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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第四章 宿命の吸血鬼編
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第92話 マコトとスピリア

 その頃、家に戻る組と分かれて王都に足を運んだ(まこと)とスピリアは、二人で川沿いの草むらに座っていた。


「落ち着いたか?」


 二人並んで流れる川を見つめたまま誠が尋ねた。


「……リ。ありらとうリ、マコト」


 スピリアは暫く黙っていたが、ようやく頷いてお礼を言った。


 そんな彼女を見下ろしつつ、誠は安心したように笑みを浮かべる。


 すると、不意にスピリアが口を開いた。


「マコトは、知ってたリ?」


「ん、何をだ?」


「わたしと一緒に暮らすひとが、わたしの一族を殺したひとだったって」


 無表情のまま正面、川を眺めてスピリアは言う。


 誠はそんな彼女を暫く見つめてから、自身も正面に向き直って、


「いや、知らなかった。すまなかったな」


 誠の言葉に首を振り、


「なら、マコトのことは信じるリ。謝らなくていいリ」


 そのスピリアの言葉で、誠は先程の出来事を思い返す。

 彼女が人間の少女に放った言葉を___。


「雪のことは、信用できなくなったか?」


 スピリアは、人間の少女___雪が自分に応戦しなかったことを怒って『嘘つき』、『無責任』と罵った。


 約束を破られたスピリアからすれば、あそこで行動してくれなかった雪のことを、どうしても信用しようという気持ちが湧かないのも当然である。


 その胸の内を分かった上で、誠は尋ねたのだが。


「ユキは嘘つきリ。わたしのこと助けてくれるって言ったリ。らのに急に助けてくれなくなったリ。わたし、せっかくユキのためにもう一個槍作ったらのに」


 泣き疲れて頬を膨らませる気力も無いのか、スピリアは表情を崩さずに文句を垂れる。


「マコトはユキのこと信じられるリ? 嘘ついたらのに」


 生えている草をいじりながら、スピリアは誠に尋ねた。


「……雪も、今は苦しいと思うぞ」


 不意に投げられた言葉に、スピリアは草をいじる手を止めた。


 悪いのは約束を破った雪である。


 それなのにどうして雪の方が苦しくなるのか、スピリアには分からなかった。


「あいつも、約束を破りたくて破ったんじゃない。破らなければいけなかったから、破ったんだ」


 誠の言葉が理解できず、スピリアは首が折れるかと思うほど首を傾げた。


「……よく分からないリ。何で悪い事した方が苦しくなるリ? 苦しいのはわたしリ!」


 少しだけ声を荒らげるスピリア。


「分からないことは、本人に聞かないとな」


「ほんにん?」


 スピリアは誠を仰ぎ見て首を傾げた。


「雪のことだ」


 『ほんにん』というのが雪だと分かると、スピリアは見開いた目を逸らして、不服そうに口を尖らせた。


 そして目をキョロキョロと踊らせて、抱えた膝に肘を置いて頬杖をつき、


「……気が向いたらリ」


「それで良い」


 再び草をいじりながらボソッと言ったスピリアを、誠は内心で『よく言った』と褒めてやりながら見つめ、その口角を上げた。


 そして眼鏡を指でくいっと押し上げた。


「……帰ろうリ」


 暫くしてから立ち上がり、スピリアは言った。


「帰るか?」


 もう一度誠は聞き返し、スピリアの反応を伺う。


「リ」


 独特な一言とともに顎を引くスピリア。


 それを確認すると、誠も立ち上がり、


「帰るか」


 王都から外れた場所から表通りに出た。


 そして二人が王都に背を向けた瞬間。


「て、天使だぁー!!」


 王都の方から叫び声が聞こえてきた。


 誠とスピリアは弾かれたように振り向き、王都の混乱の様を目の当たりにする。


 叫び声が叫び声を呼び、瞬く間に混乱は広がっていく。


 王都に居た吸血鬼達は、我先にと駆け出して王都を下っていく。


「天使って聞いたことあるリ。わたし達吸血鬼を倒してるひとたちって村長が言ってたリ」


 まさに王都を下った先に居る誠とスピリア。


 その二人の方へと走ってくる吸血鬼達を視界に入れながら、スピリアは昔の記憶を思い起こす。


「わたし倒されるリ……?」


 スピリアは俯き、地面の方を向いたままそっと己の体を抱いた。


 人間の誠にとっては敵ではないが、吸血鬼のスピリアにとっては紛れもない敵である。


 しかもスピリア自身が天使の恐ろしさを過去に一族の長から聞いているため、『大丈夫だ』と言いくるめることも不可能だ。


(イアンはまだ家だな……)


 横に立つスピリアがこれから姿を見せるであろう天兵軍を前に震えている以上、誠も今だけは彼らの敵として立ちはだからなければならない。


(今後に響くかもしれんが仕方あるまい)


 誠は覚悟を決めた。天使を食い止めよう、と。


「来たか」


 ようやく王都の奥から無数の白い羽が見えてきた。


 だが……。


(しまった……!)


 誠は顔を青くした。


 何故なら今の誠は普通のスーツ姿であり、肝心の戦闘用の鎧と武器はVEOの基地にある。


 王都の先、時計台にある魔法陣に乗れば人間界に戻ることも可能だが、天使がこちらに迫ってきている以上そんな時間は無い。


 スピリアも沢山の天兵軍の姿を目にして青ざめている。


 彼女を守らなければ……!


 誠はその思いで必死に打開策を考えていた。


『わたし、せっかくユキのためにもう一個槍作ったらのに』


 さっき川沿いでぼやいていたスピリアの姿を思い出す。


「スピリア! お前、槍持ってるんだよな!」


 スピリアは小さな身体をビクッと震わせて驚いたが、戸惑いながらもコクリと頷き、手を宙にかざして金色の光を放出、槍を取り出した。


「どうぞリ」


「サンキュ。スピリアはここを真っ直ぐ下って家に戻れ」


 誠は槍を受け取って構え、スピリアに礼を言い、やってくる天使を見据える。


 だが、


「嫌リ」


 横に立つスピリアは、同じように天使を見据えていた。


 その足がブルブルと震えているのを誠は目にしながら、


「何故だ。お前は家に戻った方が安全なんだぞ。ここは俺が食い止める」


 足が震えていることから考えて、スピリアは明らかに恐怖を抱いている。


 それなのに何故まだその場に居ようとするのだろう。


「わたしだって戦えるリ」


 いつの間にか自身の手にも槍を持っていたスピリア。


「あと、家には戻りたくないリ。あいつも居るしユキも居るし嫌なことばっかりリ。敵わなくても戦った方がましリ」


 そう言った瞬間、スピリアの足の震えがぴたりと止まった。


 おそらく言葉にすることで決心がついたのだろう。


 これは言っても聞かないだろうな、と思った誠は、


「仕方ない。あまり無茶はするなよ」


「マコトもリ」


 とは言え、槍を初めて扱う誠もこの場合のみ戦力に長けているとは言い難い。


 しかし一度覚悟を決めたからにはやり通す、それが誠の信念だった。


 迫り来る天兵軍を迎え撃つべく、人間と吸血鬼による共闘が始まろうとしていた。

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