニにだって旨いものくらい揃ってる。そっちの方がいいだろ」

 俺がそういうと、一色は舌をちっちっちと鳴らして指を振る。

「確かにコンビニにも美味しいものはあるさ。けどそれとこれとは比べ物はならないよ」

「そういうもんか?」

「そういうものさ」

 まあそこら辺は、人によって感覚が違うものか。

 俺は一人納得すると、最後の一皿を運ぶ。

 そして今日の朝食が、机の上に揃い踏みする。

 トーストにベーコンエッグ、それからスープとサラダ。実にシンプルな朝食だ。

「じゃあ、いただきます!」

「いただきます」

 二人で手を合わせると、朝食に口を付け出す。

「んー! 美味しい!」

 一色はソースをかけたベーコンエッグをパンの上に乗せたものを、口いっぱいに頬張っている。大したものではないが、喜んでもらえたなら作った甲斐があるというものだ。

 俺は口端を上げると野菜のコンソメスープを口にする。

 口いっぱいに野菜とスープの温かな味わいが広がって、朝の空気で冷えた体に染み渡ってくる。美味い。

 そういえば、一色は喫茶店だとかホテルの朝食だとか、そう言ったものには行かないのだろうか。食費には困っていないのだし。

「喫茶店とかには行かないのか? 朝からやっているとこなんていくらでもあるだろ」

 俺はサラダを半分ほど食べてから、一色に疑問をぶつけてみる。

「ふぉふぃふぉん」

「食ってから喋れ」

 一色は少しの間もごもごと口を動かし、夢中に食らいついていたベーコンエッグとトーストの塊を飲み込むと口を開く。

「勿論それはボクも思い付いたし、探してだってみたさ……。けど朝早くからとなるとここいらにはどうもなくてね。見つけたには見つけたが、駅の近く、それも奥側と来たものだ。そこまでいったら、時間がなくなってしまうだろう?」

