第9話 律儀な隊員
「あ、あの……」
私は、ニコニコ笑顔のイアンさんに戸惑いながらも、一番聞かなければいけないことを聞いた。
「何で学校に来ちゃったんですか?」
皆にバレたら大混乱になっちゃうから小声で。
「ん? いやぁ、ユキが行ってる学校ってどんな感じなのかな〜って思って」
普通に答えるイアンさん。
いや、良いんですか!? ここ人間界ですよ!?
「でも、大丈夫なんですか? もし誠さんに見つかっちゃったら……」
「大丈夫だよユキ。ありがとう」
でもイアンさんは余裕な表情だ。
何でだろう。吸血鬼にとって、人間界は危険な場所のはずなのに。
「ど、どうしてですか?」
「え? だってまだバレてないでしょ? だから大丈夫だよ」
イアンさんはそう言って微笑む。
え? そういう問題じゃないんじゃ……。
「あ、あの、それにこちらの方は?」
私はそれよりも、イアンさんの横で座っている吸血鬼が気になっていた。初めて見る顔だ。でもイアンさんと同じくらいイケメン。動物で言ったら草食寄りの肉食、みたいな。
「ああ、紹介するよ。鬼衛隊のメンバーのレオだ」
レオと紹介された吸血鬼が、ぺこりとお辞儀をしてくれた。
「あ、こちらこそ」
私も慌ててお辞儀を返す。
「何でついて来てくださったんですか? レオ、さん」
「さん付けやめろ。俺はそんなに偉くない。敬うなら隊長を敬え」
私の言葉にかぶせるような勢いで言い放った。さん付けダメなんだ。
まぁ、世の中にはさん付けで呼ばれるの嫌いな人、じゃなくて吸血鬼もいるのかもしれないけど。
それにしてもすっごい忠実なんだなぁ。イアンさんを尊敬しているのが言動で伝わってくる。
イアンさんに付き添っている風だけど、時折周囲を確認して常に警戒を解かない。いつ危険が迫っても大丈夫なように、万全に準備をしているんだ。
「えっと、じゃあ、レオくん。何でついて来てくださったんです……」
「敬語もやめろ」
「は、はい!」
急に遮られて、私は反射的にビビってしまう。何ていうか、レオくんって律儀なんだなぁ。
「では。改めて。何でついて来てくれたの?」
やっと言えた。三回目だよ……。三度目の正直って本当だった!
「別に特に理由なんてない。隊長のお供をしているだけだ」
「あ、そ、そうだよね」
ダメだダメだ! 変に期待しちゃった……。あれだけ律儀なレオくんが見ず知らずの私なんかのために来た、なんてことがあるわけがない。
きっとイアンさんが人間界に行くと聞いて、お供のために来たんだろう。
「それにしてもすごいね。ここが学校なんだね」
そんな私達をよそに、イアンさんは一人初めて見た学校に目を輝かせていた。
でも私からしたら、この学校なんて何もすごくない。
「……そんなに凄いですか?」
私が尋ねると、イアンさんは頷いて笑った。
「勿論だよ。いろんな人間がいるし、何か面白そう」
勘違いしてるよ、イアンさんは。
確かに普通の人にとっては楽しい場所かもしれないけど、虐められてる側にとっては地獄でしかないんだもん。
「僕も学校に通ってみたいなぁ」
「え!?」
嘘でしょ!? 雰囲気に騙されてるだけですよ! 絶対、絶対ダメ!
「隊長、もう帰りましょう。VEOに見つかっちゃいますよ」
すかさず注意してくれるレオくん。ナイス!
「えー、レオってばケチだなぁ。いいじゃないか別に。レオも初めてでしょ? 学校」
「はい。まぁそれはそうですが……」
「じゃあ一緒に楽しもう!」
「……えぇ!?」
イアンさんの言葉に驚き呆れるレオくん。
そりゃあそうだよね。いきなりこんな未知の場所で楽しもう! とか言われても無理だよね。
入学して三ヶ月の私でも、もう無理って思ってるもん。
「って事でユキ。入ってもいいかい?」
「い、良いわけないです! と、とりあえず、あとニ時間で授業が終わりますから、それまで待っててください!」
窓から教室に身を乗り出そうとするイアンさんを必死に抑え込んで私は懇願する。
だっていきなり吸血鬼が入って来たら大混乱じゃ済まないし、警察沙汰になっちゃうよ!
「隊長、帰りましょうよ」
レオくんはひたすら帰ろうを連呼しているけれど、イアンさんは全く聞く耳を持たない。
「えぇ〜? ……ユキもレオも、そんなこと言うのかい?」
イアンさんは、私とレオくんの懇願にため息をついて、いかにもがっかりな顔をする。
そんな顔したってダメです! 思わず『じゃあOKです!』って言いそうになったのは内緒!
私は改めて教室を見回した。
大丈夫、まだ誰も気付いてない!
こんなにゴソゴソしてるのに気付かない皆も凄いけど、それだけ私が無視されてるってことなんだよね。
悲しい! ……まぁそれは置いといて。
「……仕方ない。ユキの学校が終わるまで待とう。VEOに見つかりたくないし」
「だからずっと言ってるじゃないですか」
イアンさんの言葉に呆れるレオくん。
でもイアンさんはきょとんとしていた。
「ありがとうございます!」
私は深々とお辞儀をしてお礼を言った。
とりあえず、イアンさんとレオくんにはあとニ時間辛抱してもらって、私は早く次の授業の準備をしなくちゃ!
私は制カバンから教科書とノートを取り出して、午後からの授業に備えた。
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「やぁ、ユキ。学校お疲れ様!」
終礼が終わってチャイムが鳴り響く中、人気のない場所から学校を覗き込んでいたイアンさんが、玄関から出てくる私に気付いて声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
「急だけど、吸血鬼界に来るかい?」
イアンさんが尋ねてくれた。
「も、勿論!」
もう一度行きたいと思っていた所に行ける喜びと、キルちゃんやミリアさんの無事を確認できる安堵と心配が重なって、私の心は色々と複雑だけど。
「良かった! じゃあ、行こうか!」
イアンさんが、私にもレオくんにも声をかける。
「承知しました、隊長」
レオくんが律儀にお辞儀をする。
私も慌てて彼に倣い、お辞儀をした。
イアンさんが地面に向かって手をかざすと、昨夜VEOの基地で見た魔法陣と同じものが浮かび上がった。
色はVEOの基地と同じ青色だ。
「よし、ニ人とも入って」
イアンさんは私とレオくんに手招きをする。
促されるがままに、私もレオくんが魔法陣の中に入ると、
「じゃあ出発だ!」
イアンさんの威勢の良いかけ声とともに、視界が真っ白になった。
また吸血鬼界に行けるんだ。嬉しいな。




