第84話 もう逃げない
雪がイアンと共に人間界に戻った頃、ミリアは家を飛び出したキルを探して王都を歩き回っていた。
(キル様……一体どこに……)
ミリアは自分の提案によってキルが悲しく辛い思いをしてしまったことに責任を感じていた。
いずれ分かることだったとは言え、今回の引き金は間違いなくミリアである。
イアンやレオ、雪を安心させるためにも早くキルを連れ帰らなければならないという使命感に駈られていた。
しかし、いくら王都を何周してもキルの姿を見つけることができない。
市場に降りてもう一度確認してみたが、やはりキルは見つからない。
市場の吸血鬼達に鬼衛隊に所属している桃髪の吸血鬼を見なかったかと尋ねたが、誰もが首を振った。
(もしかして王都じゃない……?)
キルの向かった先が王都ではない可能性を感じたミリアはUターンし、王都とは反対方向の集落へ足を進めた。
※※※※※※※※※
その頃、キルはホーリー・ヴァンパイア達の村だった場所に居た。
かつて村があり、吸血鬼達が生きていた場所とは思えないほど荒れ果てた土地になっていた。
この場所を荒らし、生きていた吸血鬼達の命を奪ったのは他でもない自分達であるという事実を突き付けられた気がした。
村の残骸と化した荒れ地を見ていると、嫌でもその事が思い出される。
キルは自分が殺した吸血鬼が横たわっていた地面を見つめた。
ここに、数年前まで生きていた命があった。
それを、他の誰でもないキル自身が奪ったのだ。
おとな達に指示されてやったこととは言え、決して許されることではない。
その事実も変わらない。
結果的にあの吸血鬼を殺したのはキルなのだから。
今まで手を汚したことのなかった自らの栄光を、あの日この場所でキルは手放した。
仲間が助かるなら、仲間の命を繋ぐことが出来るのなら、と……。
不意に辺りが陰に包まれた。
キルは陽が沈んで夜が来たのだと思ったがすぐに違うと分かった。
自分が見つめる地面に丸い染みがいくつも作られていき、キルの身体にも冷たいものが降りかかってきたからだ。
雨は徐々に激しさを増していき、キルの身体を濡らしていく。
寒い、とキルは身体を抱くようにして腕をさすった。
(……帰らなきゃ)
思えば勝手に家を飛び出してしまった。
イアンにもレオにもミリアにも心配をかけているに違いない。
キルは、自分が殺した吸血鬼が横たわっていた地面を見たまま膝を折ってしゃがみ、目を閉じて静かに両手を合わせた。
彼の命を奪ってしまったせめてもの供養が出来れば。
キルは必死に謝罪した。
(あなたの命、奪ってしまってごめんなさい。あの時意識がなかったあなたを殺したのは私なんです。本当に、本当にごめんなさい)
心の中で謝罪を述べれば述べるほど、キルの胸の内が温かいもので満たされていく。
それは涙となってキルの中から零れていった。
謝罪する度に後から後から止めどなく涙が流れてくる。
キルは目を瞑って涙を溢し、歯を食いしばって、大雨が降りしきる中、必死に謝罪した。
いくら謝っても答えは返ってこないし、心の中の自分は許せることではないと突き放してくる。
勿論キルも謝って許されることではないと分かっていた。
だが、それでも謝らなければどうにかなってしまいそうだったのだ。
過去の自分との決別のため、これから一歩前に進むため。
この場所で謝罪しなければ全て果たされない気がした。
だから……。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
寒さで凍りそうになりそうな手を擦り合わせて、
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
奪った命が最期に生きていた場所をしっかりと見据えて、
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
かつての者達が消えて軽くなった荒れ地を、現在のキルが重い命で踏みしめる。
かつては燃え盛っていた炎、その跡形もなく今は雨で冷えきった荒れ地を___。
「キル様!」
背後からの声に振り返ると、ぼやけた視界に黄色が見えた。
涙が流れて視界が鮮明になると、その黄色が髪の色であると分かった。
はぁ、はぁと息を切らしながら肩を揺らし、いつもはふわふわとウェーブがかっている長髪は雨で濡れてべったりとしている長身の吸血鬼。
「ミリア……」
キルは吸血鬼の、仲間の名を呼んだ。
「キル様、ようやくお会いできました!」
ミリアはキルの姿を見ると、心から安心したように表情を緩めてキルの元に駆け寄っていった。
肩より上の桃髪をゆっくりと撫でて、自分の胸へ引き寄せる。
「ミリ……ア……?」
ミリアの胸の中でキルは呻いた。
ミリアはキルの小さな身体を大事そうに包み込み、
「キル様、この度は私のせいでキル様にお辛い思いをさせてしまって、本当に申し訳ございませんでした」
「え……何でミリアが謝るの? ミリアは悪くないわよ……」
「いえ、実はユキ様の話をキル様とレオ様にもと提案したのは私なのです。イアン様でもご存じなかったので、もしかしたらと思い、本当にそれだけだったのです。キル様がまさか心苦しくなられるなんて分からなくて……」
「ううん、謝らないで。私がもっとちゃんと話してたら良かったの。あいつらの名前まで皆には言ってなかったから知らないのは当たり前よ。私の方こそミリアに責任感じさせちゃってごめんなさい」
ミリアはキルの顔の真横でふるふると首を振った。
「ありがとう、ミリア」
先程とは打って変わった明るい声音でキルは言った。
「私のこと探しに来てくれたんでしょ? こんな大雨なのに風邪引いちゃうじゃない」
キルの言葉に、ミリアは軽く笑いを溢し、
「キル様も同じでございます」
その言葉にキルも笑わずにはいられなかった。
キルから身体を離し、しかしその肩に手は置いたままで腰を屈めて視線を合わせ、ミリアは優しく尋ねた。
「キル様、もう大丈夫ですか?」
その問いに、キルは考え込むように目を伏せて息をついた。
首だけで振り返ってすっかり濡れた地面を見つめ、そしてもう一度ミリアの方に向き直った。
「うん」
頷き、一言だけ返事をする。
それを聞いたミリアは今度こそ安心したように目を細めた。
「良かったです」
見つめ合う二人の顔を、いつの間にか雨が上がって顔を覗かせた夕陽が紅く照らす。
「ミリア、私、もう逃げない。私の過去は変わらないし、どれだけ足掻いても後をついてくる。ちゃんと受け止めるよ。これから先、何があっても」
夕陽を見つめながらキルは言った。
「はい。私もしっかりサポートさせて頂きます」
「ありがとう」
ミリアを見上げて、キルは微笑んだ。
「帰ろう、ミリア」
「畏まりました」
ミリアは礼儀正しく腰を折り、笑みを浮かべる。
仲間と共に家路を歩むキルの心も、彼女を照らす夕陽のようにすっかり晴れ渡っていた。