「それは無理だな」

 俺と一色は大学周辺に住んでいるが、家から駅までは三十分程歩かなくてはならない。駅の奥となると、もっとかかるだろう。朝食後の予定を考えると、諦めるのは妥当だった。

「だろう?」

 一色はスープを飲み干すとうなずいた。

「まあ、それは置いといて、だ。今日はキミに決めてもらおうと思うんだが、いいかい?」

 ああ、この後のことか。

 理解した俺はトーストを口に持っていこうとした手を止める。

「前にも言っただろ。場そっちに任せるって」

「それじゃあつまらないじゃないか! キミにだって描きたいものの一つや二つあるだろう?」

 一色はこちらに身を乗り出して聞いて来る。描きたいもんか。

「ねえよ。それに、お前が描きたくないものだったらどうすんだよ。バラバラじゃあ意味ないだろ」

「うーん、じゃんけんで勝った方のものに決めるっていうのはどうだい?」

 子供かよ。

「無しだ」

「ええー」

 一色は口を尖らせて反抗してくるが、俺は取り合わない。

「ほら、とっとと食っちまおうぜ。時間が無くなるぞ」

 俺はそう急かすと、止めていた手を動かし始める。

「分かってるさ」

 そう言って朝食を再び堪能しだした一色の顔を、俺はチラリと盗み見る。

 本当にコイツはあの絵を描いたんだろうか。

 一色と暮らしていると、何度もそんな疑問が俺の脳裏を過る。

 分かりきった疑問というのは知っている。だがそれでも、突然見知らぬ人間が自分があの絵を描いたと言い出してきたとしても、信じてしまいそうだった。

「えっと、そんなにこっちを見られると食べづらいんだが」

「ああ、悪い」

 いつの間にか気づかれていたらしい。

 一色がこちらを不思議そうに見つめてきていた。

「どうしたんだい? そんな顔して」

「別に。良い食べっぷりだなと思っただけだ」

 俺がはぐらかすと、一色は満足そうに腹を叩いた。

「そりゃあこんな美味しい食事を出されれば当然さ!」

 一色はこちらに向かって、屈託の無い笑みを向けて来る。

「そりゃ良かったよ。……あのさ」

「なんだい?」

 俺が見つめると、一色の真っ直ぐで綺麗な瞳が、射抜くように見つめ返して来る。星のような輝きを放つその瞳は、見ていると底まで見透かされてしまいそうで。

俺はすぐさま目をそらす。

「……いや、何でもない」

 俺は言おうとした言葉を引っ込めると、それをスープと一緒に飲み込んで消した。




 一色の家から十分程歩いた所にある、ランニングコースなどを備えた自然公園。そこで毎朝一時間、水彩画の練習ををするというのが、俺と一色の日課だった。公園内を散策し、何か一つモチーフを決める。そして学校へ行く準備を始めるまでの二時間以内に描き切る。こちらで一人暮らしをする前から、これを怠ったことがないというのは本人の弁だ。

「本当に毎日なのか? アンタのことだから、寝過ごすこともあると思ったが」

「実家に居たときはママが起こしてくれたからね。こっちに来てからは寝坊するようになったけど、キミが来るまでは朝食が五分もかからず終わっていたから欠かしたことは無いかな」

 公園へと向かう道のりで俺が尋ねると、一色はそう答えた。

 かつて一色がしていたというアスリートのような食事を考えると、短時間で済むというのは納得だった。

「なるほどな。アンタの生活能力の無さは、そうやって培われたってことか」

「うっ……」

「冗談だ」

 俺たちはそんな会話をしながら、やがて自然公園へとたどり着く。

 朝の公園は散歩している人や、体操をしている人がちらほらといるくらいのものだった。

「さあ、行こうか」

 夏と比べかなり冷え込んだ空気に身震いしつつ、一色はこちらに向かって笑いかけてきた。

「ああ」

 俺は一つ返事を返すと、一色に続いて歩き出す。

 そこからは二人で公園内を歩きながら、水彩画のモチーフを決めるのが決まりだった。

 もうほとんど葉の落ちてしまっている紅葉並木が立ち並ぶ道を、俺たちは歩いていく。

 俺は一色の後ろに続いて、辺りの景色を眺めながらついていく。すると一色が急にこちらを向いた。

「本当に決めなくていいのかい?」

「いいって。お前のモチーフの選び方だって学ばなきゃいけないことの一つだ。俺が選んでも意味ないだろ」

「ええ〜」

「ええ〜じゃない」

 それに俺が選んだとしても、何の面白みも無いものを選ぶに決まってる。それは避けたい。

「うーん、まあ、仕方ないか」

 一色はしぶしぶといった様子で了承すると、再度歩き出した。

 そして探索の結果、噴水をモチーフにすることに決まった。噴水の前に置かれたベンチに陣取った俺たちは、持参した道具たちを開くと黙々と描き始める。

 まずは何も聞かずにしばらく描いていく。俺が筆を動かすたびに、画用紙の中に風景が形作られていく。

 だがしかし、しばらく描くとやはりというか、詰まるところが出てくる。

「なあ一色、ここなんだが」

 そういう時はためらわず、俺は一色に尋ねる。

 一色からは、いつでも絵のことについて聞いてくれていいと言われていた。

 俺としてはそれが何より助かる点だ。

 創作をする際は一人で向き合うことも重要だが、やはり誰かの意見やアドバイスを聞くというのも等しく必要だ。

 加えて一色はプロ並みの腕前を持っていて、出てくる意見も他の絵描きと一味違う。そんな人間に聞けるというのは、とても恵まれている環境だろう。

 俺は一色に質問しない日は無いというほど何度も意見を求めた。そして一色も、俺の質問に真摯に答えてくれた。

「……」

 だが一色も、いつだって答える余裕があるわけではない。特に、絵を描いているときは。

 一色は絵筆がうまく運んでいると、集中して周りの状況を気にしなくなる。

 そういう時は何を言っても反応は無く、俺は仕方なく黙って一色の作業風景を見ることにしている。

 完成度で言えば三割程度の俺とは違い、一色の画用紙には既に八割ほどの情景が実に見事に描かれていた。

 もうここまで出来ているのか。

 俺は感心するとともに、一色の横顔を盗み見る。

 一色の横顔は、見るものが気圧される程の真剣みを帯びていて。

 ただでさえ普段から人形のような顔が、集中し余計な感情が出てこない分更に整って見えた。

 普段の一色からは想像できないほど引き締まった顔つきに、俺は息を呑む。

 そんな俺の視線も気にすることなく、一色はまるで頭の中に完成図が出来ているかのように、すいすいと絵を描いていく。

 こうして作業を見ていくだけでも、才能の片鱗を感じさせる。

 平凡な俺じゃあとても思いつかないような発想。

 それを可能にする高度な技術。

 絵を描くために生まれてきたといっても過言ではない程の、恐ろしい才能。

 毎朝これを見る度に、俺は黒い感情を胸の奥に滲ませる。

 分かっていた。そんなことを思ったところで、何かが変わるわけではないと。

だがそれでも胸の奥から、じわりと侵食して来る感情は止まらない。

やがてそれは声となって、俺を黒く塗ろうとやってくる。

『さすが天才だな。俺とは何もかも違うってことか』

 そんなわけない。俺だって、いつかはこんな風になって見せる。

『ガキの頃から描いてるのにか?』

 子供の頃はただ描いていただけだ。必死に描いている今とは違う。

『へえ、だったらお前は今、あの天才に勝てるもんを、一つでも持っているのかよ?』

 ……それは。

『なあ、お前も分かっているんだろう?』

……やめろ。

『こんな天才になんて、どうあがいても並べるわけがない』

やめろ。

『コイツも内心俺のことを、馬鹿にしてるに決まっている』

やめろ。

俺は心の奥底から囁いてくる声を止めようとするが、声が止まることはない。

『どうせ俺には――』

やめろって言ってるだろ。

『――才能なんて、有りはしないのだから』

「うるさい!」

「うぇっ!?」

 声に出して叫んでしまった俺は、はっとして顔を上げる。

そこには唖然とした顔でこちらを見ている一色の姿があった。

辺りの人達もこちらの方を、何事かと窺っている。

「び、びっくりしたあ……。なんだい急に大声出して……心臓が口から飛び出るかと思ったじゃないか……」

一色は相当驚いたのか、胸に手を当てている。

やってしまった。声に出すつもりはなかったんだが。

「何でもないんだ。気にしないでくれ」

俺は深呼吸を一つして、心を穏やかに保とうとする。

幾らそんな感情を振り撒いたところで、絵が上手くなれるわけじゃ無い。わかったら落ち着いてじっとしてろ。

胸の奥に潜むそう自分を落ち着かせると、黒い感情は鳴りを潜める。

今は一色と絵を描く時間だ。

絵の事だけを考えて、描く事だけに集中しろ。

俺は頭を切り替えると、思考の波で悪感情を塗り潰した。

「なら良いんだが。こちらこそすまない。集中していたよ。で、何か用かい?」

俺が自分を落ち着かせていると、一色がこちらに目を向けて来た。

どうやらさっきの行動については、何も聞かずにいてくれるらしい。ありがたいことだ。

「ああ。ここの部分なんだが、少ししっくり来なくてな。意見を聞きたい」

俺は気を取り直して画用紙の一角を指差すと、一色は

「なるほど」

と呟いてしばらく指差した箇所を見つめる。

そして俺のパレットに乗った絵の具をチラリと見ると、新しい絵筆を一本取り出した。

「ここは……もう少し、こう……」

一色は新しい筆とパレットで色を作ると、こっちに見せてくる。

「こんな感じの色を塗るかな、ボクなら」

「おお、良いな」

一色の作った色を見て、俺は感嘆の声を出す。それは俺が塗った色とはかなり違ったものだったが、こちらの方が数段絵に映えそうだった。

「ボクは今の色味でも良いと思う。ただモノクロ君の言う通り、少しずれている感じがするから、いくらか改良する必要はあるけどね」

「なるほどな」

「もしくはだね……」

一色は俺が一つ尋ねると、必ずと言っていいほどいくつかの答えを返してくれる。

そのどれも良いもので、やはり凡人とは格が違うと思い知らされる。

駄目だ。また変なことを考えるところだった。集中しろ、俺。

気合を入れた俺は、なんとか一色の話に集中できた。

「と、こんなところかな」

「ずいぶんと参考になった。ありがとな」

「気にしないでくれ。他には何かあるかい?」

「大丈夫だ」

「分かった」

一色はそう言うと、軽く手を振って自分の絵を描く作業へと戻る。

俺も自分の絵に向き合い、一色が教えてくれたことを参考に筆を進めていく。

やはり一色のアドバイスは有用で、かなり悩まされたはずの部分があっさりと進んでいく。俺は黙々と手を動かし続ける。気持ちがよくなるほどに、作業は進んでいく。

制限時間が残り十分を切るかと言ったところで、俺は絵を描ききることが出来た。

「完成したかい?」

「なんとかな」

どうやら一色は既に描き終えたらしく、俺が絵筆を置くとこちらに声を掛けてきた。

手元を見てみると、新しい紙を取り出していくつか色を作っては塗っているようだった。

 絵の方を見てみると、立派な作品が出来上がっていた。

「すげえな……」

 一色が描いたばかりの作品を、一番に見られるというのもこの生活のいいところだ。

 綺麗に整えられた展示会用の作品とはまた違った生き生きとした新鮮味を感じられて、いくらでも見てられる。

 今日の作品もまた素晴らしいもので、俺は思わず見とれてしまう。

「ほおほお……」

 一方の本人はと言うと、俺が描いた絵を興味深そうに見ていた。

 一色は俺の絵をよく楽しそうに眺めている。

 その様子はまるで新しいおもちゃを与えられた子供みたいで微笑ましいのだが、対象が俺の絵というのがよくわからない。

「よく飽きずに見てられるな」

「当然だろう。良い絵というのはいくら見ていても飽きないものだ」

 今日の絵も、俺からすれば大した出来ではない。

 だというのに、一色は目を輝かせて絵に見入っている。

 天才の感覚というのは、わからないものだ。

「そんなに良いものか? 正直、俺の中では出来は良くない方なんだが」

「良いものさ。キミの中の評価は知らないが、ボクにとってキミの絵は京楽 天理の作品にだって並ぶものだ」

「……アンタ、お世辞が下手だってよく言われないか?」

 京楽 天理は水彩画の世界でもかなり有名な画家だ。

 プロの画家と俺の作品なんて、天と地ほどの差があるだろう。

 俺の作品じゃあ、比べる土俵にすら立てはしない。

 それが一色の中では並ぶ? 冗談にしては面白くない。

「お世辞じゃないさ。ボクは本当に、そう思っているよ」

 絵から目を離した一色は、俺を真っすぐに見据えてそう言った。

「わかんねえな。未熟な俺と京楽 天理じゃあ、比べるのもおこがましいだろ」

「技術的に見るなら、そうだろうね。でもボクが比べているのはそこじゃあない」

 一色はベンチに腰掛けると、空を見上げた。

 釣られて俺も空に顔を向ける、天に広がる空は、巨大なキャンパスに描いた絵画のような美しさをしていた。

「素晴らしい絵かどうかを判断する基準はおそろしく簡単だ。好きか嫌いか。ただそれだけだ」

「良いのかよ。そんなこと言っちまって」

 大学の講師の中には、絵画で最も重要な評価点は技術であるという講師も数人いる。もし彼らが今の一色の言葉を聞こうものなら怒りだしそうなものだ。

「誰に何を言われようと、これはボクの価値観だ。変えるつもりは毛頭ないよ」

 俺の質問に対して一色は優しく、だがきっぱりと決意の籠った声音で答えた。

「技術的に素晴らしいものが良い絵と言うなら、きっとボクは絵を描いていないだろうね」

「そこまでかよ」

 気持ちがいいと思ってしまうまでの断言に、俺はつい口角を上げる。

「絵というものは好きか嫌いでいいんだとボクは思うよ。技術だとか何だとかは置いといてね」

 キミだってそうだろうと言って、一色はこちらに微笑む。

「キミだってボクに絵を習おうと思ったのは、ボクの絵に何かしら惹かれるところがあったからだろう?」

「まあな」

「それでいいんだよ。難しいことは考えなくていい、人間って言うのはきっと単純で良いのさ」

 一色がさらりと言った言葉は、その言い方に反してとても重い響きを持っていて。

 俺は何も、言えなかった。

「さて、そろそろ戻るとしようか」

一色はそういって笑うと、ベンチから立ち上がった。

「ああ」

 俺たちは揃って道具をしまうと、学校に行く準備をすべく公園を後にした。




 千愛芸大の絵画専攻コース、その中に存在するCクラスが、俺の所属する教室だ。一色は俺とは違うAクラスで、絵画についての授業が一緒になることはない。いくつかの一般科目は一緒に受けているが、後は昼食を一緒にとるくらいのものだった。

 なので一色の姿は、この教室の中にはない。

 そして今俺は、授業の選択課題としての絵に取り組んでいる最中だ。

 課題は風景画で、画材とサイズは自由。

 それぞれの表現したい方法で描いていいという、実にありがたい課題だった。

「こんな感じ、か……」

 俺はざっくりとしたラフを幾つか描いていくと、その中から一つを選んで細かいところを詰めていく。

 周りの生徒たちがネットから拾ってきた写真を元に絵を描いていく中、俺は自分で撮った写真を資料にして描いていた。

 それは一色との朝の練習で訪れる、自然公園の写真だった。

 何度も練習で描いてきただけあって、全体の構成もつかみやすく描きやすい。

 そうして余裕が生まれる分、表現方法に気を割くことが出来る。

「……よし」

 俺は自分の成長を確かに感じながら、作業を進めていく。

 一色に絵を習い始めてからまだ数週間だというのに、俺の力量はかなり向上している、と思う。

 成長した点で言えば、これまでは少し迷いのあった線が、今ではためらわずに引けるようになった。

 それに今までは理論としてしか理解していなかった技法のいくつかが、ここでこう使えばいいという感覚で理解できる。

『モノクロ君の良いところは、新しい知識への貪欲さ、つまり好奇心だ。だが得た知識のアウトプットが足りていない。それじゃあせっかくの知識がもったいないよ』

 俺が絵を習い始めた初日に、一色に言われた言葉だった。

『学んだことを武器にして活かそうとするのは良いけど、技法が染みつくまでに至っていない。そんな生半可な武器じゃあ、帰って純粋な絵の魅力を邪魔するだけだ』

 俺にそう言った一色は、幾つかの技法の使い方を何度も実践で教えてくれた。

 そこで俺は、自分が今まで理論でしか理解していないのだということをよく思い知った。技法の概要については、解説書を見ずとも空で言えるほどには覚えているのだが、いざ実際に絵に活用しようとすると、うまくいかないことが多い。一色はそんな俺の弱点を見抜いて、何度も基礎的な練習を繰り返すのが良いと提案したのだった。

 おかげで俺は技法のいくつかを身に着け、自信をもって絵に取り組むことが出来ている。

『やり方が身についたという自信は、綺麗な線となって絵にも表れるものさ』

 確かにアイツの言う通りだ。

 これまでは霧の中を迷いながら進んでいくような感覚で絵を描いていたが、今は晴天の空の中を真っすぐに進んでいくような感覚で描ける。

 俺はすらすらと描いていく。振るう鉛筆の音が、辺りの空気に染み入って心地いい。そうして作業を進めていく最中、ふと俺は背中に視線を感じて振り返る。そこにはこの教室の講師である真田 文彦先生が、髭の生えた初老の顔を喜色に染めて立っていた。

「これは失礼。お邪魔するつもりはなかったのですが」

「い、いえ。そういうわけじゃないんです」

 どうやら俺が抗議のために振り返ったと思ったらしい。

 俺が訂正すると真田先生はそうですかといって笑う。

 それに合わせて、ふくよかなお腹が少し揺れた。

「こんな言い方は失礼かもしれませんが、物倉君、随分と上達されましたねえ」

「そう、ですかね?」

「ええ。なんと言うか、研ぎ澄まされている感じがします」

 突然もらったお褒めの言葉に、俺は少しにやついてしまう。

 これも一色のおかげだ。今日の晩飯は、より手間をかけた豪華なものを出そうと心に決める。

「……実は最近、ある人に絵を習っているんです。多分、そのおかげだと思います」

「なるほど、通りで。うんうん、誰かから学ぶというのは実にいいことです。絵からも学習の成果が見て取れます。もう少しじっくりと見させていただいても?」

「ええ、どうぞ」

 真田先生はじっくりと絵を見つめていたが、やがて何かが引っ掛かるのか、首を捻っていた。

「あの、俺の絵がどうかされたんですか?」

 何か問題点があったのだろうか。

「……いえ、そういうわけではないのですが」

 真田先生は

「物倉君、あなたはこの絵を描いている時、どんな感情ですか?」

「感情、ですか?」

 突然何を言い出すのだろう。

「ええ、人間は創造を行う時、必ず何かしらの感情を発露させるものです。怒り、悲しみ、笑い。それらは具体的な形を持って、作品に現れます。ですがこの作品からは、それが伝わってこないように感じられました」

 真田先生は俺の方を向いた。皺が刻まれた顔の瞳からは、年齢からは想像できないほど力強く若々しい光が見えた。

「是非、物倉君が何を思い描いているのか、作品に現してみてください」

「……ええ、わかりました」

 俺はその言葉の意味がよくわからなくて、曖昧な返事をしてしまう。けれど真田先生はそれ以上何も言わず満足そうに頷くと、他の生徒の作業を見に行った。

 感情、か。

 俺は一音一音確かめるように、その言葉を音にはせず口にした。

 それが一体、何になるんだろうか。いい絵画を描くことに、それが何の役に立つというのだろう。真田先生には悪いが、今回の絵には楽しむ余地はない。助言は聞かなかったことにさせてもらおう。

 俺はすぐさま頭から邪魔な三文字を叩き出すと、その前にもらった誉れの言葉を思い出す。

 上達している。研ぎすまされている。

 俺はその二つの言葉を頭の中で数度繰り返す。自然と口角が上がっていく。

 どうやら一色との日々は、着実に俺の力になってきているらしい。

 この調子で、後期の作品はもっと立派なものにしないと。

 次に行われるのは後期展だ。そして俺はこの後期展をメインとして全力の作品を作ろうと考えていた。それも当然だった。何せ後期展ではあの京楽天理が講評に来る。その対象には、勿論俺も含まれている。だったら一色にも引けを取らないほどの、見せるのに恥ずかしくない作品を描き上げなければ。

 そう思うと鉛筆を握る力が強くなる。俺は再び深い深い集中意識の中へと潜っていく。

 辺りに響く鉛筆の走る音が段々と大きくなっていって、やがて教室を塗りつぶした。




「うん、良くなってきたね」

 一色は俺の絵を見てそう言うと、こちらに笑いかけてきた。

 日はとうに暮れた、午後十時のアトリエ。窓の外では夜色の透き通るような天幕が、全てを塗りつぶさんと言わんばかりに辺りを覆っている。

 晩飯と入浴を終えた後、二、三時間ほどアトリエでドローイングをするというのも、俺たちの間での決まりごとになっていた。

「お陰様でな。今日真田先生にも褒められたよ」

「やったじゃないか。通りで上機嫌なわけだ。今日の晩御飯も凝っていたし」

「まあな」

 どうやら機嫌がよかったのは気づいていたらしい。そんなに顔に出ていただろうか。

「それで、あっちの方はどうだい?」

「ぼちぼち、ってところだ」

「見せてくれたりは」

「駄目だ」

「ちぇー」

 一色は拗ねた子供のように口を尖らせると、絵の道具を片付け始めた。俺は自分の道具をひとまず放置して、一色の片付けの手伝いに入る。

「本当にアドバイスも何もいらないのかい?」

「大丈夫だ、あれは俺一人で完成させる。そうじゃなきゃ意味がないからな」

「そうかい。モノクロ君がそう決めたなら尊重するけど……」

 気になるなあと言って一色はため息をついた。

 そう。俺は後期展に向けて、今描ける全力の絵を描いていた。

 そして今回の作品は、一色に頼ることなく俺一人で完成させるつもりだった。確かに一色の意見はとても参考になるし助かる。ただいつまでも一色頼りというわけにはいかない。今の自分の実力を知るいい機会にもなるだろう。

 それにもしかしたら京楽 天理に俺の作品が褒められるかもしれない。その時誰かの力を借りて描いたとは、絶対に言いたくなかった。あくまでも自分の実力を、京楽 天理に見せつけたい。

「悪いな、我儘聞いてもらって」

「いいさ。その代わり、最高の絵を描いてくれよ?」

「当たり前だろ。保証はできないけどな」

 今は書いている途中だが、渾身の作品になるという予感が既に俺の中にはあった。あの一枚はきっと、一色にも京楽 天理にも届くものになるだろう。

 そんな会話をしているうちに、道具の片付けは終わっていた。

「ふあぁ。じゃあボクはそろそろ寝るとしようかな」

 一色は軽い欠伸を一つすると、ゆっくりと伸びをしてからこちらを向く。

「おやすみ、モノクロ君。無理はしないようにね」

「わかっているよ、おやすみ」

 俺が言葉を返すと、一色は軽く手を振ってからアトリエを出て行った。

 一色は俺が一人で作品を描くといったその日から、早めに夜のドローイングを切り上げるようにしてくれている。本人は何も言っていないのだが、明らかに俺に気を使ってくれていた。

「頑張らなきゃな」

 俺は頬を一つ叩いて気合を入れると、アトリエの隅にひっそりと隠しておいた後期展用の画材を引きずり出して設置する。

 ここからは、俺一人の戦いだ。

 準備を終えた俺は、すぐさま作業を始める。後期展まであまり時間も無い。かなり出来ているとはいえ、改良のできる余地は残したいというのが正直なところだ。今は一分一秒が惜しかった。

 俺は深く集中して、ひたすらに描いていく。

 しかし、いくら上達したとはいえまだまだ詰まるところは多い。今日もその例に漏れず、悩みに悩んだ俺は頭を抱えた。

 一色ならどうすると考えかけた頭を振って、その誤った思考を止める。

 俺がどうするかだ。一色の考えに頼ってはいけない。

 愚直なほどに一つの問題に時間をかけながら、俺は作業に没頭していく。

 今の全力を、最高の形で。

 綺麗に、鮮やかに、大胆に。

 見るものが呼吸を忘れてしまうほどの、技に溢れた一枚を。

 呼吸すら忘れてしまいそうなほどに、俺は目の前の世界に潜っていく。

 結局その日作業を終えたのは、窓の外が白んできた時間のことだった。

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